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12/12

第11話 その日


「じゃ、毎日電話するから」


「毎日はいらん。1週間に1度にしろ」


「…じゃあ、毎日連絡はするから」


「ああ」


 なんだかんだとあっという間に時間は流れ、ダンジョンが出ると言われている28日直前の夜。



 俺とカスミは東京エリア第一空港なる場所に来ている。



 最後に空港に来てからまだ半年も経っていないが、目に映る光景は見覚えがない。


 それもそのはず。

 この東京エリア第一空港とやらは俺の知る東京の空港とは全くの別物だからだ。


 構造やデザインは日本の空港らしさに溢れているため物珍しさはない。

 特にテナントなんかは実に東京らしいものばかりで、目に入る土産もどこか見たことがあるようなものばかりだ。


 空港内を散策する頃には21時を回っていたせいで、それほどしっかりと見て回れたわけではない。

 もしかすると観光用の商業施設の中には興味が惹かれるものがあるのかもしれない。


 カスミが帰ってくる時にまたちゃんと観光するとしよう。



 そんなこともあって現在時刻は22時。

 カスミの飛行機が出るまであと30分。そしてあと2時間足らずで『その日』を迎えることとなる。



 空港に着くのがこんなに遅くなってしまったのには理由がある。



 一昨日は引っ越しの準備。一日中何とも言えない空気の中で粛々と過ごし、昨日はカスミのライセンス登録で丸一日使った。


 あれは戦職を受け取る時とは比べ物にならない行列だった。

 しかもライセンス制度反対デモなんぞを起こしてる連中のせいで余計に時間がかかり、朝一で貰おうと並びに行ったのに、結局登録が終わったのは夕方だった。


 その後、教会ではなく軍の駐屯地で俺の戸籍と教会所属ハンターのライセンス、ついでにスマホまでが支給された。

 スマホには最初からアキトとヨシノリの連絡先が入っていたため、カスミを含めるとこの世界の人間3人と連絡先交換をしたことになる。


 夕食はアキトに誘われ、高級を隠そうともしない料亭で食った。

 家に帰ってからカスミが2人で過ごしたかったと拗ねはしたが、俺的には初めて食べる洒落にならんくらい高そうな日本食に満足したからよしとしよう。



 その反動からか今日は一日中カスミと2人でいた。


 今まで一度もついてこなかったランニングにまでついてきたし、ダンジョン出現前日とは思えないほど普通のデートをした。


 おかげで1週間何も刺さってなかった両耳の穴もそこそこ埋まり、指輪は3つもはまった。

 何としても左手の薬指にはめようとするカスミを制するのにはそれなりに苦労したものだ。


 今後は牧師の服で過ごす可能性もあるというのに、私服もかなりの量を購入した。冬用のアウターも買ったせいで合計金額は俺でも顔を顰めるほどだ。


 そしてその全てがカスミの好みで決められた。


 まさに頭の先から爪の先まで。

 キャップに始まり靴に終わるまでを片っ端から買っていったせいで、飛行機の時間にわざと遅れるつもりではないかと疑うほどに時間がかかった。


 カスミのセンスに文句はない。

 だが、アクセサリーを全てお揃いにされたのだけには意見をしたかった。最終的には立場の関係もあってしなかったわけだが。



 その後空港で寿司を食べ、少しだけ空港内を見て回り今に至る。


 出会ってから1週間で3度寿司を共に食ったが、カスミは毎回人並みの量を食べている。わざわざ口にこそ出していないが、こいつはきっと寿司が好物なんだろう。


 特に鯛だ。

 謎のプライドがあるのか、露骨に鯛だけを多く食べようとはしないが、食べてる時の表情を見ていればすぐにわかる。


 もともと顔に出やすいタイプというのもあるが、この1週間でこいつの表情を読むのが上手くなってもいるのだろう。




「…あの、さ、ひとつだけお願いしてもいい?」



 そして今、この表情。


 何も言わずとも考えてることなどすぐわかる。



