愉楽
混乱する私に勇隼様は、まずはゆっくりと休むようにと勧めてくれた。
屋敷の離れにある客間に案内してくれ、
まずは湯あみしてご飯を食べようと言うのだ。
……屋敷内にお風呂があるって、やっぱり偉い人で間違い無いのかな……?
ここは武士のお城ではない。でも大きな屋敷で……。彼は国主だと言っていた。
コスプレ集団の平安でも、戦国でも江戸でもない世界……。
……ダメだ、疲れて考えられない。
せっかくだから湯あみ、そうお風呂をいただこう。
そう思ったとき、一目で丹精込めて織られたと分かる小袖に
俗にいう色打掛を羽織った女性。
そしてその後ろから部屋に
色とりどりの小袖に袴を身に付けた女性が何人か入ってきた。
「お館様、準備が整いましてございます」
なんて鮮やかな着物……。現代の時代劇などのドラマで見るより、
もっと鮮やかな色彩が並んでいた。女性たちも様々な髪の色、瞳の色だったのだ。
綺麗……!!!
私の中には、着物を着るのは黒髪、黒い瞳という固定概念があったと思う。
その固定概念を持っていたとしても、皆さんは綺麗だと感じていた。
たぶん、所作が美しかったからだ。歩き方、打掛のはらい方、
袖のあしらい、全てが美しかった。
見るからに身分の高そうな色打掛を羽織った女性が、私の前に正座すると、
他の女性たちも、彼女の後ろにズラッと座り、頭を下げた。
現代に生きている私にとって、それは驚いてアタフタするだけでしかない。
一般人が、しかもただの学生が、大勢の人に頭を下げてもらうなど、
経験があるわけないもの。
「あのっっ……、どうか、頭をあげてください」
慌てて私も、彼女たちの前に正座する。だって、時代劇じゃないけど
どう考えても、頭が高いのは私の方だ。
打掛を羽織った女性が、まあ……と、袖で口元を隠しながら笑っている。
「我が國の至宝様、私、勇隼の妻で桔梗と申します。
まずは、お越しいただきました事、大変感謝申し上げます」
そう言って、打掛の女性、桔梗様はスッと美しい指を揃え、
私にお辞儀してくれた。変わらずアタフタしている私に微笑みながら
説明を続けてくれている。
「まずは、ゆるりとおくつろぎを。
随分と風習の違う世界からいらっしゃったようだと伺っております。
なんなりとご質問くださいませ。もちろんお手伝いもさせていただきます」
彼女は勇隼様たちに、退出を促していた。
「お館様、ここからは私どもの出番でございます。
殿方は、宴席までお待ちください」
そう言われた勇隼様は、うっとりと(絶対にうっとりとしてた……!!)
自分の妻を見つめて、うんうんと言われた通り、
部下を引き連れて下がっていった。
それからは桔梗様の、独断場だった。
私も訳がわからなかったから、そのほうがありがたいし。
大人しく教えてもらった通りにしたけど、
湯あみに女官の方が一緒にというのは丁重にお断りした。
庶民なので、勘弁してください……。
そして……、お風呂は素晴らしかった!!!!!
ああ〜〜、この至福の時!!
そのお風呂は、高級旅館の源泉掛け流しのお風呂のように
木の香りに包まれて、ゆったりとできるようになっていたのよ!!
この感動……。ついつい興奮しちゃう。
はあ〜〜、一日頑張ってきて良かった!!!
嬉しい……。
面白いことに、石鹸があった。
そういえば現代の成分の石鹸って、何時代から始まったんだろう?
さすが、私の夢。癒されるようにできてるな。
思わず喜びが爆発しちゃったけど、宴席があるって言ってたし
早めに上がることにした。それに、夢だとしても歓待されすぎてて
なんとなくソワソワと落ち着かない気分もあったしね。
脱衣場に浴衣があったので、それを着て出てみることにした。
下着は、もちろん着ていた服の間に隠した。あとで洗ってしまおう。
あれよあれよという間に、私は濡れた髪を手拭いで丁寧に拭いてもらい、
俗に言うオカッパ頭なので、その髪はすぐに乾いてしまった。
そして薄い水色の小袖に、豪華な花車の打掛を羽織らせてもらった。
「奥方様、いかがでしょう?髪飾りはいかがいたしますか?」
「まあまあ、お美しくなられましたよ。せっかくの綺麗な御髪ですから
そのままで良いでしょう。お化粧をしましょう。薄い桃色の紅が合うかしら?」
桔梗様と女官の方達は、とても楽しそうに私を飾り付けている。
……落ち着かないけど、喜んでもらえて良かったと思おう……。
恥ずかしさと、所在の無さにムズムズしている感じを、そう思ってごまかしていた。
「さあ、お支度が整いましたよ」
桔梗様は満足そうに、私を姿見……鏡の前に連れて行ってくれた。
そして、そこには……。
……これ、私……???
鏡の中に、いつもより若く元気で明るく見える自分がいる。
いや、ちょっと待って。確かに歴史好きのインドア派だけと
断じて隠キャではないよ!!
お化粧ってスゴイ……。
普段のメイクは良く言えばナチュラル、必要最低限とも言う……。
こんなに変わるのね……!!!
いつもと違う自分に、なんとなくウキウキと、フワフワした心持で、
私は桔梗様と共に宴席に向かうことになったのだ。