11.
香澄は烏頭目に連れられ、マンションの三階でエレベーターを降りた。
ついてきた花連が告げる。
「烏頭目、また『あれ』やるの?」
「やるですよー! もっちろんなのです!」
エレベーターホール近くのドアには『スタジオウズメ株式会社』と書いてある。
烏頭目がそのドアのロックを解除し、香澄と花連を招き入れた。
パーティーションに区切られ、空調が利いたオフィスの廊下を歩きながら烏頭目が声を上げる。
「狭間くん! 手は空いてますですか?!」
パーティーションの向こうから拓郎の声が返ってくる。
「うーす! またなんかやるんですかー!」
パーティーションを抜けると、大きなパーティーション付きのテーブルで四人が作業をしていた。
その中の一人――拓郎が立ち上がって烏頭目を見る。
烏頭目が拓郎に告げる。
「奥のスタジオを使いますです!
ついてくるのです!」
「うーす。今回は俺ですか」
他の席に座っている四人が立ち上がって烏頭目を見た。
髪を金髪に染めた青年が微笑みながら告げる。
「おや? 後ろに居るのは昨晩の水無瀬さんかな?
もしかして、烏頭目にロックオンされちゃった?」
髪に青いメッシュを入れた女性が告げる。
「災難ねぇ。烏頭目はしつこいから、逃げられないわよ?」
黒髪のショートボブの女の子が無表情で告げる。
「烏頭目の平常運転です。
簡単に言えば、観念してください」
香澄が驚いて四人を見てから、烏頭目に尋ねる。
「あの、誰でしたっけ?」
烏頭目が元気よく応える。
「ではついでに紹介するのです!
弊社のモデリング担当、モデラーの湖八音一葉!」
黒髪のショートボブの少女――湖八音が会釈をした。
「次がーっ! キャラデザイン担当!
デザイナーの青川麗!」
髪に青いメッシュを入れた女性――青川がニコリと微笑んだ。
「よろしくね、水無瀬さん」
「続いてアニメーション担当!
アニメーターの黄原光!」
金髪の青年がニコリと微笑んで告げる。
「まぁ、俺はなんでもできるんだけどね。
一応アニメーターってことになってる」
烏頭目が真顔になって、静かな声で告げる。
「最後がリギング担当、リガーの狭間くんです」
拓郎が不満げに唇を尖らせた。
「俺だけぞんざいじゃないですか?! 烏頭目さん!」
まるでバンドメンバー紹介のようなテンションに、香澄は乾いた笑いを浮かべていた。
――変な会社だなぁ。
個性派ぞろいで、ある意味で覚えるのは楽だ。
大人の女性、青川。
自信過剰に見える黄原。
無口な湖八音。
そして普通の青年、拓郎。
エネルギッシュな烏頭目を加えても、バラバラだ。
烏頭目が香澄に告げる。
「さぁ! 奥のスタジオに行きますですよ!」
先を行く烏頭目の背中を追いかける香澄の背中を、花連が押していく。
「ほらほら~、早く行こうよ!」
拓郎と並んで、オフィスの奥にある開けた空間に向かっていった。
****
オフィスの奥は、十メートル四方程度の空間に区切られていた。
ノートPCが機材とつながり、床には配線が這っている。
その配線はどうやら、空間の四隅にたててあるポールにつながっているらしい。
香澄が興味本位で一本のポールに触り、烏頭目に尋ねる。
「これ、なんですか?」
烏頭目がニタリと微笑んで応える。
「それは光学式モーションキャプチャーシステムなのです!
今触っているカメラは二百万くらいしますので、壊さないように! なのです!」
「――ひっ?!」
金額を聞いた香澄が、あわててポールから手を離した。
――なんでそんな高額な機材が、無防備に置いてあるの?!
「あの、四本あるってことは総額――」
「最小セットなので、たったの一千万くらいなのです!
標準セットだと三千万ぐらいですが、さすがにそこまではしませんです!」
――せ、世界が違い過ぎる。
めまいを覚えた香澄が、ふらふらとした足取りで烏頭目の元に戻っていった。
キャプチャースタジオの奥から、拓郎が黒い全身タイツ姿で現れた。
ぎょっとした香澄が思わず烏頭目に尋ねる。
「なんで全身タイツなんですか」
「あれは誤検出を防ぐためのアクタースーツなのです!
――狭間くん! キャリブレーションは終わってるですか?!」
「うーす! やってありますよ」
烏頭目に応えながら、拓郎は柔軟体操を始めた。
香澄が烏頭目に尋ねる。
「これから何をするんですか?!」
「まぁまぁ、PCの画面を見るですよ!」
烏頭目が操作するノートPCには、CGで描かれた四角い空間と棒人間が映っていた。
どうやら棒人間の動きは、拓郎と同期しているようだ。
香澄が驚いて声を上げる。
「――え?! もう動きをトレースしてるんですか?!」
「狭間くんの服を良く見るです!
