表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

11.

 香澄は烏頭目(うずめ)に連れられ、マンションの三階でエレベーターを降りた。


 ついてきた花連が告げる。


烏頭目(うずめ)、また『あれ』やるの?」


「やるですよー! もっちろんなのです!」


 エレベーターホール近くのドアには『スタジオウズメ株式会社』と書いてある。


 烏頭目(うずめ)がそのドアのロックを解除し、香澄と花連を招き入れた。


 パーティーションに区切られ、空調が利いたオフィスの廊下を歩きながら烏頭目(うずめ)が声を上げる。


「狭間くん! 手は空いてますですか?!」


 パーティーションの向こうから拓郎の声が返ってくる。


「うーす! またなんかやるんですかー!」


 パーティーションを抜けると、大きなパーティーション付きのテーブルで四人が作業をしていた。


 その中の一人――拓郎が立ち上がって烏頭目(うずめ)を見る。


 烏頭目(うずめ)が拓郎に告げる。


「奥のスタジオを使いますです!

 ついてくるのです!」


「うーす。今回は俺ですか」


 他の席に座っている四人が立ち上がって烏頭目(うずめ)を見た。


 髪を金髪に染めた青年が微笑みながら告げる。


「おや? 後ろに居るのは昨晩の水無瀬さんかな?

 もしかして、烏頭目(うずめ)にロックオンされちゃった?」


 髪に青いメッシュを入れた女性が告げる。


「災難ねぇ。烏頭目(うずめ)はしつこいから、逃げられないわよ?」


 黒髪のショートボブの女の子が無表情で告げる。


烏頭目(うずめ)の平常運転です。

 簡単に言えば、観念してください」


 香澄が驚いて四人を見てから、烏頭目(うずめ)に尋ねる。


「あの、誰でしたっけ?」


 烏頭目(うずめ)が元気よく応える。


「ではついでに紹介するのです!

 弊社のモデリング担当、モデラーの湖八音(こやね)一葉(かずは)!」


 黒髪のショートボブの少女――湖八音(こやね)が会釈をした。


「次がーっ! キャラデザイン担当!

 デザイナーの青川(あおかわ)(うらら)!」


 髪に青いメッシュを入れた女性――青川がニコリと微笑んだ。


「よろしくね、水無瀬さん」


「続いてアニメーション担当!

 アニメーターの黄原(きはら)(ひかる)!」


 金髪の青年がニコリと微笑んで告げる。


「まぁ、俺はなんでもできるんだけどね。

 一応アニメーターってことになってる」


 烏頭目(うずめ)が真顔になって、静かな声で告げる。


「最後がリギング担当、リガーの狭間くんです」


 拓郎が不満げに唇を尖らせた。


「俺だけぞんざいじゃないですか?! 烏頭目(うずめ)さん!」


 まるでバンドメンバー紹介のようなテンションに、香澄は乾いた笑いを浮かべていた。


 ――変な会社だなぁ。


 個性派ぞろいで、ある意味で覚えるのは楽だ。


 大人の女性、青川。


 自信過剰に見える黄原。


 無口な湖八音(こやね)


 そして普通の青年、拓郎。


 エネルギッシュな烏頭目(うずめ)を加えても、バラバラだ。


 烏頭目(うずめ)が香澄に告げる。


「さぁ! 奥のスタジオに行きますですよ!」


 先を行く烏頭目(うずめ)の背中を追いかける香澄の背中を、花連が押していく。


「ほらほら~、早く行こうよ!」


 拓郎と並んで、オフィスの奥にある開けた空間に向かっていった。





****


 オフィスの奥は、十メートル四方程度の空間に区切られていた。


 ノートPCが機材とつながり、床には配線が這っている。


 その配線はどうやら、空間の四隅にたててあるポールにつながっているらしい。


 香澄が興味本位で一本のポールに触り、烏頭目(うずめ)に尋ねる。


「これ、なんですか?」


 烏頭目(うずめ)がニタリと微笑んで応える。


「それは光学式モーションキャプチャーシステムなのです!

 今触っているカメラは二百万くらいしますので、壊さないように! なのです!」


「――ひっ?!」


 金額を聞いた香澄が、あわててポールから手を離した。


 ――なんでそんな高額な機材が、無防備に置いてあるの?!


「あの、四本あるってことは総額――」


「最小セットなので、たったの一千万くらいなのです!

 標準セットだと三千万ぐらいですが、さすがにそこまではしませんです!」


 ――せ、世界が違い過ぎる。


 めまいを覚えた香澄が、ふらふらとした足取りで烏頭目(うずめ)の元に戻っていった。


 キャプチャースタジオの奥から、拓郎が黒い全身タイツ姿で現れた。


 ぎょっとした香澄が思わず烏頭目(うずめ)に尋ねる。


「なんで全身タイツなんですか」


「あれは誤検出を防ぐためのアクタースーツなのです!

 ――狭間くん! キャリブレーションは終わってるですか?!」


「うーす! やってありますよ」


 烏頭目(うずめ)に応えながら、拓郎は柔軟体操を始めた。


 香澄が烏頭目(うずめ)に尋ねる。


「これから何をするんですか?!」


「まぁまぁ、PCの画面を見るですよ!」


 烏頭目(うずめ)が操作するノートPCには、CGで描かれた四角い空間と棒人間が映っていた。


 どうやら棒人間の動きは、拓郎と同期しているようだ。


 香澄が驚いて声を上げる。


「――え?! もう動きをトレースしてるんですか?!」


「狭間くんの服を良く見るです!

