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 マクベスは少々目を丸めて驚き顔。だが、エルトゥールには無表情に見えた。むしろ呆れ顔や、冷え冷えとした表情にさえ感じられた。

 

(マ、マクベス様……。いつから見ていたの? き、消えたい……)


 エルトゥールはシーツの上で座ったまま、ジリジリ、ジリジリと後退した。

 ベッドの端までの距離感が掴めず、小さな悲鳴を上げてひっくり返るように落下。

 体勢を立て直し、ベッドの下に隙間があるなと四つん這いで潜り込み、息を潜める。

 エルトゥールはどこから聞かれていたとしても、色々と情けないと頭を抱え、現実逃避したくて目をギュッとつむった。


「エルトゥール様、大丈夫ですか?」


 駆け寄ってくる足音がした後に、気遣わしげな声で名前を呼ばれ、エルトゥールはまぶたを開いた。

 ベッドの下は暗くて何も見えないが、隠れてしまった手前、出るに出られない。


「はしたないところをお見せしました。すみません。モノを投げようとするなど……。すみません……」


 エルトゥールが震え声を出したが、マクベスからの返事はなかった。


 そのマクベスは、聞いてしまった台詞と現在の状況に固まっている。

 体温は急上昇し心拍数も異常な速度に急変化。

 なにせ、エルトゥールがベッドから落下し小さな悲鳴を上げたので駆け寄ったら、四つん這いでベッド下に頭を入れて隠れていたからだ。

 愉快でありながら、刺激的で扇情的。実に誘惑的ポーズ。

 ひっくり返るように落下したせいか、ワンピース型の寝巻きはめくれ、太腿の半分まである長さの、純白でフリルが沢山ついている丈の短いドロワーズが丸見え。

 ドロワーズの上からでも分かる、丸みを帯びていて肉付きの良さそうな形の良いお尻。

 そこから伸びるしなやかだが、むっちりとした太腿に、美しい曲線を描くふくらはぎと小さな足。

 肌は羞恥で熟れた桃のような色に変化している。


「はしたないところをお見せしました。すみません。モノを投げようとするなど……。すみません……」


 妻のあられもない姿をガン見するマクベスの耳に、エルトゥールの震え声は、ボヤボヤとしか聞こえてこない。

 しかし——……


(いや、今の方がはしたない……。イイ。絶景だ……)


 ボーッとしてしまっても、そういう感想を抱くことは出来る。

 マクベスの瞬き回数は現時点でゼロ。


 ★


 三男の自分が生活基盤を固め、豊かに暮らしていくには、仕事に励むことが大事。

 モテない立場や容姿で、出世のために女性の尻を追いかけるのは時間の無駄。

 結婚で手に入れた地位や人脈は、後ろ盾を失ったら消えるが、自らの努力で掴んだ役職や人脈は宝になる。

 その信条の下逃避し、女性との交流を後回しにして仕事に打ち込んできたのに、突然与えられたお姫様との結婚と異例の出世。

 努力は報われる! よりも何かの陰謀に巻き込まれた? と不安を募らせた。

 そんな純粋無垢で女性との交流経験のない青年マクベスは、エルトゥールと初めて会った瞬間、その破壊的な愛らしさに衝撃を受けた。

「私の妹は可愛いぞ」と国王から聞かされていたが、彼女はまさに可愛いの集大成。

 突然の上京に、突然の結婚のせいか、夫である自分の見た目にガッカリしたのか、始終消えてしまいそうな儚げな雰囲気の愛想笑いを浮かべているので胸が軋んだ。


 新婚初夜、初めて2人きりになった時間に「これからよろしくお願いします」と屈託のない眩しい可憐な笑みを向けられた瞬間、胸が爆発するくらい跳ねて、激しい音を立てた。

 マクベスは緊張し過ぎて、エルトゥールに向かって手を伸ばして触れる、なんて行為は不可能だった。

 己の情けなさに打ちひしがれ、この件はトラウマ化。

 初夜からは「式での疲労」を言い訳にして避けることに成功したが、翌日はそうもいかない。

 結婚翌日の夜、マクベスは新妻の寝室をノックをしようとしたが緊張で固まり、小一時間立ち尽くしてしまった。

 扉を開けたら、天使のように愛くるしい新妻がいる。また笑いかけてくれるかもしれない。

 しかし、あの可愛い愛想笑いの裏にはどんな感情が渦巻いているんだ?

 骸骨みたいで怖いとか、気持ち悪いだったら……。ぐるぐる考えた結果、マクベスは新婚初夜の翌日も逃亡。

 そうなるとその次も、その次も、と気後れは雪玉が坂を転げて大きくなるように巨大化してしまった。

 こうなると、同じ宮廷内で暮らしていても、生活サイクルは全く違って、会おうという意思を持たねば、顔を合わせることは殆どない。

 エルトゥールにまつわる噂は、どこの誰が粉をかけたとか、基本的にそういう話ばかり。

 だが、時折見かける女性と話す彼女は、新しい生活に馴染めたのか楽しげ。

 エルトゥール先代王女はマクベス・トラウム財務官を異例出世させるための道具。

 役目を果たした彼女は、国王陛下の愛妹の地位と、その美貌で人生を謳歌するだろう。

 美しく美味しそうな彼女を最初に射止める男は誰だ? という賭けが流行っている。

 正式な夫は自分だ、と憤慨しても、新妻から逃げ回っているのも自分。


 マクベスは悩みに悩み、ついに親友ジダンに相談した。

「あれに触っていないのか」と驚愕されたが理由を告げたら理解を得られた。


「男に興味なさそう、という噂はお前が1度も手を出していないからか。国王陛下に可愛がられている妹と言っても、気に入りの官僚に与えた道具。浮気相手に貞操を捧げるのは外聞が悪いよな。男はアホだから、自慢してすぐ噂になりそうだし。あと飛ぶ鳥を落とす勢いの、ムカつくマクベス落としに利用だ」

