第8話 来訪①
『9月25日。本日のお天気をお伝えします』
異世界転移してからはやくも3日が経った。
つまり運命の日から4日が経ったということであり、ダンジョン解放になるまでの折り返しを超えたということ。
今日が終わればあと2日。
28日が楽しみで仕方ない。
「ごめん、ティッシュとって」
「ふいてやろうか」
「ぐしゃぐしゃってするからやだ」
ソースを口元につけたカスミにティッシュを渡す。
こいつは口が小さいくせに、一口を大きく食べようとするせいでよく口の周りを汚す。いっそ食べ終わるまでつけたままにしておけば良いのに、それを許さない性格のせいで食事中よく口元を拭っている。
デリバリーサービスで頼んだ豪華なサンドウィッチと、ちょっとだけリッチなコーヒー。
俺はコーヒーの味で値段を当てられるほど良い舌はしていないが、普段飲むペットボトルよりなんとなく美味しい感じはする。
一昨日は腹一杯で朝食を取る気にはならなかったし、昨日は朝から出かけて外食をしたから、家でこうして朝食を食べるのはこっちにきてから初めてのことだ。
「あー…今日は昼から雨みたい。どうする?」
「どこかで体を動かしたいと思っていたんだがな。集会所に行ったところで大した成果は得られないと昨日でわかったし、特にやることもないなら家でゆっくりするのもいいだろう」
ランニング開始時は晴れていたが、家に帰る頃には曇りだしていた。降り始めるのもそう遠くないだろう。
「そうだよね。あーあ、チームどうしよう。理想が高すぎる?集会所に来てるような人たちはDランクばっかりだったし、やっぱCとかBはもう身内だけでチーム組んでんのかな〜?」
集会所というのは、政府が用意したチームマッチング用のスペースだ。
主に役所だったりを中心に、プレイヤー達が集まれるスペースが用意された。これはSNSを中心に飲食店や公園で勝手にマッチング会が企画され、トラブルが各所で起こったために政府が緊急で用意したものだ。
昨日は朝からカスミと2人で出かけてみたが、声は次々かけられたものの、俺らがチームを組みたいと思える人材は1人もいなかった。
ちなみに出かけるのであれば隠しようがないため、俺の『S執行者』というのは世間に公開された。SNSでもテレビでも話題にされているが、どういうわけだか取材はこない。
何かしらかの権力が動いてる気配がするところだ。
「そういえば、カスミの身内はどうなんだ」
「え、私?お兄ちゃんとかってこと?」
「兄弟姉妹でもいいが、友人とかだ」
「あー…高校までの友達は北端エリアだし、大学の友達でそんなに仲がいい子はいないかな」
「待て、その北端エリアとは日本列島の北端にある大きな島のことか?」
「他にどこがあんのよ。もしかして田舎者ってバカにしてる?」
「いや、俺の知る名前と違ったから聞いただけだ。まあ、いい。仲がいい奴がいないと言っても会話できる人がいないほどではないだろう。1度声をかけてみたらどうだ」
「へー、アリサの世界ではなんで言ったの?」
「北海道だ。それで、どうなんだ?」
「そりゃ話をする人はいっぱいいるけど、なんというか、命を預かり合うような信頼関係を築けないような人ばっかりというか…?大学生なんてそんなもんかなとも思うけど、私はそういう人があんまり得意じゃないから」
「そういうことか」
カスミの知人から探すという手段も消え、いよいよチームメンバー探しが行き詰まってきた。
氷が溶けはじめ、やや味の薄くなったコーヒーを飲んで頭をリフレッシュさせる。
何か見落としているのではないか。
ここまで戦職ランクの高い人間がチーム募集に引っかからないのには何か理由があるはずだ。
確かに俺らがチーム募集を始めたタイミングは遅い。
多くの人が22か23日の間にはもうチームを結成しているはずだ。それでもここまで高ランクのプレイヤーが売り切れるとも思えない。
教会にだってまだ列ができている。新しく覚醒する高ランクプレイヤーだっているはずだ。
♪〜♪〜♪
「あれ、こんな時間になんだろ。取材かな?」
聞き覚えのある音が鳴り、ドアホンのモニターがつく。
そこには神父のような服装をした男と、スーツを着た男が立っている。
俺の元に取材が来ない理由がやってきたということか。
「俺が出る」
カスミが立ち上がって出ようとするのを止め、俺が対応する。向こうからこちらの姿は見えないが、どうせ俺がいるとわかっていてここに来ているのだろう。
それに、こちらとしても1度話をしたいところだった。