「却下だ。こんな公衆の面前でそんなことするわけないだろう」


「!まだなんも言ってないんだけど!?」


「ふん、その反応からして予想通りだったようだな。いいからさっさと保安検査をしてもらえ」


「最後くらい意地悪しないでよ」


「意地悪もクソもあるか。もともとは再開するまで友人のままという話だったはずだ」


「…何言ってんの?家ではもうしたじゃん」


「だから『もともと』と言ってるだろうが」



 まあ当たり前の話だが、両思いの男女が同棲をしていて関係が全く進まないということはない。

 それでも俺の抵抗の甲斐あって、付き合いたての中高生程度の進行ですんだ。



 繋がれた手を少し強引に振りほどく。


 思えば出会った初日は手を引っ張っただけで文句を言ってきた奴が、よくもまあ1週間足らずでここまで甘えん坊になったものだ。

 誇張抜きで朝から晩まで手を繋いでいたせいで、手がふやけるかと思ったくらいだ。



「ねえ、やだ」


「ゴネるな。さっさと行け」


「じゃあ、せめてハグだけ。ほら、周りにもしてる人いるし」


「どこにもそんな奴らはいない。適当な嘘をつくな」


「じゃあチューして」


「じゃあな、なんかあったらすぐに電話しろ」



 このままでは埒があかん。


 ゴネ続けるカスミを無視してその場から離れる。


 こんな状況なのに…いや、こんな状況だから空港は混んでいる。これだけの大人数の前でそんな恋愛映画みたいなことをするわけがない。


 何もしてなくても別れ際の男女というのは視線が集まるものだ。



 実際今も俺を見ている奴らがぼちぼちいる。



「…はぁ」



 外へ向かっていると後ろから誰かに抱きつかれた。


 誰かというかまあ、カスミだ。

 足音で分かってはいたが、かわすほど非情にはなれなかった。


「……普通この場面で彼女相手にため息つく?」


「勝手に彼女を名乗るな。それと、このため息は諦めのため息だ」


 ここまで視線が集まっては仕方ない。

 振り向いてカスミを抱きしめる。


 カスミは背が高い方だ。

 それに踵のある靴が好きだから、外にいるときは170近くなるだろう。


 だが俺の身長は186cm。

 その程度では高身長とも思わん。


 むしろ抱きしめるとちょうどよく胸元に収まる理想のサイズと呼べるくらいだ。



「…私のこと好き?」


「好きじゃない奴は同情でも抱きしめたりはしない」


「もっと素直に答えてほしいの」


「ふん、次会う時の楽しみにでもしておけ」


 カスミの両肩を抑えて引き剥がす。


 今更恥ずかしいとかはないが、そろそろ時間が本当にまずい。保安検査がすんなりと行かない可能性を考慮したらすでにギリギリのラインだ。



「…はいはい。じゃあ、本当にまたね」


「ああ。とりあえず向こうに着いたら連絡しろ」


「飛行機に乗ったら連絡する」


「じゃあそうしろ」


「…乗るまで電話しててもいい?」


「悪いが俺はこのあと急いで教会に向かわないといけない。チームメンバーとの顔合わせをかなり遅らせてしまったからな」


「ん、そっか。ごめん、ありがとね。じゃあ、本当の本当にまたね」


「ああ」


「浮気、しないでね」


「するはずがない。まあ、まだお前と交際しているわけでもないがな」


「はいはい……うん。またね!」


「ああ」


 小さく胸元で手を振りながら後ろ向きに歩いていくカスミを2,3秒見送り、踵を返してタクシー乗り場へと向かう。



 …このままだと何となく白状な気がする。


 かといってカスミのように後ろ向きで歩くようなことはできん。


 仕方なく、カスミがわかるように軽く右手を挙げる。



「!」



 やたらと良くなった聴覚のおかげで、俺なりの心遣いがカスミに伝わったとわかった。



 …ふん。


 表情だけで考えがわかるようになったと思っていたが、まさか音だけで表情が浮かぶようになっていたとはな。




 少しだけめんどくさくはあったが、この世界に来て最初に出会った人間があいつで本当に良かった。










