準備
頭の中がクエッションマークだらけの私は、大人しく付いていくことにした。
……だって……、なんの策も思いつかないんだもん……。
そして、この時はまだ夢だと思っていたのだ。
夢なら危ないことがあっても、目が醒めるよね……?
社を出ると(やっぱり社で合ってた……!!)、広いお庭と大きな屋敷がある。
すご〜い、本物の日本庭園だ!!そして、大きい……。
池もあり、中島と呼ばれる小さな庭に橋までかかっている。
朱色の橋が、とてもカッコイイ!!
ざっと見た感じ、平安時代の貴族の屋敷に似ている気がする。
一般的に寝殿造と呼ばれる建物だ。庭から見ると奥に
コの字型の屋敷が見える。私の知識が確かなら、
中央の寝殿に主人が住み、池の側のバルコニーになっているところは
釣殿と呼ばれ、月を眺めたり、池を眺めたり、
魚釣りをして楽しむところだ。
同じ作りなのかな……?
自分の見ている光景がファンタジーのような、シュールなような……。
そんなせいで、すべてが自分の知識と同じには思えなかったのだ。
屋敷の中に足を踏み入れた私の予想は、見事に当たっていた。
屋敷の中は完全にと言うわけではないが、書院造なっていたのだ。
書院造とは、昔の武士の屋敷で、現代の和風建築の元になっていると言われている。
ものすごくザックリ、そして簡単に言うと、
寝殿造は間仕切りが充分ではない上に、主人が休む部屋が屋敷の中心だった。
御簾で部屋を区切った、平安時代の絵を見たことがあるかしら?
あんな感じで、壁で細かく部屋を区切ったりはしていない。
でも書院造は、間仕切り、ふすまや建具が発達し、色々な要素の部屋がある。
接客を目的とした広間や、押板と呼ばれる飾りを目的とした床の間、
色々な役割があるの。
そして、私がどうぞと薦められた部屋は広間だった。
広間は、武士の仕事の性質上、会議や懇談に使用したと推測されているの。
意外なことに、上座が一段高くなっていなかった。
部屋の真ん中に向かい合って私と勇隼《いさはや|》様が座り、
私の後ろには、さっきの装束をきていた人達、勇隼様の後ろには
きっと彼の部下なんだろうな、と思うコスプレ軍団がキレイに並んで座っている。
……なんだか建物の外見と中の様子が違って、不思議な気分……。
ま、夢だし、私の専門じゃないからなぁ。適当な感じが私らしい……?
御行儀が悪いと思いつつ、ついつい周りをキョロキョロと見回してしまったわ。
そんな私を見て、イケオジはクスクスと笑い出した。
……いけない、いけない……。
さすがに行儀が悪かったので、慌ててきちんと正面をむいてみた。
イケオジ……もとい、勇隼様は微笑んでいるが、目は笑っていない……。
思わず背筋が伸びた私は、稽古の時にするように
細く、早く、小さく、スッと息を吸った。
ここからが本題ね……。夢にしては真剣な空気……。
朝の稽古が、熱をおびてたからかな……。
まるで、その空気の名残があるみたい……。
そう思った私にも、瞳に 思わず真剣な力が宿っていたのかもしれない。
勇隼様は、ふっと空気を和らげるように微笑んだ。
そして、私を試しだしたのだ。
「さて、先ほど、これは夢かと話しておられたな。
そして私は夢ではないと申し上げた」
その問いに、私はコクコクとうなずいた。
「なるほど、まだ夢だと思っておられるわけだ……。
そうだな、ではお告げがあった事をお話しよう」
そう言うと勇隼様は、淡々と話し始めた。
「貴方の世界は、このような様式ではありませんね?
そう、その身に付けておられる衣服が、もう我が國との違いを表している」
そう言われて、私はハッとした。……今日、どんな格好だったっけ?!
恐る恐る自分を見ると、そう……いつもの通りシャツにロングスカート。
これは教授の補佐で授業に入ることがあって、さすがにジーンズで
補佐に入る勇気が出ないから。理系のように白衣を羽織るから
別に良いんだけど、なんとなくスカートにしていたのよ。
まあ、和装が平時の世界なら、私は異端児だよね。
おしとやかに見えると良いな……。
そんな私を眺めながら、勇隼様はゆったりと目を細めた。
まるで、幼子を見るかのように……。
「我が國では、言い伝えがありましてな。
我々は、万物に魂と神が宿ると考えております。
國の一大事になりし刻、その万物の神を代表して、
影向様がお告げをくださることがある。
そのお話を聞く役目として、貴方の後ろに控えている伊吹達
祈りの民がおります」
やっぱり神事を執り行う人達だったんだ……。
みょうに納得した私に、勇隼様はにっこりとした。
イケオジの笑顔……、威力がスゴイなぁ……。
思わず笑顔に絆されそうになっちゃうよ。でも、油断してはいけない。
夢だとしても、油断は禁物だと思うの。
暗に夢じゃないって示唆されてるけど……。
「影向様のお告げは、なかなかハッキリしたものでした」
勇隼様は、スッと真剣な瞳に戻して私を見ている。
「この國に、大きな暗闇が迫りつつある。民に恵みをもたらせるものを
召寄せる為、乞い願う儀式の準備をせよ。
さすれば玉水の恵みがもたらされるであろう。
その者が玉水であるかは、名に記されているであろう」
まるで神様からのお告げのように、おごそかに勇隼様の声が響き渡った。
びっくりしている私に、勇隼様は笑顔に戻り質問したの。
「我が國の至宝よ。名をお教えください」
あっけに取られている私は、恐る恐る名乗ることにした。
夢にしては、凝っているわよね……。
「雫……、佐藤 雫と言います」
「サトウシズク 様……。貴方の世界は、名が長いのですね」
ん???……名が長い???
「あの、……名は雫、家名が佐藤です。勇隼様の家名は
なんとおっしゃるのですか?」
私の問いかけに、勇隼様は驚いたように目を見開いていた。
あれ? 和風なら家名が最初にくるよね?
「……家名、……家名とは、どんな称号ですか?」
「かっ、家名ですか……?家名とは、家族で共通して名乗るものでして……。
例えば……、私は、父母や親戚は亡くなっていて1人ですが、私の祖父母や、
その前の祖先が名乗っていた家名を、代々継いでいきます」
「……なるほど、血の繋がりがあるものが共通して名乗るのが家名なのですね?」
「一般的には、その通りです。血の繋がっていない人でも、養子縁組をすれば
家族として家名を名乗れます」
これは、まさかの……?
「雫殿、……我らが世界には、家名はありません」
ーーやっぱりーー!!!
すごいな、夢。そうきたのね……!!
まさか、和風の世界に家名がないとは思わなかった。
「まあ、その家名は追々にでもジックリお聞きするとして……」
勇隼様は、やはりニッコリと満足げに頷いていた。
「貴方様は、やはり我が國の至宝。これで信じていただけるでしょう。
玉水の意味を、ご存知ですか?」
「玉水……?」
玉水って、確か清らかな水とか、滝とか、雨だれとか……、
……水滴のことだよね……。
自分で思考を巡らせて、ハッと顔をあげた。
目の前の勇隼様は、もう笑ってはいなかった。
「そう、美しい水滴の意です。雫殿、貴方の名と同じ。
貴方は、我が國にもたらされた恵みなのです」
そう言うと、勇隼様と後ろに控えている部下であろう方達が、
私に、美しく真っ直ぐに 真の礼をしたのだった。