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13.

 香澄は喫茶店でスパゲティとサラダを頼み、黙々と食べながら烏頭目(うずめ)の言っていたことを思い出していた。


 そんな香澄に晴臣が告げる。


「どう? 水無瀬さん。

 なにか手応えはあった?」


「そうですね……前職よりは向いてる気がします。

 前はプログラムっていう、目に見えない敵が相手でした。

 モデリングは目で見えるので、なんだかわかりやすい気がします」


 晴臣がクスリと笑った。


「それは良かった。

 手ごたえを感じているなら、何よりだと思う。

 デリバリーならいつでも承るから、お気軽にどうぞ。

 本当は、ここに食べにくる時間も惜しいんじゃない?」


「うっ、それはその……いいんですか?」


 上目遣いに尋ねる香澄に、晴臣が優しく微笑んでうなずいた。


「スタジオウズメにも、毎日デリバリーしてるよ。

 朝のうちに食べたいものを教えてくれれば、昼食には間に合わせられるから」


 香澄がおずおずと晴臣に尋ねる。


「なんでそんなに優しくしてくれるんですか?

 私、人間ですよ? 『あやかし』じゃないんですけど」


「この『マヨヒガ』に来れば、同じ仲間だからね。

 それに僕は、気に入った人には優しくすることにしてるんだ。

 これでも結構、エゴイストなんだよ?」


 ウィンクを飛ばしてくる晴臣に、香澄はびっくりして目をそらした。


 改めてみると、晴臣は整った顔をしている。


 雑誌モデルと言われても不思議じゃない。


 そんな晴臣の前で、コンビニに出かけるような部屋着姿で居ることに羞恥心が刺激されていた。


 黙々と食事を食べ切ると、香澄は急いで立ち上がって告げる。


「――ごちそうさまでした!」


「ええ、お粗末さま。

 ――そうそう、旅行の詳細が決まったみだいだよ」


 香澄は帰りかけた足を止め、晴臣に振り返った。


「決まったんですか? どこに行くんです?」


「来週末、熱海に行くみたい。

 一泊二日の温泉旅行だね。

 僕も同行するから、一緒に楽しもうか」


 ――マスターと旅行?!


 香澄は顔を赤くしながら、花連を連れて店を飛び出した。





****


 部屋に帰った香澄が花連に告げる。


「ねぇ、旅行の詳細は知ってる?」


「知ってるよー? 連絡網が来てるし。

 参加者は晴臣と私とオーナー。

 あとは氷雨と、『スタジオウズメ』の人たち。

 力也はまだわからないってさー」


 香澄がきょとんとした顔で尋ねる。


「誰? その『力也』さんって」


「氷雨の同僚、引越センターの人だよ。

 『泥田坊』混じりだったかな?

 氷雨と仲が良い人だよ?」


 となると、『スタジオウズメ』だけでも五人。


 そこに四人から五人が加わる。


 十人以上の大所帯だ。


「この時期に宿なんて取れたの?」


「三連休を避けたから、なんとか取れたみたい。

 小さな温泉宿らしいけどねー」


「そっか……」


 とはいえ、晴臣との旅行が確定だ。


 団体行動とは言え、なぜかそわそわして落ち着かない。


 ――旅行用の服、地味だったかな。


 だが今さら服を買い足すのは、懐事情が苦しい。


 こんなことだから、今までモテたことがないのだろう。


 自己嫌悪に陥る香澄に、花連がクスクスと笑いながら告げる。


「ほーんと、香澄って考えてることわかりやすいよね。

 大丈夫だって。晴臣は細かいこと気にしないよ」


「――なんでマスターが出てくるの?!」


「あれ? 違うの?

 晴臣の前でみすぼらしい服を着るのが嫌なんじゃないの?

 だから急いでご飯を終わらせてきたんでしょ?」


 図星を疲れ、押し黙る香澄に花連が笑いかける。


「だいじょーぶ! 晴臣はそんな細かいこと、気にしないよ。

 それより勉強の続き、しなくていいの?」


「……それより先に、お風呂に入ろうよ花連ちゃん。

 もう遅くなっちゃうよ」


「うん、わかった!」


 花連が服を脱ぎ捨てながら、バスルームに飛び込んだ。


 香澄は苦笑をしながら、脱ぎ捨てられた服を拾い集めていく。


 ――子供ができたら、こんな生活になるのかな。


 『誰との子供か』を想像し、思わず香澄が赤面した。


 意識したばかりで、つい連想してしまった。


 ――まだ、そういう関係じゃないし!


 赤面した香澄が、シャワーの支度をしてからバスルームに入った。





****


 バスルームから出て髪を乾かし終わると、花連はまたテレビに向かい、映画を見始めた。


 香澄は美術解剖学の参考書を、ローテーブルで流し読んでいく。


 意識したことはなかったが、体の各部分に細かく比率が存在するらしい。


 人体を設計した『神』は、どうやら優秀なアーキテクトのようだ。


 ――でも、モデリングで筋肉のことを知って、何の意味があるんだろう?