 走った方が早いとはいえ、街中での移動はタクシーで行う。自転車こそ少なくなったように感じるが、電車やバスの人気は俺の知る世界と全く変わらない。


 これは疲労防止のためもあるが、1番は安全のためだ。

 大勢の人間が街中で走るようになってしまったら、それだけ事故やトラブルが増えてしまうだろう。


 今はまだ法整備が行き届いてないが、いずれは正式に街中での全力疾走は禁止されるはずだ。



 空港で拾ったタクシーで教会に向かう。


 車窓から眺める景色は見知った景色とそう変わらない。細部は違うだろうが、夜間の高速道路におけるその程度の変化はないに等しい。


 これがよく運転する人間なら違うんだろう。


 料金所なんかは勿論だが、道路照明や、下手したら道の凹凸の差異までわかるのかもしれない。



「この1週間はてんやわんやで、ほんっとあっという間でしたねぇ」



 シートを挟んで前にいる運転手が話しかけてくる。


 時刻は23時半を回った頃。

 渋滞に捕まったせいで教会に着くのは明日になるだろう。


 運転手は父親くらいの年齢の男。会話をするのは行き先を伝えたぶりのことだ。あまり喋るタイプではないのだろう。


「もうすぐで『その日』というわけだが…ふん、『運命の日』のような呼称が欲しいものだな」


「『その日』ってのが定着しつつはありますねぇ。これから教会に行くってことはお客さんは教会所属のプレイヤーなんですか?」


「ああ。本当は日中に行かなければならなかったんだがな」


「すいません、今日中に着けるかもギリですねぇ」


「いや、こんな時間に乗せてもらって感謝しかないくらいだ。お前だって本当は家にいたいだろうに」


「いやぁ、僕は独り身ですからね。家に1人でいるよりは、こうして仕事をしてる方が安心できるんですよ」



 1人でいると不安になる。


『やばい!あと30分もない!』

『なんかあったらぜったい電話して!』

『みて!デザートきた〜!』



 スマホに絶えず送られてくるメッセージを見れば、カスミが不安を感じていることもわかる。


 だが今俺にあるのは期待や希望といったポジティブなものだけ。異世界から来たせいで浮かれているのかもしれんな。


 思えば未だ現実感がない。


 こうしてタクシーに乗っていたりすると元の世界にいた時のような現実感がある。

 だが一度ステータスパネルやニュースを見れば、夢を見ているような気もしてくる。



「こんな時に事故なんて、たまったもんじゃないですねぇ」


 スマホから窓に視線を戻すと、渋滞の原因と思われる事故車が見えた。


 2台による衝突事故。


 赤い自動車と白の軽トラ。

 どちらが悪いかまではわからんが、大きな事故ではなかったことはわかる。


 大事故ではないが、大勢の人間の予定を1時間近くずらした大バカだ。


「まあいい。事故車を越えた途端にこの流れ方。案外日付が変わるまでに教会に着くかもな」


「できればその方がいいですよねぇ。ちょっと急いでみます」


「安全運転をしてくれればそれでいい。さっきの奴らのようになっては元も子もないしな」


 そもそもこうなったのは俺とカスミのせいだ。

 運転手が気にする必要なんてどこにもない。


 もしかすると俺の言い方が急かしているように思われたのかもしれん。急ぐ気持ちがあるのは確かだが、もう少し気をつけて発言するべきだったな。



『高速降りる』

『予想外に時間を食った』


『おつかれ!笑』

『私はまだまだだ〜』

『今折り返しくらいかな?』



 高速を降りてから教会までは10分もかからない。


 カスミとメッセージを続けていたが、そろそろ相手をできなくなる。あいつが家に着くまで相手をしてやりたかったが、こっちにも用事があるし仕方あるまい。


 空港からここまでにダンジョン予定地をいくつか見たが、まだなんの変化も起きていなかった。あと24時間のうちにあそこがダンジョンになるなんて言われても想像もつかんほどだ。