「PNアリサだ。俺に用があるなら上がってこい」
『朝早くに失礼いた…』
「そういう挨拶はいらん。エントランスにお前らのような奴らがいては他の住民に余計な心配をさせるだろう。さっさと上がってこい」
解錠のボタンを押し、通話を切る。
「…アリサ、敬語使えるんじゃなかったの?」
「使う必要がないから使っていないだけだ」
「この前の人より多分偉い人だよ…?」
「ふん、立場云々は関係ない。この前は俺が戦職を授かるためにお願いをしに行った身で、今回はあいつらが俺と話をしたくてこんな朝っぱらから押しかけてきた身だ。どちらの方が立場が上なのかはっきりさせておく必要があるだろう」
「…なるほど。確かにそうかも……って、ごめん電話だ」
タイミングが良いのか悪いのか、テーブルの上に置かれたスマホが鳴る。
特に設定されていない、デフォルトの着信音だ。
「えーと…え、パパ? ――部屋使ってて良いよ。ここにいてもつまんなさそうだし、適当に外で電話してくる」
「一応傘は持って行けよ」
「部屋着だし建物の外にはでないよ。あ、切れちゃった。掛け直さないと」
カスミが重苦しい客から逃げるように急いで部屋から出ていく。
俺が一緒に住んでいることもあり、部屋の中は綺麗に片付けられている。片付けられてはいるが、明らかに女子の部屋。この部屋で俺と奴らが話をするという絵面は奇妙なものだ。
テーブルは散らかったままだが、むしろその方が奴らにプレッシャーを与えられるし、片付ける必要はないだろう。
♪〜♪〜♪
再度音が鳴りモニターがついたので、今度は玄関まで向かう。
1対2。
ないとは思うが、万が一の可能性を考慮してドアチェーンをつけた状態でドアを開ける。
まあドアチェーンなんて戦職を持つ今では気休め程度のものだが。
「一言も発さずに少し待て。確認する」
ドアを開けると、モニター越しに見た黒づくめの男が2人。
神父の方はモニターで見た時のなんらイメージの変わらない穏やかそうな男だが、スーツの方は思ったより若輩な上にやたらと体格がいい。
PNはアキトとヨシノリ。
どっちがどっちかは戦職とカルマで判別できるだろう。
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[UR] 7 [Lv] 3(EXP6%) [カルマ] 59
[PN] アキト [戦職] B剣士 [チーム] JA0-2
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UR7の剣士。
集会所には俺やカスミと同じ5ですらいなかったのに、いきなりその二つ上が出てくるとは。
こいつがゴツいスーツのやつで決まりだろう。
近くで見ると、髪型や服装はビジネスマンにありがちなものなのに、今までに感じたことがないほどのプレッシャーを感じる。
少し格闘技や剣術を齧っていただけではこうはならんはずだ。何かしらか、特別な立場の人間だと思っておいた方がよさそうだ。
とはいってもカルマは59。
これは十分に信頼を置くことができる数字だ。
残った神父――ヨシノリも確認する。
この見た目でカルマが低いなんてことがあったら大笑いだが、念の為というのと好奇心の為だ。
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[UR] 6 [Lv] 1(EXP58%) [カルマ] 83
[PN] ヨシノリ [戦職] A司祭 [チーム] なし
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戦職はA司祭。
初めて見るものだが、おそらく修道士とかその辺りの上位職だろう。
そしてこいつも俺よりURが高い。
俺のSランクというのが疑わしくなってくるような奴らだ。
ステータスを見たことによって、話をしたい気持ちも強くなってきたな。
とりあえずカルマも問題ないし家に上げるとするか。
「いいだろう。上がれ」
「失礼いたします」
「失礼致します」
扉を一度閉め、チェーンを外して再び開ける。
ヨシノリが先に入ろうとし、後ろに立つアキトが扉をおさえる。
年長者だからなのか神父だからなのか。
おそらくアキトもそれなりに地位のある人間なんだろうが、どちらかといえば、エントランスにいた時からヨシノリをたてている。
それに喋り方まで役人らしく堅苦しいアキトに比べて、ヨシノリは随分とリラックスして見える。
