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出立

 いつもの如く、瞬華は何首烏の執務室に詰めていた。


「将になったものの、最初の仕事が私からだとは、お前も余り気が進まぬのではないか?」


 茶の香り漂う室内、異国の雰囲気の漂う、赤みの差した茶を供された瞬華は、僅かに揺れる茶器の水面を眺めながら、柔らかく言葉を発した。


「いえ。もう少しだけ何首烏様のお傍に居られると、嬉しく思っております」

「ならば良いが」


 いつもの口調で、何首烏は手に持った地図を瞬華に差し出した。


「では本題に入る――今回お前には、少し遠い場所で仕事をしてもらう」


 手にした小ぶりの地図、右上に朱く印された点が目を引く。

天崖てんがいという文字があるそこに目を落としながら、瞬華はしばし記憶を巡らせる。


「天崖郷、ですか」

「そうだ」

「鼠が現れた?」


 その言葉に、背を向けたままの何首烏が微笑む。


「やはりお前は察しがいい。では、頼みたい内容は判るな?」

「私にできることなれば、いかようにも」

「頼もしいな。幸いにも、鼠はかなり大胆に嗅ぎ回っていると聞く。おそらく、すぐに顔は分かろう」

「承知いたしました」


 冷静な声でそう返答したとき、何首烏はふと、表情を曇らせる。


「……その話だが、瞬華」


 つかつかと沓の音を残しながら、椅子に座る瞬華の背後に何首烏が回り、その肩に手を置く。


「少し聞きたいことがある」


 するり――瞬華の頬に指を滑らせる。


「何首烏様、ように見られてしまいます」

「策にて不在だ。お前が案じるようなことは起こらぬ」

 何首烏の指が、頬をくすぐるように撫でる。

「ある噂を耳にした」

「噂?」


 軍師の指先が、瞬華の唇に触れる。身を屈めているのだろう、背もたれのすぐ近くから、声が囁かれる。


「お前が将となったのは、二心ふたごころあるゆえ、と。ここのところのお前の策の鮮やかさが、そう諸将に思われているようだ」


 答えを待つように、何首烏の指が彼女の唇をなぞると、瞬華は軍師の手を縋るように取り、自らの頬に触れさせる。


「それをお信じになるのですか?」

「何を。愚かな者の戯言であろう?……私は、信じてはいない」


 独特のその物言いに、瞬華は微笑む。


「ああ……良かった」


 安堵した声を聞くと共に、何首烏の指が、彼女の手と頬の隙間から逃げていく。


「瞬華、かの地は遠い。道中、くれぐれも気をつけるのだぞ」

「ご心配、ありがとうございます」


 席を立つと、極上の微笑みをもって、瞬華は何首烏に声を掛けた。


「では、行って参ります」


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