温経にて
温経の都に着いたのは、日もだいぶ傾き掛けた夕刻だった。
女を馬に乗せたまま、悌夏は自分だけが馬を降りた。
「郷里、か……」
途上、女が呟くように答えたことを思い出す。
夕餉の支度が近いのか、道に広げられた店々から空腹を誘ういい匂いが漂っている。
人ごみをうまく分けながら、馬の手綱を引く。
女は一向に声をかけてくることもなく、馬上で揺られている。僅かな安堵の表情が見えること以外、連れて来た当初とほぼ同じままだ。
「女、腹は減らないか」
ふるふると女は首を横に振る。
遠くにぼんやりと見えてきた城の影を眺めながら、悌夏はふう、とため息をつくと――不意に兵卒の一人を呼んだ。
「今日は何人だ?」
「本日は、十名です」
「では十二個だな。支払は……適当にそこから持って行け。十分な額にしておけよ」
「はい!」
そこ――戦利品の積載された手押し車のことだ。箱から掌ほどの銀の装飾品を三つほど握り、兵卒は湯気漂う店先へ走り出した。
「誰か、もう一人行ってやれるか」
「俺が行きます!」
「この荷物、往来では邪魔になる。少し遠回りだが、城壁沿いで休むとあいつに伝えておけ」
「承知いたしました!」
拱手して先ほどの兵卒を、もう一人が追いかけていく。
「残りの者は車を押せ。すぐに休めるぞ」
「はい!」
残ったものたちは力を合わせ、横から後ろから手押し車を押し始める。
先程の行軍と違い、速度が若干速まっているように感じた。
しばしの後。
一隊十名、全てに蒸したての饅頭が振舞われていた。
「働いた後の饅頭、旨いですよね」
「さすが、わかってらっしゃるよな」
たかが饅頭一個。されど――手本のような光景を目の当たりにすると、芸妓は先ほどの将軍の姿がないことに気づき、ふと首を巡らせた。
やや離れたところ、戦利品の載る車の側に、隻眼の将軍はいた。
一人もくもくと饅頭をほおばりながら、戦利品の収まった箱の蓋を開けては、内容物を大まかに確認している。
「あの、いかがですか」
そう声をかけられ、芸妓は振り返った。兵卒の一人が両手に饅頭を持ったまま緊張した面持ちで立っていた。
「その、将軍からです。おなか、空いているでしょう? どうぞ」
勧められる。それは、兵卒たちが食べているものと同じ饅頭だった。
「……」
わずかに表情を曇らせた芸妓に、兵卒は慌てた様子で補足する。
「あ、どうぞ安心してください。皆で同じものを食べていますから。都では評判の所のなんです。おいしいですよ」
安心してもらおうという将の心遣いが見て取れ、彼女は兵から差し出された饅頭を受け取った。
「……ありがとう」
まだほのかに湯気のたつそれを、芸妓はしげしげと眺めていた。