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ホラー短編

母はいったい何と暮らしていた?

掲載日:2021/05/07

後味よくないので注意です。


 それは私がまだ十代の頃。

 父を早くに亡くしていた私は、母とふたりで暮らしていた。

 さいわい近くに祖母が住んでいたこともあり、色々と援助もしてくれたのだろう。

 そのおかげで、私は母子家庭にも関わらずあまりお金に苦労した記憶がない。

 祖母の所有していた家に住み、祖母が出してくれたお金で大学にも行かせてもらった。

 

 母は祖母が経営する店で働いていた。

 そんな母が、ある日、家を出て行った。

 好きな人ができたと言う。

 私はもう大学生だったし、母も女なのだからそんなこともあるだろうと、あまり驚きはしなかった。

 母の恋人には私も何度か会ったことがある。

 40代の会社経営者。いかにもやり手の男だった。

 この人なら、母も幸せになれるかもしれないと、なんとなくそう思った。

 

 しかし、そんな時期は長くは続かなった。

 男は癌を患った。分かった時にはもう手遅れで、なにもできないままあの世に行ってしまった。

 母の消沈した姿は見ていても辛いものがあった。

 祖母が家に帰ってくるように言っても、母は頑として首をたてにふらなかった。

 男と暮らした部屋で、母は毎日手を合わせていた。

 遺骨を墓に納めることもせず、遺骨と一緒にごはんを食べ、遺骨と一緒に寝る毎日だった。

 

 いつしか私は母のところに行かなくなった。

 少しづつ、少しづつ変わっていく母が怖かったのかもしれない。

 

 母は男の死を受け入れようとはしなかった。

 まるで生きているように遺骨に話しかけ、まるで生きているように遺骨にごはんをついだ。

 そんな様子の母に、私は何も言わなかった。言えなかった。

 

 足が遠ざかってから半年ほどが経った頃、祖母から母の様子を見てほしいと電話があった。

 いくら電話をかけても出ないのだと言う。

 なんとなく嫌な予感がした私は、その日の夜に母の部屋に向かった。

 

 呼び鈴を鳴らしても返事がない。

 合鍵を使ってドアを開け、そっと中に入った。

 

 母の姿はなかった。

 

 そして……遺骨もなかった。

 正確には、遺骨が入っていた骨壺が床に転がっていて、中に入っているはずの骨が無くなっていた。

 

 あったのは、机の上に置かれたノートだけ。

 

 私は吸い寄せられるようにノートを手に取った。

 

 

『〇夫が死んで1か月が過ぎた。辛い』


『もう一度〇夫に会いたい』


『今日は〇夫のためにシチュー。〇夫の好物』


『〇夫のためにシャツを買った。着てくれるかな』


『またシチューが食べたいって』


『今日は〇夫にマッサージ。あんな狭いところだと肩こるよね」


『肉をつけないと駄目だからって、今日は焼肉!』


『昔より元気になった〇夫。まだ痩せてるけど癌も治ったみたい』


『今度は血が足りないって』



 なんだこれは。なんなんだこれは。

 ノートの続きを見てはいけない気がした。

 この先を読んではいけないと私の本能が訴えている。

 母は……母はいったい、何と暮らしていたのだ。

 

 あわててノートを閉じる。

 どうすればいい。どうすればいい。

 床に転がった空の骨壺。

 生活感のまったくない部屋。

 

 

 よく見れば、部屋には無数の足跡が残っている。

 

 

 そして、壁には大きく、『逃げろ』の文字。

 

 

 恐ろしくなった私は、黙って部屋を飛び出した。

 そのまま自分の部屋に戻り、布団をかぶって震えていた。

 目の前にある母のノート。

 あきらかに常軌を逸したような字で書かれた母の日常。

 

 ガタガタと震えていた私の耳に、玄関の呼び鈴が聞こえた。

 もう夜も遅いというのに、いったい誰が訪ねて来るというのか。

 

 私は震える手でインターホンを取った。

 頼むから、友人であってくれと祈った。


 

「……母さんよ……開けて……」



 無理だ。開けられない。頼むから帰ってくれ。

 必死に頼む俺に向かって母は言う。


 

「あの人も久しぶりに会いたいって。お願いだからここを開けて……」



 必死に帰ってくれと泣き叫ぶ俺。



「……開けて……開けて……」



 頼む。頼むから帰ってくれ。




「……開けて……開けて…………………開けなさい!」




 ガチャガチャとドアノブを回す音。


 俺はただ必死にドアノブを抑えていた。

 

 そして、「また来る」と言って母の声は聞こえなくなった。

 

 

 それから母は行方不明だ。

 一度だけ、祖母のところに電話があったらしい。

 心配するなと。

 

 あれからずっと私の手元にある母のノート。

 やはり、読んだ方がいいのだろうか。


 母はまた、私のところに来るのだろうか。


 そして、母はまだ、あの男と暮らしているのだろうか。



 

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 ノートを見るまでは事実。後半は創作です。ノートは最初のページで読むのをやめました。母とはそれ以来音信不通です。

 


 

 ホラー短編集

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 前半事実なのが1番ホラー…
[一言] コワ〜イ、怖かったです。
[良い点] 創作って事は途中までは事実だったのかぁ、母親は日記泥棒捕まえに来たのかと思った。 [気になる点] 逃げろは誰が書いたんだろう?母親はむしろ捕まえに来る方だろうし、父親は死んでるはずなんだけ…
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