配達人の頼みごと
『町を離れて五年が過ぎた。元気にしているか。今おれは珊瑚が有名な港町に逗留している。土産にと思ったが、若い娘には早かろう。手ぶらで帰るのはどうにも気が引ける』
「ずいぶんと嘘くさい手紙だな」
手紙を一読した男の吐き捨てるような口ぶりに、病床の老人は苦々しく笑った。
「で? 封筒と糊はこれか。乾いたら砂で汚し、熱で炙り、それから?」
老人のか細い声をすくい上げ、遠路を旅した封筒の作り方を頭に入れる。
「承知した。では、二月ほど先に届いたように装おう。……真に父親からの手紙と信じてはおらんだろうが」
それでもいいのだ、と年老いた配達人は眼を伏せる。子を捨てた父を装う手紙を出すのはこれが最後になるだろう。
第3回 毎月300字小説企画、お題は「おくる」でした。
発表済みの300文字SS「最後の音楽」と同じ世界観の話になります。