逆に言えばアキトの方は俺に対して警戒をしている。このカルマ値100固定とかいうふざけたパッシブのせいというのは少なからずあるだろう。
「最初に言っておくが客用の椅子はひとつしかない。それと俺は家主ではないからもてなしはできない」
「急に押しかけてきてしまったのはこちらの方ですから。お気になさらず」
「お前はどうでもいい。司祭という立場の人間に何も出せないのが引っかかっただけだ」
「いえいえ、そんな、むしろ私がこうしてアリサ様を尋ねさせていただいた張本人といいますか、ええ、まあ。ですので、どうかお気になさらず、はい」
「そうか。ならいい」
玄関から廊下兼キッチンを通って部屋に戻る。
カスミの家は1Kというやつだ。
ゴミも今朝捨てたばかりだし、客人にまじまじと見られても全く恥ずかしくないキッチンだ。
料理をしていないというのも大きい要素ではあるが。
「失礼いたします」
「失礼致します」
扉を開けて部屋に戻る。
玄関を見ただけでも女性の家であることは明らかだが、部屋に入ると一段と俺のイメージから離れるだろう。
だが2人は驚くことも戸惑うこともしない。
当たり前だがカスミのことについてもある程度調べはついているのだろう。
「…食事中でしたか、大変失礼致しました」
「別に構わん。早朝の方がお前らも動きやすいんだろう」
「ええ、まあちょっと、はい。いろいろありまして…。そういえば、先ほど廊下で女性とすれ違ったのですが、あの方が…?」
「ここの家主だな。ふん、まあとりあえず座れ。悪いがアキトとやらには立って話をしてもらう」
「はい、構いません。 ――ああ、これは大変失礼致しました。申し遅れましたが私、日本国軍特別機動隊第一分隊分隊長を勤めております、一宮暁人と申します。本日は御忙しい所、御時間を頂き誠に有難う御座います」
アキトはスーツの内ポケットから見たこともない手帳を取り出しこちらに渡してきた。
まさか名刺のように貰っていいものではないだろう。
本物かどうか確認すればいいのだろうが、当然これがなんなのかもわからない俺には本物かどうかの判別などできん。
「ああ、ええと、私は東京エリア司教の牧田喜紀と申します。はは、戦職は司祭なんですがね、ええ、少しややこしくて申し訳ないです」
さっきまで俺が座っていた椅子に座ったヨシノリは立ち上がってお辞儀こそするが、身分証明をするものを出す様子はない。まあカルマを見れば疑うやつもいないだろう。
そしてカスミの席に座る俺も身分証明をするものを持っていない。その辺りについても後で話をするとしよう。
「安心しろ。お前らの素性を疑ってはいない。 ――しかし、役所の人間が来るかと思えばまさか軍の人間とはな。それも特別機動隊?だとかなんだとか。戦職Sというのはそれほど重要なものなのか?」
挨拶なぞしている時間が勿体ないほどに聞きたいことは山ほどある。それも聞けば聞くほどさらに増えていくだろう。
たった今も日本に軍があることに驚いたばかりだ。
まあ気になることではあるが、本題には関係ないから触れないでおいて、後でカスミに聞くとでもしよう。
「…ええ、そうですね。現在日本で確認されているSランクの戦職を持つプレイヤーはアリサ様を含めて4名のみです。隠すつもりもないので言ってしまいますが、アリサ様を除く3名はもともと政府の管理下にあったプレイヤーです」
「…どうにも気になることが出てきたが、とりあえず続けろ」
「つまり言葉を濁さずに申し上げると、アリサ様は日本政府が国内で管理をできていない唯一のSランクの戦職を持つプレイヤーで御座います。各地で入念に調査を行いましたが、今朝に至るまでSランクのプレイヤーはアリサ様の他に確認できておりません」
「それほど稀有な存在であればここまでの待遇にも納得がいくな。となるとメディアに圧力をかけていたのは軍か?取材のひとつも来ないからおかしいと思っていたんだが」
「はい、仰る通りで御座います。勝手なことをしてしまい大変申し訳御座いませんでした」
「いい、むしろ助かったくらいだ。 ――ふん、いろいろ聞きたいことがありすぎて、どれから聞いたもんかと悩むが…とりあえずは俺以外の3人についてか」
今日最も聞きたかったのはこれからの俺の扱いについてだが、それ以上に今は他の3人が気になる。
俺以外のSランクのやつについても聞くつもりでいたが、余計に聞きたくなった理由はアキトがした『政府の管理下』という発言だ。
