七十六日目の
夏のホラー2024「うわさ」参加作品です。
人々に噂され、話題に上がる事。
それが俺達にとって何よりも大切なんだ。
それこそが俺の存在意義であり、それこそが至上の喜びでもある。
散らかった部屋の中で、俺は次のパフォーマンスを考えていた。
西陽が差し込み、埃だらけの床には幾つもの影が生まれる。その一つ一つを丁寧に眺め、歪な形の中に新たな創造の種を見出す。この厳かな時間が、自分の存在価値を高めてくれる気がする。
何をせずとも全国規模で話題が絶えず、書籍化や映像化もされているような大物達は、俺にとっちゃ遥か雲の上の存在だ。
俺みたいな地域密着の弱小は、どんどん奇抜で新しい表現を生み出していかないと、いずれ人々の噂にすら上がらなくなる。
そして、誰にも噂されなくなった時、きっと俺はこの世界から消えてしまう。
窓の外ではカラスが鳴いていた。
俺の根底に蠢く寂しさが、叫び声を上げているようだ。
事実、ここ最近は、自分の存在感が少しずつ薄れていくのを実感している。そろそろ、なんらかのパフォーマンスを世間に向けて披露し、自分の存在を思い出してもらう必要がある。
とは言え、だ。
俺達の発信は、同じものの繰り返しではいけない。世間はより鮮烈で、よりセンセーショナルなものを求めている。前回より少しでも見劣りするような内容であれば、誰も興味を示してはくれない。
今思い返すと、最初はちょっとした悪戯のようなものだった。でも、気が付けば過激化のインフレに飲み込まれ、いまやイタズラでは済まされないレベルにまで達している。
直近のパフォーマンスは、もはや『命を賭す』程のレベルと言っても過言ではなかった。
それ以上の、何か、か……。
いつの間にか夕日は沈んでいた。
カーテンのない窓から、月の光が差し込んでいた。
床に転がるダンボールや空き缶の後ろに潜んでいた影達だったが、今ではその薄暗い外套を広げ、部屋全体を覆い尽くしている。
その中で俺は、割れたガラス越しに白くぼやける月を見上げた。
* * *
T件U市の町外れにある廃工場で、小学生と思われる男児の死体が発見された。
死因は心臓突然死と見られているが、その様子は見るも無惨なものだった。
衣服を纏わぬ青白い体には、血が滲む数百もの引っ掻き傷があった。
そしてそれは、自身の爪によって行われていた。圧力で変形した爪の間には肉片がこびりつき、いくつかの爪は完全に剥がれ落ちていた。
そんな状態で、男児は廃工場の正門前に横たわっていた。顔は苦痛と恐怖で歪み、噛み締められた乳歯の奥歯が割れていた。
この廃工場では約3ヶ月前にも、小学生の女児が屋上から飛び降りる事故があった。女児は一命を取り留めたものの、脊髄を損傷し未だ寝たきりの状態だ。
女児が語った「黒い影のようなおじさんに誘われた」という証言は、オカルト的な噂話として巷に広まり、近隣の小学校は一時騒然となる。
しかし、そんな噂も季節が変わる頃には忘れ去られ、話題にすら上がらなくなっていった。
そんな夏の終わり、今度は男児の変死体が発見されたことで、町は再び恐怖に包まれる。
『人の噂も七十五日』と言うが、人々の噂話や恐怖心の中に生まれ、そこでしか存在できない怪異達は、七十六日目をどのような感情で迎えるのだろう。
自身の存在を保つために、新たな恐怖で人々の関心を塗り潰す――消失に抗おうとするその行為は、命を持たない彼らにとって、唯一許された生者的な行為なのかもしれない。