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第5話 外出②


 大通りなだけあって、交差点から30秒も歩かない場所にコンビニがあったため、とりあえずそこに入ることにした。


 コンビニは知っているものと同じ看板。


 俺が毎日のように昼飯を買うコンビニだ。



「……あ、アリサ…その…ごめん。私を守ってくれてたのに、叩いたりして」


 コンビニに着くと同時に、黙ってついてきたカスミが謝罪をしてきた。


 さっき見た困り顔の正体はこれか。

 おおかた自分を守っている人間に対して意見することに罪悪感を覚えたのだろう。


 あの夫婦に対してやり過ぎだとか思ったり、俺に対して謝ってきたり、こいつはとんでもないお人好しだ。


 そして純粋すぎる馬鹿だ。


 あの程度のことで俺が怒るはずも帰るはずもないだろう。


「なんだかわからんが、悪いと思っているならアイスでも買って食え。食い終わったら教会に戻るぞ」


「え?戻るの?」


「当たり前だ。1時間以上もかけて歩いてきたのに帰るはずがない。アイスを食って帰る頃には奴らが気づかない程度に列ができているはずだ」


「…なるほど。思ったよりも冷静だったんだ…ごめん」


「お前と違って涼しい服装をしているからな」


「いつまでそれ引きずるの。てか暑いから早く手を離して。 ーーあと手をナチュラルに繋ぐの辞めて。慣れてる感じがして嫌」


「あの場でお前がゴネそうになったから引っ張ってきたまでだ。さっさとなんか買ってこい。俺はコンビニに入って何も買わずに出て行く屑にはなりたくない」


「それはアリサのいう『人道に背く行為』なの?」


「当たり前だ。コンビニは公衆トイレでも待合室でもない」


「まあ、なんとなく気持ちはわかるかも。アリサはアイス……甘いもの嫌いなんだったけ。自分の分しか買わないからね?」


「ああ。早く買ってこい」


 命令されるのが気に入らなかったのか、少し不満そうな顔でアイスの売り場に向かう。


 その間に軽く雑誌の表紙だけを眺める。


 コンビニの店名は同じだったが、置いてある商品や、雑誌は違うものの方が多い。似てはいるが細部が違う。カスミの家にあったコーヒーは珍しい例なのかもしれない。


 そういえば俺のPN(プレイヤーネーム)は『アリサ』になった。


 どうやら法律で14歳になったらPNをつけなければならないと決まっているらしく、家から出る前にカスミにつけさせられた。


 カスミ曰く今までの人生でPNを意識したことはなかったらしい。が、これからは大切になってくるかもしれないからふざけた名前にはするなと釘を刺された。


 半数以上の人は下の名前にするらしいが、ふざけた名前やニックネームにして、大人になってから後悔する人も少なくはないとのこと。



 今後一生変えられないというのも不便なものだ。


 ここでつけた名前を一生大切にするとなると、いくら悩んでも決めきれそうになかったため、結局俺も多くの人と同様に下の名前にした。


 下の名前が好きではないとはいえ、別に使うことを拒むほどでもない。偽名を使う方がいいのではとも考えたが、逆にやましいことがあると思われそうだからやめておいた。


 なにしろ俺は異世界から転移してきた人間。


 あまり目立つようなことはしない方がいいだろう。


 そういう意味でもさっきの夫婦に出会ったことは災難だったというほかない。



「雑誌?なんか欲しいのあった?」


 レジからカスミが帰ってきた。


 カスミの右手には見たことがないパッケージに入ったアイス。

 だが中身はおそらく見たことがあるようなモナカのアイスだろう。


「雑誌は読まん」


「なんの強がり、それ?いま真剣に見てたじゃん。別に雑誌くらい言えば買ってあげるのに」


「表紙を見ていただけだ。知っているものかどうかをな」


