試み
案内された道場は、とても大きく立派なものだった。
かなりの広さに、無垢床材、師範がいるであろう場所の上には
何やら書が飾ってある。神棚はなかった。
換気のためなのだろう、窓が多く障子が開け放たれていた。
隅に座って、稽古を見学させてもらうことになっているようだ。
千隼様は、剣士のかたを紹介してくれた。
1人は清志朗様。勇隼様より少し歳が若く見える。
彼は驚くことに、私と同じ黒髪に黒い瞳だった。
千隼様の話だと、黒髪や黒い瞳がまるでいないわけではなく、
清志郎様のような方もいるそうなのだ。
何だかそれだけで親近感が湧いてきちゃう。
そしてもう1人は実道様。彼は千隼様ほどではないが若い。
濃い青の髪 グレーの瞳で、静かな空気を感じさせるような方だった。
清志郎様は隊を取り仕切る隊長のような役割で、
実道様は、その中の精鋭の剣士なのだそうだ。
ふふっ、楽しみ……!!
清志郎様がやはり師範の役につくようだ。
全員、清志郎様に礼をすると、立ち上がって対面の自分の稽古相手に礼をする。
そして、もう一度正面の清志郎様の方へ向き直り
基礎の素振りから入っていった。
しばらく見学していた私は、自分の練習方法と変わらないことに
胸を撫で下ろしていた。まずは防具をつけない木刀基礎稽古、
ただ、居合刀での技の稽古。
そして、問題はここからだと思っていた。居合刀を使用したということは……。
もし彼らが普段使っているのが真剣なら……?
それは剣道ではなく、剣術だ。
剣道とは持ち方も太刀筋も、まるで違う。ただ居合道のような
動きではないような気がする。
2時間くらいはたっていたであろうか?
清志郎様から、本日はここまでと声がかかった。
皆で礼をして、今日の稽古に感謝している。
とても清々しい場面に、私も高揚感を感じるくらい熱気を帯びた稽古だった。
稽古が終了すると、皆が笑いながら何やら話して片付けを始め出していた。
清志郎様は、にっこりと私をみると、口を開いた。
「雫様、いかがでしたでしょうか?これは平時の稽古になります」
「はい、清志郎様。大変勉強になりました」
「よろしければ、少し体を動かしてみますか?」
いつもなら飛びつくところだが、剣術だろうと推測をつけた私は
即答はできない。色々教えを乞うてから、木刀を握らないと……。
「清志郎様、ありがたいお話ですが、私のやっていた剣道とは
少し違うように思いました。まず武具が違いますので、握り方が違います。
握り方と素振りを教えていただけますか?」
そう言った私に、少し目を見張った清志郎様は、
真面目な顔で頷いた。
「もちろんかまいません。千隼様、よろしいですか?」
「はい。雫様の思う通りに、してあげてください」
道場の陰で、稽古着に着替えさせてもらった私は、
妙な爽快感に包まれていたの。たぶん、普段の私に近い格好だったから
窮屈さから解放されたんだと思うのよね。
美しい着物に色打掛。現代の結婚式のように重みのあるものではないけれど、
やはり動き方に制約が出る。
自分が普段から、いかに大股で歩いていたのか、いかに動作が乱暴だったのか、
思い知らされるんだもの……。
道場に戻り、準備体操したりしてぴょんぴょん跳ねた。
そして、私も剣士の礼に倣い清志郎様の前で正座をし、
稽古前の挨拶をしたのだ。
「清志郎様、よろしくおねがいします」
清志郎様は、丁寧に木刀の握り方、素振りの仕方を教えてくれたの。
人間、持ち方が変わるだけで、できていたことができるようになるまで
時間がかかるよね。それでも、30分ほどで素振りのOKをもらえた。
ホッとした私に、千隼様がいつの間にか
居合刀を脇に置いていらっしゃるのが目に入った。
その後ろには実道様も控えている。
千隼様も稽古したくなったのかしら?
「雫様、お見事でした。短時間でものにしてしまわれるとは……。
せっかくですから、こちらもお試しになればと思ったのです」
そういうと、脇の居合刀に視線を落としていた。
私は、迷って清志郎様を見たの。この国で初めて教えてもらったから
清志郎様が師匠だよね……?
清志郎様は、しばらくジッと考えている様子だったわ。
でも、意を決したように許可をくださったの。
「雫様、お試しになると良いでしょう。もちろん私がお手伝いいたします」
「では、お言葉に甘えて……」
千隼様から居合刀を渡された。居合刀とは刃を潰した、つまり切れない刀なの。
居合道という道もあって、それは突然斬りかかられたときの対処法から生まれたと
なっていたと思う。立っての勝負を立ち合い、正座しているとき、
つまり座っているところからの戦いを居合と言っていた。
でも、ここは立って行うみたい。やっぱり剣術だ。
まずは刀を胴着にさし、そこから刀を抜く練習。刀を治める練習。
……む、難しい……。
少し練習すると、千隼様が突然に素振りをするように言っている。
自分たちを背に、空間に向かって素振りしてみてくれと言うのよ。
……刀が自分の手から飛ばないようにしなくちゃ……。
前方に人がいないとはいえ、緊張感は大切だ。
少し上がった息を整えるため、大きく息を吸い込み
丹田に力を込めて吐き切った。
あれ?……あの場所……。あんな所に日陰なんてあったっけ?
いけない、集中、集中……。
そして、私が練習と同じく気を込めて刀を振り下ろしたとき……。
ザザーーっと、風を切る音がした。
そして、……その切り裂いた空気の先に、虹の粉のようなものが
はらはらと空に登っていく……。
なっっっっ!!!……何、今の?!?!
思わず固まって、何が起きたのか目を凝らしていると、
千隼様が満足そうに、ふふふっと笑っている。
口をアングリ開けている私に、嬉しそうに微笑んでいるではないか。
「雫様、間違いないです。貴方は我が國の至宝……。
その手にされている刀 隼が証明してくれました」
……はやぶさ……?
……しまった……、肝心のことを……!!
まだ……夢から醒めていないんだった……。
私は、自分の手にある刀をジッと見て、立ち尽くしていた。