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第4話 外出①


「もう20時になるが、今日中に受付できるんだろうな?」


「ちょ、ちょっと道を間違えたの!それに受付は心配ないから大丈夫、運命の日から1週間は24時間営業らしいから!」


「教会は営利団体ではないだろうが」


 カスミの住むマンションから出ると、概ね見たことあるような景色が広がっていた。


 見たことがあるような景色というのは文明レベルや、建物や道の法則が同じという意味であり、知っている街かと問われれば、全く知らない街だという答えになる。


 カスミが30分もかからないと言うから徒歩で出かけてみたが、まさか大型家電量販店に案内されるとは思ってもいなかった。

 そこから改めてスマホで道を調べて教会に向かうことになった。最寄りの教会は家電量販店から徒歩40分の距離にあった。


「しかしこのステータスパネルにある地図とはなんの役に立つんだ?ダンジョンの位置と自分の位置しかわからんのでは、近代的な街の中ではコンパス程度の役割しか果たさんだろう」


「さぁ?地図なんて授業以外で開いたことないし」


「ダンジョンの中に入ればマッピングができたりするんだろうか。だとするとダンジョンは何回も挑戦して少しずつ攻略していくものなのか?」


「知るはずないでしょ。2700年間もダンジョンが出たことないんだから。あーもう、メイクも崩れてきたし最悪。なんでもうすぐ10月なのにこんなに暑いの?」


「そんな暑苦しい格好をしてくるからだ。別に教会に行くだけなのにそんなゴテゴテした服を着なくてもいいだろ」


 カスミが来ているのは姫袖の白ブラウスに、膝上丈のジャンパースカート。やけにフリルとリボンが多く、夏に着る服装ではないことは火を見るより明らかだ。足元のブーツも暑苦しい。


「大学が休みだから最近日中外に出てなくてこんなに暑いと思ってなかったの!教会に行くならある程度上品な方がいいしこれかなって…かわいくない?」


 カスミは異世界人というフィルターを通すと平凡な女だが、俺の知る大学生という枠組みの中では非凡に分類されるだろう。

 あの立地のあの部屋に住み、あの衣類とアクセサリーの量。使っている化粧品も高価なものばかりなのに夜職どころかバイトすらしていないときた。相当裕福な生まれのお嬢様なのだろう。剣術を無理矢理やらされていたというのもそのせいかもしれない。


 外見だって平凡とは口が裂けても言えないレベルだ。


「かわいいんじゃないか?俺の好みではないが」


「…じゃあアリサの好みはどんななの?」


「髪は長い方が好きだ」


「あのーアリサさん?私は服装のことを聞いてるんですけど?なぐるよ?」


「カスミの部屋にあった服は大体嫌いじゃなかったな」


「じゃあこれ好きじゃん」


「嫌いだなんて言ってないだろうが。 ――おい、あの行列、あれが教会か?」


 正面にある大通りを挟んで向かい側にある公園のようなスペース。片側3車線あるうえに、車通りが激しいせいではっきりとその形は見えない。


 都会の中に急にあれだけの緑があると寺か神社かと思ってしまうが、ここの世界だと教会になるのだろう。


 そしてそこにはテーマパークの人気アトラクション並みに列ができている。間違えようがなく、あれが教会だ。



「そうそう、あそこあそこ。この時間なのに混んでるね」


「さっき地図を見た時に思ったが、教会の数がやけに少ないな。そんなに神を信仰してるならもっと増やすべきだろう」


「んー、増やそうと思って増やせる物じゃないの。教会には聖遺物と司祭様が必要でしょ?司祭様はカルマが80を超える人しかなれないから、建物だけ作っても人材不足になっちゃう」


 信号が青になったから横断歩道を渡る。


 はっきりと見えたその形は俺がよく知る『教会』というのと大差なかった。が、大きな教会を都心部で見るというのは何とも奇妙な感じだ。


「戦職を授けられるのは司祭だけということか。どうりで混雑が解消されないわけだ。…ん?司祭が1人しかいないのに24時間受付できるのはどういう理屈だ。司祭は人間を辞めているのか?」