「ふーん。どうなの?」


「全て知らないものだ。表紙に出ている人名や写真を見ても知っている人間は1人もいない」


「えーっと…反応しづらいなぁ…」


 カスミが目を逸らしてアイスのパッケージを開ける。


「おい、店内で買ったものを食うな」


「た・べ・ま・せ・ん!袋を開けただけっ!アリサがなんか反応しづらいことを言うから!」


「聞かれたことに答えただけだろうが。でるぞ」


 イートインスペースがないコンビニでは飲食をしない。当たり前のことだ。


 自動ドアから出ようとすると、よく知っている音が流れてくる。何が同じで何が違うのか、その法則はおそらくないのだろう。


 コンビニの外にはゴミ箱と灰皿が置かれた喫煙スペースがある。

 都心部なのにゴミ箱を置けるのはカルマが見えるおかげだろう。犯罪率という意味での治安は元いた世界よりかなり良いはずだ。


 喫煙スペースがあるのもそのあたりの恩恵なのか、それともこっちの煙草は有害物質をもっと抑えられる形になっているのか。


 いずれにしても俺は煙草を吸わないから関係がない。


「煙草?吸いたいなら買ってあげるけど、まあ、吸わなさそうか」


「吸わん。なんでお前はそんなに俺に何かを買いたがるんだ」


「自分だけ買い物するのってちょっと、居心地が悪いって感じ?隣で棒立ちしてる人がいたらアイスだって食べにくいでしょ」


「じゃあさっさと食え。いつでも戻れる程度には列が更新されている」


 目印にしていた赤い帽子を被った長身の男が見えなくなっている。俺らのように途中で抜けた可能性もなくはないが、普通に考えれば進んだとみるべきだろう。

 さっき並んだ時にも思ったが、列の進みが案外早い。戦職(せんしょく)というのはスムーズに受け取れるもののようだ。


「そんなにすぐ食べられるわけないでしょ!あーもう!てか並びながら食べれば良いじゃん!」


 カスミは眉間に皺を寄せ、明らかに嫌そうな顔をしながら俺の手を引いて交差点に向かう。


 ついさっきナチュラルに手を繋ぐのはどうのこうの言っていたことはもう忘れたのか。都合のいい頭だ。


「教会の敷地でアイスを食っていたら不敬だとか言われないだろうな」


「さっきの人たちがちょっと変だっただけで、滅多にあんな人いないからね?なんか変な誤解とかないよね?それともアリサのからするとああいうのは普通?」


「安心しろ。奇人も野次馬も俺がいた世界と同じようなものだ。あいつらに出会ったのは運がなかっただけだと片付けている」


「ならいいんだけど。――ねえ、一口もいらないの?」


「いらん」



 再び列の最後尾に並ぶ。


 前に並んでいるのは仕事終わりらしき格好をした中年男性。大人しくて真面目そうな奴だ。


 念の為後ろから変な奴が来ないか振り返ってみると、前のやつと同じような奴が歩いてこちらに向かってきている。


「今度は心配なさそうだね。あーあ、なんか疲れちゃったし早く帰って寝たいなぁ…。あ、さっきコンビニ寄った時に下着買っとけば良かった。部屋着はキツイだろうけど私の着てもらうからね、時間的に」


 まあこいつはそういう奴だろうと思っていたが、案の定俺のことを泊める気だったか。


 警戒心が薄いというか、お人好しというか。

 大学生の女には初めて会った男を家に連れ込む馬鹿も少なくないが、カスミはそれとは違う方向の馬鹿だ。


「カスミの家に泊まる気はない」


「言うと思ってたけどどっかに行かせるつもりもないから。帰る場所がない人間を追い出すなんてことしたら私がぐっすり眠れないでしょ。大人しくうちに泊まって」


「金を貸してもらえればそれでいい。ちゃんと返す」


「ダメ。そもそも君は身分証もないのにどうやって生きてくつもりなの。大体、何かしらかが起きて別の世界に来ちゃっただけで、あの部屋はアリサの部屋なんじゃなかったの?」