「そこまでの勢いはない。秘書官なので、こき使われている毎日だ」

「初夜に無視して、その後も夜を拒否って妻への侮辱、冒涜なのに、夫の立場を考えて浮気しないでくれている。うわあ、出来た妻なのに、お前は逆に酷い奴だぞ。半年って、恨まれ始めてそう」


 マクベスはジダンに相談し、自分を取り巻く状況、妻を取り巻く状況、自分の妻への態度について客観視し、考察整理することが出来た。

 この相談をしたのが昨日の夜。

 そうして今夜、マクベスは妻に謝罪をして、感謝を伝えようと花束を持って、意を決してエルトゥールの寝室の扉をノックし「はい、マクベス様」という了解を得て扉を開いた。

 そのマクベスが目撃した光景は、ベッドに仰向けになって祈るような様子の、神々しさを醸し出す妻の姿。


『ずっと手を繋いでいて。お願いです……』


 許可を得て入室したはずが、エルトゥールはマクベスの入室に気がついていない様子。 

 自分の親指にちゅっ、ちゅっとキスし始めて体が強張った。

 手を繋いでいたい相手、キスしたい相手がいるらしい。

 しかし——……。


『んふふ、やあん。マクベスさまあ』


 という甘ったるい声で告げられたのは自分の名前。エルトゥールは身を捩り、足をパタパタさせるという可愛らしい動作をしている。

 この衝撃的な事態に放心していたら、更に衝撃的な台詞を耳にして混乱は増した。

 エルトゥールが起き上がり、枕をマクベスに向かって振り上げて、ムスッとした怒り顔になったのだ。


『どこのどなたよ! マクベス様の恋人は! ズルいわね!』


 この台詞もマクベスには予想外で、手に持っていた花束を、ポタリと床に落としてしまう。

 その後マクベスに気がついたエルトゥールはベッドから落下。

 近寄ってみればベッド下に隠れていて、絶景を披露してくれている。


 ★閑話休題★


(エロい。エロ過ぎる。ずっと見ていられる。しかし、ここから本来の目的である謝罪や感謝を伝えるためには、どういう会話が必要なんだ?)


 マクベスはエルトゥールの足にある黒子を数えながら、舐め回すように妻の痴態を堪能しつつ、悩み続けた。


 そうして沈黙は続く。


 エルトゥールは暗いベッドの下で半ベソだ。

 しかし時間が経つと少々冷静さを取り戻してきた。指で涙を拭い、いつここから出よう、何て言って出よう、と考え始めた。

 それで、妙に足が涼しいことに気がつく。

 そうして、まさか、と右手をそろそろと太腿へ伸ばした。

 ペタペタと自分の太腿を触り(えっ、裾がめくれてる?)と悟ったその時、エルトゥールの眼前を、掌程の大きさがある蜘蛛が横切った。

 父と共に釣りを楽しんできたので、魚なら手で捕まえられるし、母とガーデニングを楽しんでいたので昆虫も平気。

 しかし、蜘蛛となると苦手どころか大嫌い。小さくてもゾワゾワして気持ち悪いのに、目の前にいる蜘蛛は大きい。

 エルトゥールは悲鳴を上げて、ベッド下から飛び出した。


「きゃあああああ!」


 エルトゥールはベッド下から出ると、腰を抜かして床に座り込み、後退りした。


「いやあああ! くもおぉ。いやああああ!」


 鼻の下を伸ばし、ぼけっとしていたマクベスは、エルトゥールの悲鳴で我に返った。

 しかしそれも刹那である。マクベスは、実にエロいおしりがフリフリしながら迫ってきたので、ますます惚けた。


(うおっ。イイ尻。しかしドロワーズは邪魔だな……)


 マクベスの視界では、エルトゥールの動きはスローモーションに感じられた。

 ぼーっとしているマクベスの足に、床に座り込み、蜘蛛から遠ざかろうとするエルトゥールの背中がぶつかる。エロに溺れていた意識が、現実に引き戻される。

 その時、ベッドの下から、蜘蛛が「こんにちは」と姿を現した。


「いやああああああ!」


 エルトゥールはマクベスの足に縋るように抱きついた。

「あれっ? この固いものは……」とエルトゥールは自分が腕を絡めているものを確認。

 白いズボン。つまりこの固い感触は足だ……と状況を察し、そろそろと顔を上げる。


 妻エルトゥールと夫マクベスの目が合う。


 実に半年ぶりのことであった。

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