 まあ些細な変化だが、ダンジョン予定地の周辺は軍によって警戒体制が敷かれ、一般人の立ち入りが禁止されていた。

 だが、広さで言うと野球場くらいあるダンジョン予定地。それがたくさんあるとなれば、完全に一般人を締め出すことはできていないだろう。



 SNSはカウントダウンで賑わっているが、街中にいる人間は明らかに少ない。


 一部の奴らは本当に楽しみにしているかもしれないが、多くの奴らは口だけの『楽しみ』で、実のところは不安を感じているのだろう。



「車線逆側ですが、どうします?回します?」


「いや、そこのコンビニの前でいい」


 前方に見覚えのあるコンビニが見えた。


 妙な夫婦を避けるために、カスミのアイスを買ったあのコンビニだ。


 喫煙所では若いカップルがタバコを吸っている。

 少し変わっているが、彼らはあそこで『その日』を迎えるつもりなのだろう。



 ダンジョンが生まれるのが『その日』を迎えた直後なのか、それとも朝になってからなのかはわからない。


 そもそも本当にダンジョンが出るのかもまだわからない。


 ステータスパネルを開いて時間を確認する。



―――――――――――――――――――――――

・【アイテム】0%

・【時計】01/09/27 23:58:03

・【マップ】

・【装備】

・【周囲のユニット】3

・【辞書】

―――――――――――――――――――――――



「ここで大丈夫ですか?」


「ああ、ありがとう。支払いは現金で頼む」



 コンビニの前で車が止まる。

 時間は本当にギリギルといったところ。

 今、降りてすぐに走れば日付が変わる前に間に合うかもしれない。


 だが今更急いで間に合わせても大した意味はない。

 たかだか数分であれば、急がないで丁寧な行動をとる方がいいだろう。


「9000円でいいですよ。定額だとその値段なので」


「悪いな、助かる。本当は釣りはいらんと言いたいところだが、この金は人から借りてるものでな。釣りと領収書を頼む」


「はい、少々お待ちください」


 空港からの定額タクシーがあることは知っているが、俺は今回それを利用していない。


 渋滞もあったからかなり俺は得をしているのだろう。渋滞に捕まったあたりでメーターを止めていたため、なんとなく察してはいたが、その時点で指摘しないというのがサービスを受ける側のマナーのようなものだ。




 ――ふと、嫌な感じがした。




 何か変化があったわけではない。

 本当に何か嫌な感覚。

 

 戦職を授かった時とは違う、具体的な変化を伴わない感覚だ。



 何かはわからないが、何故かはいうまでもない。



 日付が変わった。


 『その日』が来た。


 言いようのない嫌な感覚。

 領収書の印刷は終わったのに、運転手も動くことがない。空気の変化を感じているのは俺だけではないようだ。


 ずっと流れていたCMの音が不気味に感じてくる。

 不快に思うことこそあれ、不気味だと思う要素は何もないというのに。


「…あ、あの」


「車から降りろ。急いで教会に行くぞ」


 この異様な空気の中、世話になったこの男を1人にすることなど誰ができようか。



 車から降りて、急いでスマホをポケットから取り出す。


 まずはカスミに電話をかけないと。



「……ちっ、繋がらん!メッセージが送れないのはわかるが、なぜ電話までっ…!とりあえず教会まで急ぐぞ!走れ!」



 スマホがまともに機能しない。


 この空気の変化が『ダンジョン』のせいならまだいい。


 だがもし、これが――






「あ、あぁ……あぁぁぁぁっ!!!」





 男の絶叫。


 それだけではない。

 嫌に静かだった街が急に騒がしくなる。


 いや、騒がしいなんて生優しいものではない。


 四方八方から悲鳴と叫声、そしてどこか機械音にも聞こえる咆哮が響き渡る。



 何が起きたのか、考えるまでもない話だ。






 ――モンスターショック。




 運命の日以降に起こる、超常現象のひとつ。


 通常、ダンジョンのみに生息するはずのモンスターが、人の住む街に現れる現象。


 人々はそれに備えるためにこそ、ダンジョンへ挑戦しなければならないと伝えられている。


 モンスターショック発生に伝わる要因が何なのかは、ひとつとして情報がない。

 俺はてっきりダンジョンを長いこと放置したりすることがそれに繋がると思っていたのだが、この様子だとどうやらそうではないらしい。





 『それ』は地面から沸き起こるように現れた。



 水溜まりのような影が広がり、浮かび上がるように、あるいは風船が膨らむかのように、運転席から出たばかりの男の目の前に現れた。



 身長は150cmもないだろう。

 人よりも少し緑色の肌をした気色悪い亜人。


 俺の知る『それ』は衣類を着ていたが、目の前にいる『それ』は何も着てはいない。色を除けば全裸の変態にも見える気色悪い生物。


 ニヤニヤと笑う口元から除く汚い歯や、目のサイズに対して大き過ぎる黄色の瞳。生え揃っていない縮れた髪や、イボだらけの鷲鼻。首から上のもの全てが人の神経を逆撫でるような気色悪さ。