「それはそれとして、だ。女が泊まりにくるならまだしも、男が女の家に転がり込むなんてのは論外だ」


「アリサの世界の考え方は随分古いね。男だとか女だとか関係ないでしょ。困ってるんだったら素直に頼りなよ」


「困ってなどいない」


「お金、貸さないから」


「それならそれで別に構わん」


「君ねぇ…」


 ストレスが溜まってきたのか、カスミの頬がひくついている。

 カスミの言い分がわからん訳でもないが、この程度のことで女の家に泊まり込むなんてのは俺のプライドが許さん。



「…じゃあ、私が1人だと不安だから1週間私のために、私のそばに居てってお願いしたら居てくれる?」


 俺の表情から何かを読み取ったのか、新たな方向から交渉を仕掛けてきた。

 なかなかに人の感情を読むのが上手いやつだ。1発目で俺が最も応じやすい仕掛けをしてきた。


「この世界について何も知らない俺を側に置いたところでなんの意味がある」


「ふーん。困ってる女の子を見捨てるのはアリサの人道に背かないんだ」


 …こいつ。

 

 カスミは勝ちを確信した嫌らしい笑みを浮かべている。


 対する俺は絶対に不機嫌な顔をしている自信があるが、こいつはそんなことに怯みもしない。カスミはすでに、俺という人間がどういうやつなのかを概ね理解したようだ。


 …まあ、いいだろう。

 


「ふん、なかなかにいい性格をしてるな」


「褒め言葉として受け取っておいてあげる。じゃ、決まりね。暇だし家事の分担でも決める?」


「お前のために泊まってやるんだから家事くらいはお前が全部やれ」


「アリサって料理とか得意そう。てか、アリサに料理作ったらぐちぐち姑みたいな文句言われそうだし、褒めてはくれなさそうだし、料理担当はアリサに決定ね」


「俺が食事の担当になったら毎食デリバリーかコンビニ弁当になるぞ」


 当たり前の話だが、カスミはまだ俺のことを全て理解した訳ではない。

 俺が料理をできると思っていたとは愚かなやつだ。


「まあ、それでもいっか。べつに私も自炊はそんなにしないし。となると、洗濯はさせられないし…掃除?掃除はできるよね?」


「自分の部屋を男が掃除することに抵抗はないのか?」


「…今日のうちにある程度は片付けておくから大丈夫。掃除してるときに私が恥ずかしがりそうなものを見たとしても、私に言わなかったら別にいいから」


「ふん、了解だ。掃除とゴミ出しくらいはしてやろう」


「じゃ、よろしく。ご飯は2人で相談して決めるとして、洗濯は私が全部やるね。…洗濯物も見ることあると思うけど、私に何も言わなければ別にいいから。変に意識しないでね」


