7/8
安部公房「鞄」の本質(決定版)
「鞄」とは何か、この物語は何を表しているのかについて、改めて述べたい。再論にあたっては、以前の解説をふまえた上で、さらに一歩踏み込んだ部分がある。「鞄」の本質に迫ることができれば幸いだ。
まず初めに、物語の最後の部分を示す。
「べつに不安は感じなかった。ちゃんと鞄が私を導いてくれている。私は、ためらうことなく、どこまでもただ歩きつづけていればよかった。選ぶ道がなければ、迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった」。
これが、この鞄を持ってしまった人の末路だ。鞄によって道が決定されても「べつに」いい、どうということはない。それによって逆に「不安」を感ぜずに済む。「ちゃんと鞄が私を導いてくれている」。「道」の選択に「ためらうことなく、どこまでもただ歩きつづけていればよ」い。もはや自分には「選ぶ道がな」いが、しかし「迷うこともない」。自分はただ、「嫌になるほど」の「自由」を謳歌すればいい。責任のない自由の祝福の愉悦。
この鞄を手にした者をこのような状態にすることを念頭において読んでいくと、物語の内容理解が容易になるだろう。
※これ以降はNOTEをご覧ください。ただし、有料となります。