 特殊素材のボールがついてるです!

 あれが『マーカー』になってるです!

 カメラが『マーカー』を検出して、動きを拾うのです!」


 香澄が目を凝らすと、確かに拓郎の体には白い小さな球が付いている。


 拓郎がバク転をすると、棒人間もバク転をした。


 烏頭目(うずめ)が開いているアプリの一部には、おびただしい数字が下から上に流れていく。


「この数字はなんですか?」


「マーカーの位置ですよ?

 検出したマーカーの座標をリアルタイムでロギングしてるのです!

 これを保存してアニメーターが加工すれば、CGアニメーションの出来上がりなのです!」


「ふぇ~……こんなことになってるんですか」


 烏頭目(うずめ)が楽し気に告げる。


「このシステムは映画でも使われる高精度のセンサーなのです!

 ――どうです? エンターテイメント業界の裏側、楽しくないですか?」


 香澄は胸を躍らせながらうなずいた。


「はい! なんだか楽しそう!」


 烏頭目(うずめ)は会心の笑みを香澄に返した。





****


 晴臣によるデリバリーで昼を済ませた香澄は、その日はそのまま業務見学に当てた。


 青川によるキャラクターデザインは、やはり絵心のない香澄には理解が難しかった。


 ――これは、ちょっとできる気がしないなぁ。



 湖八音(こやね)によるキャラクターモデリングも、理解するのが難しい。


 気が付くと新しい形が出来上がり、細かく整っていく。


「あの……これはなにがどうなってるんですか……」


 湖八音(こやね)は無表情で香澄に振り向いて告げる。


「慣れです。

 簡単に言えば、粘土細工です」


 ――粘土細工! 言われてみればそうかも?!


 巧い人が粘土細工を作ると、見る間に精巧な形が出来上がっていく。あれと一緒だ。


 モデリングは、『デジタル粘土細工』なのだ。



 香澄は卓也によるリギングも見てみた。


 ボーンを生やし、ペタペタと色を塗る。


 そして動作を確認しながら、延々とそれを繰り返していく。


「これは何をしてるんですが……」


「見ての通り、ウェイトを塗ってるんだよ。

 ウェイト――つまりボーンによる影響度を頂点ごとに設定してる」


 頂点くらいは参考書を読んだから理解できていた。


 CGモデルを定義する、最小単位。形を定義する点だ。


 それらすべてに、同じことをしていく――気が遠くなる作業だった。


「よくそんなことできますね……」


「そうか? これはローポリモデルだ。

 ハイポリモデルを塗ってる訳じゃないから、全然楽だぞ?」


 香澄が頭がくらくらしていた。


 ――これは根気が要りそうだなぁ。



 最後に黄原によるアニメーションだ。


 棒立ちのCGキャラクターが、黄原の手にかかると瞬く間に躍動感のある動きで『命』を吹き込まれて行く。


「何がどうなってるんですか……」


「動きをつけてるだけさ。

 キーフレームにキーを打ち込む。

 それだけだよ」


 短いアニメーションを作り終えると再生し、何度か調整を施していた。


 あっという間にアニメーションが一本作り終えられていた。


「あの、黄原さん。人間の動きはどこで使うんですか?」


 黄原が香澄に振り返って微笑んだ。


「ああ、『モーキャプ』の作業も見てみたい?

 いいよ、少し見せてあげよう」


 今度は男の子のCGモデルを開き、別のデータを読み込んでいた。


 黄原が再生させると、男の子がダンスを踊り始めた。


 だが何かがおかしい。


「これ、足元が震えてませんか? それに滑ってるような……」


「うん、いくら高精度な『モーキャプ』でも、『ドリフト』を完全につぶすのは難しいんだよね。

 だからこれをこうやって――」


 黄原が細かく調整していくと、足元の震えが収まり、普通に踊り出すように変わっていった。


 だが作業量は拓郎のリギングより多い。


「これ、ツールで楽はできないんですか?!」


「ツールはあるけど、動きに味が無くなっちゃうからなぁ。

 誤判定で挙動がおかしくなることもあるし、やっぱり手で修正するのが一番だね」


 ――さらっと言ってるけど、これ一番難しいんじゃない?!



 一通り見終わった香澄は、部屋に戻ることにした。


烏頭目(うずめ)さん、今日はありがとうございました」


 笑顔で烏頭目(うずめ)が応える。


「わからないことがあったら、気軽にチャットで質問してくださいなのです!

 ボイスチャットで細かく指導していきますです!」


「はい、やれるだけやってみます」


 ぺこりとお辞儀をして、花連と共にスタジオをあとにした。



 エレベーターを待つ香澄に、花連が告げる。


「どう? どれかできそうなのはあった?」


 香澄は頭を悩ませながら応える。


「うーん……モデリングぐらいかなぁ、可能性があるのは」


 他は根気や高い技術力が必要に思えた。


 だが『粘土細工』なら、なんとかなるかもしれない。


 意気込んだ香澄は花連と共にエレベーターに吸い込まれ、上に上がっていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