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かごめかごめ(後編)

約束の時間の10分前に店に入ると、石丸さんはすでに窓際の席に腰掛けて紅茶を飲んでいた。

 

 その姿は上品だが物憂げで、一枚の絵画として成立するくらいの儚げな美を感じさせた。

 その姿に一瞬見蕩(みと)れてしまったけど、すぐに頭を振った。

 

 今日は石丸さんに負けるわけには行かない。

 涼子さんを守るために。

 私はホッと息を吐くと、石丸さんの居るテーブルに歩いた。

 すると彼女はすぐに私に気付いてにっこりと微笑みながら、小さく頭を下げた。


「先生。今日もお仕事お疲れ様でした」


「あなたもお疲れ様。ごめんね、急に呼び出したりして」


「ううん、全然です。恋人からの呼び出しに応えるのは当然ですよね? むしろ嬉しいです、先生から誘ってくれるなんて。佐村さんと一晩お過ごしで疲れてると思ったのに」


「だから私1人だって言ったでしょう」


「嘘ですね」


「何で分かるの。まさか盗聴でもしてるわけじゃ……」


「まさか。そんな事しなくても分かりますよ。だって、佐村さんと涌井先生ですよ? 先生は途中に何度か佐村さんの助けに入ろうとしてた。佐村さんもそれを受けて一気にやる気を高めた。人って共通の敵を見つけた時が一番心が繋がるんですよ」


 そう言って石丸さんは薄笑いを浮かべて私を見た。


「で、私がラインで問いかけたら案の定。もし本当に先生1人だったらあんな感情的な返事しないでしょ? 知ってました? 人って図星を突かれるとメールなんかの文章に一番感情が乗るらしいですよ」


「……また引っかかったって事なんだ、私。それって……本当なの?」


「さあ? 今、適当に考えた事なんで分かりません」


「え……?」


「でも、うっかり屋さんは引っかかっちゃいましたね。やっぱりお泊まりしてたんじゃないですか」


 そう言うと石丸さんは楽しそうに片手で口を隠すとクスクスと笑った。


「このくらいの意地悪はさせてください。愛する人に悪い虫がくっつくのを、見て見ぬふりするのって結構ストレスなんですよ」


 嘘……やられた……

 やっぱりこのままじゃダメだ。

 

「ね、石丸さん。今日あなたを呼んだのはお願いがあるからなの」


「でしょうね。私と2人の時間を楽しみたいから、なんてあるわけ無いでしょうから。今はまだ」


「今は、って……」


「ま、いいや。用件ってなんです? 『佐村先生を見逃してあげて』ですか?」


「なんで……」


 石丸さんはフッと軽く笑うとカップに口を付けた。


「すぐ分かりますよ。私と佐村さんのあんなやり取りの後、お二人で一晩過ごして……それで翌朝に何の脈絡もなく『会いたいから時間を作ってくれ』そんなの誰でも予想つくじゃ無いですか」


「そ……そう。その通りよ。佐村先生を江口先生みたいにする気なんでしょ? それだけは止めて。その代わりあなたの言うとおりにするから」


 石丸さんはポカンとしながら私の顔を見た後、こらえきれないような感じでくっくっと笑い始めた。


「先生……前も言いましたけど、私をマフィアのボスかなにかだと思ってるんですか? 江口先生の事も私って証拠はあるんですか?」


「もうそんな事はどうでもいい。笑いたければ笑って。とにかく佐村先生にはなにもしないで。その代わり、何でも言うこと聞くから」


 石丸さんはじっと私の目を見た。

 それは以前見たときと同じ、真っ暗で光のない。

 でも漆黒の輝きを放つ宝石のように見える。

 そんな恐れを感じさせる瞳だった。


「先生、佐村さんの事、とってもお好きなんですね」


「……好きよ」


 石丸さんは目の前の紅茶を口に含もうとしたが、ふと手を止めてテーブルに置くと、眼の前のティーポットから熱い紅茶を注いだ。


「濃すぎる紅茶って、嫌い」


 そして、飲みながら私の背後の絵を見ていたが、急に……まさしく急に両目に輝きが戻った。

 それはまるで何かを見つけたかのように、喜びを感じる輝きだった。


「分かりました。じゃあ今度の土曜日、私と二人で落合公園に行ってください」


「え……?」


 あまりにあっさりと石丸さんの口から落合公園の名前が出たので、思わずポカンとしてしまった。


「前にお祭りの事言いましたよね? 土曜日に落合公園であるんです。何でも言うこと聞いてくれるんですよね? じゃあそれでお願いします」


「う、うん……」


 頷きながら、以前江口先生が言っていた言葉を思い出す。

 

(ご自分がかなりマズいところまで踏み込んでるのを……)

(何としてもそこまでにとどめることを……)


 自分が言ってはいけないことを言ってしまったのでは? と思ったけどもう後には引けない。

 

「分かった。今度の土曜日ね。じゃあ、あなたも約束は守って。佐村先生には手を出さないで」


「大丈夫ですよ。佐村さんをどうこうする気なんてありませんから。ご自由に動き回ってもらえればいいと思います」


「え?」


 石丸さんはあたらしい紅茶を注ぐと、優雅な手つきで砂糖を入れて、かき回した。


「そもそも私はそんな悪事を働く組織なんて率いてませんが……仮にそうしたら先生、絶対私のことを許しませんよね? そうなったら心は私の方を向いてくれなくなる。私は先生の心を手に入れたいんです。お人形が欲しいわけじゃない。2人さえ居れば世界の全てが完結する。今でもその望みは変わってませんよ」


「そう……なんだ」


 私は心から安堵しながらその言葉を聞いていた。

 涼子さんは大丈夫なんだ。

 石丸さんはそんな私をニコニコと笑顔で見つめると、ぽつりと言った。


「先生、かごめかごめって知ってます?」


「……? 知ってるけど。昔の遊び歌でしょ。それがどうかしたの?」


「私、この童謡好きなんです。たまに1人の時とか口ずさんでるんですよ。先生もぜひ好きになって欲しいな」


「そう……なんだ」


 こんな子供が……

 やはり石丸さん、どこか変わっている。


「さて、じゃあ土曜日楽しみにしてますね。落合公園。念の為言っておくと、佐村さんに言うのは無しですからね」

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