特殊素材のボールがついてるです!
あれが『マーカー』になってるです!
カメラが『マーカー』を検出して、動きを拾うのです!」
香澄が目を凝らすと、確かに拓郎の体には白い小さな球が付いている。
拓郎がバク転をすると、棒人間もバク転をした。
烏頭目が開いているアプリの一部には、おびただしい数字が下から上に流れていく。
「この数字はなんですか?」
「マーカーの位置ですよ?
検出したマーカーの座標をリアルタイムでロギングしてるのです!
これを保存してアニメーターが加工すれば、CGアニメーションの出来上がりなのです!」
「ふぇ~……こんなことになってるんですか」
烏頭目が楽し気に告げる。
「このシステムは映画でも使われる高精度のセンサーなのです!
――どうです? エンターテイメント業界の裏側、楽しくないですか?」
香澄は胸を躍らせながらうなずいた。
「はい! なんだか楽しそう!」
烏頭目は会心の笑みを香澄に返した。
****
晴臣によるデリバリーで昼を済ませた香澄は、その日はそのまま業務見学に当てた。
青川によるキャラクターデザインは、やはり絵心のない香澄には理解が難しかった。
――これは、ちょっとできる気がしないなぁ。
湖八音によるキャラクターモデリングも、理解するのが難しい。
気が付くと新しい形が出来上がり、細かく整っていく。
「あの……これはなにがどうなってるんですか……」
湖八音は無表情で香澄に振り向いて告げる。
「慣れです。
簡単に言えば、粘土細工です」
――粘土細工! 言われてみればそうかも?!
巧い人が粘土細工を作ると、見る間に精巧な形が出来上がっていく。あれと一緒だ。
モデリングは、『デジタル粘土細工』なのだ。
香澄は卓也によるリギングも見てみた。
ボーンを生やし、ペタペタと色を塗る。
そして動作を確認しながら、延々とそれを繰り返していく。
「これは何をしてるんですが……」
「見ての通り、ウェイトを塗ってるんだよ。
ウェイト――つまりボーンによる影響度を頂点ごとに設定してる」
頂点くらいは参考書を読んだから理解できていた。
CGモデルを定義する、最小単位。形を定義する点だ。
それらすべてに、同じことをしていく――気が遠くなる作業だった。
「よくそんなことできますね……」
「そうか? これはローポリモデルだ。
ハイポリモデルを塗ってる訳じゃないから、全然楽だぞ?」
香澄が頭がくらくらしていた。
――これは根気が要りそうだなぁ。
最後に黄原によるアニメーションだ。
棒立ちのCGキャラクターが、黄原の手にかかると瞬く間に躍動感のある動きで『命』を吹き込まれて行く。
「何がどうなってるんですか……」
「動きをつけてるだけさ。
キーフレームにキーを打ち込む。
それだけだよ」
短いアニメーションを作り終えると再生し、何度か調整を施していた。
あっという間にアニメーションが一本作り終えられていた。
「あの、黄原さん。人間の動きはどこで使うんですか?」
黄原が香澄に振り返って微笑んだ。
「ああ、『モーキャプ』の作業も見てみたい?
いいよ、少し見せてあげよう」
今度は男の子のCGモデルを開き、別のデータを読み込んでいた。
黄原が再生させると、男の子がダンスを踊り始めた。
だが何かがおかしい。
「これ、足元が震えてませんか? それに滑ってるような……」
「うん、いくら高精度な『モーキャプ』でも、『ドリフト』を完全につぶすのは難しいんだよね。
だからこれをこうやって――」
黄原が細かく調整していくと、足元の震えが収まり、普通に踊り出すように変わっていった。
だが作業量は拓郎のリギングより多い。
「これ、ツールで楽はできないんですか?!」
「ツールはあるけど、動きに味が無くなっちゃうからなぁ。
誤判定で挙動がおかしくなることもあるし、やっぱり手で修正するのが一番だね」
――さらっと言ってるけど、これ一番難しいんじゃない?!
一通り見終わった香澄は、部屋に戻ることにした。
「烏頭目さん、今日はありがとうございました」
笑顔で烏頭目が応える。
「わからないことがあったら、気軽にチャットで質問してくださいなのです!
ボイスチャットで細かく指導していきますです!」
「はい、やれるだけやってみます」
ぺこりとお辞儀をして、花連と共にスタジオをあとにした。
エレベーターを待つ香澄に、花連が告げる。
「どう? どれかできそうなのはあった?」
香澄は頭を悩ませながら応える。
「うーん……モデリングぐらいかなぁ、可能性があるのは」
他は根気や高い技術力が必要に思えた。
だが『粘土細工』なら、なんとかなるかもしれない。
意気込んだ香澄は花連と共にエレベーターに吸い込まれ、上に上がっていった。