 そして子供のような身長に似合わない鎧のような筋肉。何故か垂れ下がるようにはみ出た腹、人類のバランスと異なる妙に細い手足。



 そしてこの気色悪さは醜い見た目のせいだけではない。


 生物として絶対に人類の味方にはなり得ないと、本能的にわかる臭い。腐臭や汚臭ともまた違う、根源的な恐怖を誘う酷い臭いだ。




「ゴブリンかッ!」



 即座に体が動いたのは奇跡に近かった。



 石包丁のような不恰好な武器を片手に、運転手へ襲いかかった『ゴブリン』を蹴飛ばす。



 それに触れた右足に嫌な感覚が伝わる。



 俺は人を全力で蹴ったことなどない。

 だが今足に伝わってきたこれが、ただ生物を蹴ったという感覚とは違うことは、結果を見るまでもなくわかった。


 悪臭がさらに強くなり、体に生暖かい液体と、柔らかい物体が降りかかる。


 視線はタクシーの方へ向いているが、ゴブリンがどうなったのかはわかる。



 ――男から遠ざけるために蹴飛ばしたつもりだったが、ゴブリンは破裂したようだ。



「……ああぁぁぁぁ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっっ!!!」



 守ったはずの男は尻餅をつき、正気を失ったように絶叫する。



 正面に映るのは『ゴブリンだったもの』を頭から被った男。


 そして視界の片隅、右下にはカウントダウンのように減っていく数字と『回帰する命』という文字。



「…ふん、そういうことか」


 この蹴りの威力は俺のパッシブスキルによるものだったようだ。


 戦職を授かってから何度か試していたが、スキルの発動に成功したことはなかった。


 カルマ値は固定されていたし、スキルがなかったわけではないはずだが、どうやってもこの『回帰する命』もアクティブスキルの方も発動ができなかった。

 これは俺だけではなく世界中にいるすべての人間がだ。


 おそらく、スキルの使用ができないように制限されていたのだろう。そしてそれが日付変更とともに解除された。




 意図的に見ないでいたゴブリンの死体がある方へ視線を向ける。


 だが、そこにはゴブリンの持っていた石包丁があるだけで、死体も血溜まりもない。

 飛び散った破片がついたはずの顔を触ってみるが、液体も個体もついていない。



「どういうことだ…。何が起きたか見ていたか?」


 再び首の向きを戻し運転手を見る。



 …ゴブリンの残骸が消えている。



「あ、あ、あああ、あ、う、うしろ!!い、いいやっ!あああぁぁぁ!!やばいっ!やばいっ!やばいぃっっい!!」



 男は正気を失っているし、周囲からさっきのゴブリンと同じような気配を感じる。


 1匹や2匹じゃない。

 街中の至るところからだ。



 …いかんな、冷静な対処ができていない。



 コーヒーを飲みたいところだがそんな余裕はない。

 目の前にコンビニはあるのだが、たった数秒の休憩も許されないような状況。



 異様な光景だ。


 東京の街中に、ゲームの中にいるようなモンスターがいる。


 今見えているだけで、ゴブリンの他に狼のような顔を持つ亜人や、六足歩行の犬のような芋虫。空には人間と同じ大きさをしたセミのような虫が飛んでいる。


 そのどれもが現実に合わせたリアリティをしているせいで、ゲームのような高揚感はない。あるのは不安と不快感だけだ。



 襲われている人間も少なくないが、それらと戦っている人間もいる。


 だがいかんせん街中に出ている人間の母数が少ない。今の俺の目をもってしても、確認できるのは20人やそこらだ。



 最も気になるのは建物や乗り物の中。


 飛行機は無事なのか。

 飛行機の中が無事として、外からあのセミの襲撃を受けているんじゃないのか。


 何よりも気になるのはカスミの安否だが、そんなことを言っている場合ではないし、そもそも電話が繋がらない。



 落ちているゴブリンのは石包丁を拾い、襲われている人間を助けに向かう。



「おい!なんとかして立ち上がって教会に駆け込め、死ぬぞ!」



 男を運んでいる暇すらない。


 俺の目に映るのは2匹のゴブリンに襲われている喫煙所のカップル。



 ゴブリンのは気色悪さを余計に惹き立たせているのが、何にも隠されていないその裸体だ。


 さっきの出現方法を見るに、とても生殖動物とは思えないのだが、奴らには人間と同じような性別がある。