 骨格はまだ理解ができるが、筋肉構造の必要性までは理解できていない。


 だが『バイブル』に載っているからには、必須の知識なのだろう。


 ノートPCを開き、チャットで烏頭目(うずめ)にメッセージを送る。



香澄:筋肉って必要なんですか?


烏頭目(うずめ):もちろんなのですよ? 今から行きますですね!



 香澄が「えっ」と声を漏らしてしばらくしたあと、インターホンが鳴り響いた。



 香澄の隣で、部屋着の烏頭目(うずめ)が参考書を指さしながら告げる。


「色分けされてるのが筋肉のグループなのです!

 なぜそれを覚える必要があるかというと!

 もっちろん! 『動かすため』なのです!」


 香澄がきょとんとした顔で烏頭目(うずめ)を見つめた。


「筋肉を作ってないと、CGモデルって動かないんですか?」


 烏頭目(うずめ)が人差し指を立てて横に揺らした。


「ノンノン! そうではありませんです!

 キャラクターモデリングは『動かすためのモデリング』なのです!

 彫像と違い、動いた時にもなるだけ綺麗に変形する必要があります!

 なので、筋肉を意識した形状(トポロジ)を覚える必要があるのです!」


「はぁ……どういうことでしょう?」


 香澄が参考書を指さして告げる。


「水無瀬さんはメッシュ――CGの形状はわかりますね?

 『頂点』があり、頂点を結んだ『エッジ』があり、エッジで囲われた『ポリゴン』があります!

 これが『メッシュ』です!」


 要は、この網目状の形状をメッシュと呼ぶのだろう。


 頂点と頂点を結んだ線は『ライン』とは呼ばず、『エッジ』と呼ぶらしい。


「はぁ……なんとか」


 烏頭目(うずめ)が『エッジ』を指さしてなぞりながら告げる。


「綺麗なメッシュというのは、エッジが滑らかに流れていますです!

 好き勝手に形状を変えているだけでは、こうはなりませんです!

 このエッジを、筋肉の流れに沿って作り上げると変形が綺麗になりやすいのです!」


「……ということは、筋肉通りにモデリングすればいいんですか?」


 再び烏頭目(うずめ)が人差し指を立て、左右に振った。


「それだけでは、データ量が爆発して扱いにくくなってしまうのです!

 そこで必要なのが『デフォルメ』というスキルです!

 『ここはだいたいこんな形』という、特徴を掴んで省略するスキルが求められます!

 高度なモデラーは、このデフォルメがとても巧いのです!」


 烏頭目(うずめ)がノートPCを操作し、ネットから三枚の画像を表示させた。


 一枚目は精巧な腕のメッシュ画像。


 二枚目は簡素な腕のメッシュ画像。


 どちらもCGとして表示させると、大して変わりがないように見える。


「どうですか? これがモデラーの腕の差なのです!

 精巧なモデリングも技能が要求されますが、それが必要とされるシーンは少ないです!

 『動かしやすいモデル』をどうやって作るか、それを考えてみてくださいなのです!」


 香澄は頭を整理しながら画像を見比べた。


 つまり、正確で細かいモデリングは使いどころが少ないのだ。


 データが軽く、それなりに『それっぽく』動かせるモデルが求められてるのだろう。


烏頭目(うずめ)さん、三枚目の画像はなんなんですか?

 やけに角張って見えるんですけど」


 それは古いゲーム機の画像のように、ポリゴンが透けて見えるほど角張った腕だった。


「これは『ローポリモデリング』という、別ジャンルの技術なのです!

 参考資料ですが、『こういう世界もある』と豆知識で知っていれば充分なのです!

 今の現場で、これが求められることはないのです!」


 通常よりはるかに少ない頂点数でメッシュを定義し、独特のテクニックでリギングをする。


 そういった『超ローポリモデル』が、かつては使われていたらしい。


烏頭目(うずめ)さん、『ローポリ』と『ハイポリ』って、どう違うんですか?」


「ん~『これ』といった定義は、実はないのです!

 一般的には一万頂点から二万頂点ぐらいが『ローポリ』と言われやすいですね!

 それ以上が『ハイポリ』で、数十万頂点になったりもしますです!

 製作ではローポリを作ってから、ディティールを作りこんでハイポリモデルを作ったりしますです!」


 つまり、会社や分野によって定義が変わる、曖昧な概念なのだろう。


 香澄が烏頭目(うずめ)に頭を下げて礼を告げる。


「夜遅くにありがとうございました」


「とんでもないのです!

 有望な新人のためなら、一肌でも二肌でも脱ぐのです!」


 笑顔で手を振った烏頭目(うずめ)は、また風のように去っていった。


 ――前職も、これくらい手厚く教えてくれてたらなぁ。


 OJTで現場に放り込まれ、プレッシャーとストレスに抗って覚えたプログラミング技術。


 結局香澄はその分野に適性がなく、現場に迷惑をかけてばかりだった。


 だがこうして烏頭目(うずめ)のように丁寧に教わってれば、また違ったのかもしれない。


 今の環境に感謝しながら、香澄は参考書を閉じ、花連と一緒にベッドに入った。


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