「戦職は司祭様からじゃなくて教会にある聖遺物から授かるらしいよ。特殊な能力があるのは司祭様じゃなくて聖遺物の方だから」


「……なるほど。カルマ80要求の理由はそこか」


「勝手に納得しないでよ」


「つまり、大切な聖遺物を安心して任せられる人ということだろう。聖遺物を持っていても悪用をしない人とも言える」


「はーなるほどね。考えたこともなかった。それなら司祭様にアリサが見つかったら、新しい教会と聖遺物を任せられる可能性があるってこと?」




「おい、このガキ。なんて不敬なことを、言ってんだ?ばか」



 喋りながら列の最後尾に並ぶと、いきなり前にいた中年の男に絡まれた。横にいる中年の女も睨んできている。よほど信心深い夫婦なのだろう。


 今にも掴みかかってきそうな形相なので、とりあえずカスミを俺の後ろに避難させる。


「不敬もクソもあるか。俺達はあくまで俺のカルマなら司祭になれる可能性があるという話をしていただけだ」


「カルマだけで、司祭様になれるはずが、ないだろうが。バカが。男のくせに化粧なんてして、気持ち悪い。目つきも悪いし、睨みやがって、なんだ、おまえ!おいバカにしてんのか!?人を見下しやがって!」


 目つきが悪いのも背が高いのも生まれつきのもので、この男に対して特に何かを思ったわけではないが、こいつは馬鹿にされたように感じたらしい。


 鬱陶しいやつだ。

 大抵この手のやつはでかい男が出てくれば下がるんだが、横に妻がいるからか無駄に張り切ってる。


「馬鹿にされていると感じるのはお前に自信がないからだろう。俺は今まで一度も人から馬鹿にされたと感じたことはない。本人が馬鹿にしているつもりでも、それは全て僻みに過ぎないからだ」


「なっ、こ、こんんのがきぃ!!」


「おまえぇぇぇぇ!!年長者に敬語も使えないやつは教会から出ていけぇぇぇぇ!!」


 推定妻まで参戦し、耳障りな甲高い声で叫んできた。


 妻の方がマシかと思っていたが、むしろヤバいのは妻の方だったようだ。叫び慣れている叫び方をしているし、この夫妻にとってこんなのは日常茶飯事なのだろう。


 夫婦の前に並んだ連中を見ると、こっちに体を向け面白がって笑っている。スマホを見てるふりをして動画を撮ってるやつも多い。



 まあ、どこの世界もこんなもんということだ。



 ステータスパネルを開き夫婦のPN,Lv,カルマを確認する。


「…どちらも1Lvでカルマは48と45。お前らは……恥ずかしくないのか?」


「カルマは関係ないと言っただろうがバカ!信仰心が大事なんだ!!信仰心だ!信仰心!!バカが!」


「そうよぉっ!信仰心!恥ずかしいのは数字にこだわるお前の方だぁぁぁぁ!!」


 小汚い男と女が唾液を飛ばしながら詰め寄ってくる。


 これは俺が向こうの世界から持ってこれた唯一の服だというのに。



「…はぁ」



 思わずため息が出る。


 こういった手合いを見たことは何度かあったが、自分が対応する立場になったのは初めてだ。


 まさかその初めてが転移した世界でになるとは。


 あまり真面目に付き合わないほうがいいとはわかるが、罵詈雑言や唾液を黙って受け入れてやるほど俺は寛容じゃない。





「では目に見える形で信仰を示せ」




 足で地面に十字架を描き、指を刺す。


 サイズの合わないサンダルはカスミからの借り物のため、十字架の跡を残すことはできなかったが、描かれたという事実は変わらないから問題ない。



「跪いて祈れ。地面だろうがなんだろうが、そこに十字架が描かれたのなら信仰の対象だ――」




 後ろから頭を叩かれた。

 匂いの話をした時よりは随分優しい叩き方だが。


 振り返るとカスミは困り顔をしていた。


 今日何度も困らせた気もするが、この表情は初めて見るものだ。


「ちょっと、やり過ぎ。よくないよそういうの」


 言っていることこそ説教のようなものだが、俺に対して怒っているという感じはない。怒っているというより諭しているのだろう、この俺を。


 怒られようが、諭されようがどうでもいい話だが、困られるというのは困る。



「…ふん、まあいいか。帰るぞ」



 ここで折れるのも気分が悪いが、一緒にいる人間を困らせてまで貫き通すほどのことでもない。



「――え、帰る?」


「ああ」


 カスミの手を引いて列から外れる。

 こいつらの近くにいると面倒なだけだ。


 俺らの後ろにもすでに行列ができていた。


 その中にも動画を撮っているやつらがいる。さっきの叫び声を聞いて寄ってきた野次馬もいるからこその列の増え方かもしれない。


「…ちょ、ちょっと待って!何も帰る必要はないでしょ!?」


「黙ってついて来い」


「逃げた!逃げたなぁ〜!?2度と教会にくるなぁ!!お前なんて、モンスターに殺されて死ねぇぇぇい!!ばぁぁ〜〜か!!」


 なぜか勝ち誇ったような女の叫び声を背に、きた道を引き返す。



 ここで離れることが負けだとは思わないが、この状況で自分が勝ったと思えるあの女の頭の出来には負けたと思わざるを得ないな。




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