「今のところ変に意識しそうなのはカスミの方だがな」


「はいはい。あとは……そうだ。一応確認なんだけど、ベッドじゃないと寝れないとかある?」


「寝れないと言えばお前が床で寝るのか?」


「私はぶっちゃけ一緒に寝てもいいんだけど、アリサは嫌でしょ?」


「帰ったら床の掃除をする必要があるな」


「…どっちが床に寝るって意味か聞いてもいいかな?」


「ふん、流石に俺が床で寝るに決まっているだろう。家主な上に女のお前を床で寝させるなんて、それこそ人道に背く行為だ」


「はいはい。あれ、もうすぐ中に入れそう。意外と早かったね」


「並んでこそいたが、それなりに進んでいたからな。くる人も多いが処理速度もそれなりに早いんだろう。改めて確認するが教会内での禁止事項は?」


 目の前にある建物は俺のよく知る教会と変わらないように見える。

 大学のキャンパスにある教会には入ったことがないが、数年前に観光で長崎に行った時に入ったことがある。


 確か靴を脱がなければいけなかったような気がしたが、前の連中が脱いでいるような素振りは見えない。

 少し奥に入ったところで脱ぐ場所があるのかもしれない。


「わかんないけど、飲食とかはダメじゃない?大声で話すのとかもやめた方がいいかも」


「アイスは…流石に食べ終わってるか。会話もなるべく控えておくとしよう。それにしても、暗いな。蝋燭の灯りだけしかないとは」


 扉の中に入ってようやく中の様子が見えた。


 いや、見えているが見えていない。

 なにしろ、椅子の脇に置かれた燭台しか人工的な光源がない。窓から入ってくる月明かりの方が明るいくらいだ。


 建物の中でも礼拝用の席を使って何度も折り返し、長い列が作られているが、目の前のやつに付いていかないと列から逸れてしまうような暗さだ。


 夜なのに建物の外の方が明るいとは。

 都心の夜が明るいということを考慮しても、この教会が暗すぎることに変わりはない。


「教会にLEDとかついてたらなんか違うでしょ」


「別に電気に頼らなくとも照明器具はいくらでもあるだろう」


「シャンデリアとか?安全面とか掃除の手間とかそういうのがあるんじゃない?そんなに明るい必要がある場所でもないし。暗いの苦手?」


「そんなわけがあるか。ただ気になっただけだ。 ーーおい、苦手じゃないと言ったのになぜ手を握ってくる?」


 建物の中に入ると同時に左手を握られる。

 アイスのせいか、若干冷えているおかげで暑苦しくはない。


「私が苦手なの。いいでしょ、いまさら手くらい」


「ふん、勝手にしろ」


 靴を脱ぐようなスペースは確認できない。

 それに前に並んでる連中が脱いでいる様子もない。

 土足のままでいいのだろう。


 外で並んでいた時は、俺ら以外の奴らの話し声もして、大人数特有の騒がしさがあったが、中からは足音と衣擦れの音しかしない。やはり会話は控えるべきなのだろう。


 耳を澄ますと奥の方からぼそぼそと、本当に若干人の声が聞こえてくるが、一言も何を言ってるかは聞きとれない程度の小音。戦職を授かる場だというのに、よくこれほど静かにできるものだ。


 特にさっきの夫婦のような奴らは、戦職に納得がいかずに騒ぎ立てるようなことくらいありそうなものだ。

 とすると、この場では戦職が判明しないのかもしれない。貰うだけ貰って、判明するのは数時間後とかだとすればこの状況に納得がいく。


 

「…黙ってるの、怖いかも。顔、見えないし」


「我慢しろ」


 らしくもなく少女のようなことを言うカスミを黙らせるため、繋いでいた手を離し、腰に腕を回し抱き寄せる。


 少し驚いたようにこっちを見てきたが、何も言わずに俺の袖を掴んできたということはこれでいいのだろう。



 それにしても、まさかカスミが暗いところが苦手だとは思いもよらなかった。

 虫だの暗いだのといった女が苦手そうなものを苦手なタイプには見えなかったのだが、存外人は見た目によらんということだ。


 いや、見た目だけの話をするなら、むしろそういったことが1番苦手そうなタイプだったか。


 なんとなく会話をしていると、あまり女らしくない女のようなイメージを受けていたが、昼寝明けから見てきたカスミの全ての要素を総合すると普通以上に女らしい女だ。




「…なんか、失礼なこと考えてない?」


「静かにしていろ。また絡まれるぞ」


 意外にも、今まで生きてきた中でこれほどまでに会話をしていてストレスを感じない女は初めてだ。


 同じ場所を居所に選び、同じコーヒーを選んでいたあたりからもわかるが、俺とこいつは相性がいいのかもしれない。



「……はーい」



 平時より若干幼い返事が返ってくる。


 俺と相性がいいくせに暗いところが苦手なんてのは許しがたい話。

 なんとかして叩き直してやりたいものだ。

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