「さっき『もともと政府の管理下にあった』と言ったが、それはお前のような軍人だったということか?それとも…そうだな。 ――たとえば、政府がもともとSランクの戦職が覚醒しそうな人間を育てて管理していたとか。……ふん、まあこっちが正解のようだな」
別にそれほど難しい推理をしたわけではない。
同じ発言を聞けば誰しもが思いつくような可能性を挙げただけなのに、ヨシノリの側に立つアキトは殺気すら感じるほどに警戒心を剥き出しにしてきた。
それほどまでに戦職Sというのは警戒すべき対象なのだろう。ますます他の3人が気になってきた。
「警戒するのは結構なことだが、話をしているだけなのにそんな態度を見せられては気分が悪い。軍人ならもっと自分をコントロールしろ」
「…大変失礼致しました。アリサ様の仰るように、その3名は日本国政府が管理していた家の者で御座います」
管理していた『家』ときたか。
氷が溶け切ったコーヒーを飲む。
よく考えるとこれはカスミのだったか。まあいい。
「家ということは、戦職の覚醒には血統が関係しているということか?それこそ神話の時代からある名門の家とか」
「少しだけ違います。政府が管理している『家』というのは、運命の日に備え、西王朝時代に作られた『優秀な人材を産むことを目的とした家系』です。言ってしまえば、品種改良によって作られた人工的な天才というところでしょう」
ちっ、西王朝時代とやらが何年前なのかわからん。
だが今その話をすると俺の異世界転移の方に話が広がっていきそうだ。ここはとりあえず我慢だ。
「品種改良というのはどこまでやっている」
「少し過激な表現になってしまいましたが、実際のところは優秀な人材を掛け合わせているというだけの話です。ですがそれももう1500年を超える歴史になりますので、運命の日を迎えるまでは世に出すことを憚られるほどの仕上がりになっています」
「なるほどな。倫理的にグレーなラインだとは思うが、まあどこの国でもやってそうか。 ――それで、その人工的な天才どもの中から見事に3人の選ばれた天才が誕生したというわけか。ふん、俺以外の奴らは全員親戚か、寂しいものだな」
「東の『一宮家』と西の『牛久家』という2つの家系が御座いますので、全員に血縁関係があるというわけではありません。1人は一宮家から、2人は牛久家から覚醒しました」
「姓が一宮な上にやけにURが高いお前もそういうことだと思っていいな」
「はい。Sランク『剣聖』に覚醒したのは一宮隆臣、私の実の弟で御座います」
「剣聖、か。…というか戦職も本名も教えてくるとは、逆に不安になってくるな。俺のことを生かしておくつもりはないとか言い出すなよ?」
「勿論で御座います。それに私から御伝えするのはあくまでも名前と戦職のみ。隠さずともいずれは公開される話です」
「ふん、では残りの2人も聞くとしよう」
「1人は牛久家直系の牛久悠貴、戦職は『捕食者【蛇】』。もう1人は牛久家分家の伊藤陽毬、戦職は『聖女』で御座います」
「なんだその『捕食者』というのは。それは教えられないか?」
「おそらく『C半獣人』の上位職だと予想されております。蛇は牛久悠貴だけですが、『S捕食者【狼】』と『S捕食者【竜】』が中国で発見されています」
「他国の情報までわかるのか」
「現在までに判明しているのは中国の2名とアメリカの『勇者』とイタリアの『聖女』だけです。その4名も各国が自ら公開したものですので、軍が調べて見つけた情報では御座いません」
日本にもイタリアにも聖女がいるのなら、Sランクの戦職というのは世界に1人だけの固有のものというわけではないのか。
がっかりな気もするが、少しだけ嬉しい気もする。
俺以外の執行者とは一度話をしてみたい。それぞれの見解が気になるところだな。
「ふん、まあいい。それで本題に入るが、今後俺をどうしたいんだ?他の3人のように隠しておくのか、それとも中国アメリカのように公開するのか。それから、俺のことも政府で管理したいのか、それとも『教会』で管理をしたいのか」
急に教会という言葉が出てきて驚いたようにヨシノリが顔を上げる。
これまでヨシノリは自己紹介の後一度も口を開いていない。それならばヨシノリがここにやってきた理由というのがまだ残っているはずだ。
「はは、鋭いお方だ。ええ、はい。そうですね、アリサ様には『教会所属プレイヤー』になっていただきたいと思って、本日こうしてお邪魔した次第でございます」
ようやく出番が来たと笑顔で口を開いたヨシノリは、今日1番気になっていたことをあっさりと言い切った。