 その妙な生物としての生々しさが、あいつらをゲームのようにモンスターとして割り切れない理由のひとつだ。



「――しかも、こいつら…ちっ!」



 遠距離から石包丁を振るい、女を襲っていたゴブリンを仕留める。



 『Active skill【1】処刑人の剣』


 HPを消費して遠距離に斬撃を放つスキル。

 攻撃したユニットが悪だったらHPが回復し、善だったら追加でHPを消費する。


 HPを消費するのは初めてだったが、スキルを発動した瞬間にその意味を理解した。


 痛みや苦しみは伴わなかったが、確かに感じる生命力の減少。

 そしてその感覚は女を襲っていたゴブリンが両断された時に再び襲ってきた。



 ゴブリンは『悪のユニット』ではなかった。



 人を襲っているが、奴らは悪のユニットではない。


 ただでさえ命を奪うという行為に吐き気がしていたのに、余計に体が鈍ってくる。



 だが、何度も…さっきから何度も自分に言い聞かせているが、そんなことを気にしいてる場合ではない。



 仲間の死に驚き、動きを止めて俺の方を見ているゴブリンを仕留める。


 すぐに消えると言っても死体が飛び散るのは気分が悪い。

 とりあえず首を斬り落としたが、これが1番いいのかどうかなんて知るはずがない。



「…ひっ!」


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございますッ!!」



 恐怖で固まる女と、狂ったようにお礼を言う男。


 そしてゴブリンの死体はさっきのようにすぐに消え、石包丁だけが残った。


 この石包丁がドロップアイテムなのだろう。

 今の所3/3でこれがドロップしているが、他のアイテムがドロップすることはあるのか、あるいは石包丁もドロップしないことがあるのか。


 まだゴブリンしか倒してないが、他のモンスターのドロップアイテムも気になる。あのコボルドのようなやつが持っている剣の方がよっぽど使いやすそうだ。



 それに経験値も確認しなくては。

 今の3匹の経験値はちゃんと入ったのか。入ったのだとしたらあとどれくらい倒せばレベルが上がるのか、アキトと同じUR7に届くのか。



 …馬鹿だな、俺は。



 ついさっきまでこの状況に嫌悪感を抱いていたはずなのに、もうゲームとして楽しみ始めている。


 今この瞬間にも襲われている人間がいる。

 カスミの安否もわからん。



 それなのに、できるだけ多くのモンスターを倒したいという感情が俺を支配している。



「…その石包丁はお前らにやる。このモンスターショックはおそらくチュートリアルのようなものだろう。さっさと立ち上がって死ぬ気で戦え。そうしないと、死ぬぞ」



 こんな奴らを守ってる暇はない。


 まず狙うべくはコボルドの剣。

 それから多くの経験値と、いるかもしれないボスモンスター。


 教会所属チームは教会を守らなければならないが、この程度の敵であれば俺が行くまでもないはずだ。


 万が一、戦っていく中で危険なモンスターと出会いでもしたら、急いで教会に戻るとしよう。



 人を守るためにモンスターを狩る



 それが今の俺がすべきこと。


 モンスターを狩るついでに人を守る、とはならないようにだけ、心に深く刻んでおかないといけんな。







―――――――――――――――――――――――


[UR] 6 [Lv] 3 (EXP3%) [カルマ] 100


[PN] アリサ  [戦職] S執行者  [チーム] なし

―――――――――――――――――――――――


[氏名]聖園 愛梨紗 [性別] 男 [年齢] 18


[STR] 67 [INT] 69 [MND] 124 [AGI] 63

[DEF] 83 [RES] 80 [DEX] 80 [HP] 332

―――――――――――――――――――――――

[Passive skill]

【1】回帰する命

【2】執行者

【3】なし

【4】なし


[Active skill]

【1】処刑人の剣

【2】なし

【3】なし

【4】なし

―――――――――――――――――――――――

・【アイテム】0%

・【時計】01/09/28 00:08:00

・【マップ】

・【装備】

・【周囲のユニット】5

・【辞書】

―――――――――――――――――――――――


 

前章完

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