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紫雲の國の玉水の恵み  作者: テディ
一の巻
1/153

予兆

 その日は忙しかった。とにかく忙しかったのだ。

言い訳になるのなら、そしてこの不思議な物語が

この日ではなかったら起こらなかったのか……?

それは文字通り神のみぞ知るという所だが、このくらいの愚痴は許して欲しい。

私、佐藤 (しずく) 24歳は、声を大にして言いたい。


ーーー何も、こんなに忙しい日じゃなくても……!!!ーーー


 その日、私は大学院の研究室に向かう予定だった。

私の専門は、歴史学だ。よく考古学や文化財学と混同されるが、

その専門性は大きく違うのだ。

ま、マニアックな話になるので、それは脇に置いておいて……。

簡単に言うと、文献から過去の歴史を研究する。それが歴史学だ。


私の朝は早い。剣道が趣味で、学内の道場で軽く体を動かし、

付属のシャワー室で、さっぱりと汗を流してから研究室に向かうのが日課だった。

でもその日は、少し違っていた。

そう、ほんの少し いつものルーティンと違っただけだったと思う。


「あれ……?先輩……?おはようございます」

道場に居た私は、学部生の男の子に声をかけられた。

「ああ、おはよう。大木君、今日は朝練があるの?」

私は首を傾げてしまった。

確か次の大会は2ヶ月後だった気がするんだけど……。


私が尋ねると大木君は、少し恥ずかしそうに笑って頭をかいていた。

「いや、次の大会までに立て直さないとと思って……」

その答えを聞いて、思わず笑みが溢れる。だって真面目で偉いと思うんだもの。

「そっか。うんうん、偉いと思う。なかなか出来ないよ。」

「先輩、良かったら打ち込み付き合ってもらえませんか?

時間ありますか?」

「大丈夫だよ。1時間くらいずれても教授は気にしないし……。

今日は講義の手伝いも入ってないしね」

そう言って、私は彼とみっちり稽古に励んだのだ。


「有難うございました。やっぱり1人で稽古するより集中できます」

「こっちこそありがとう。私も一緒よ、楽しかった。大会、頑張ってね」

「はい。また時間があったら稽古して下さい」

「そうだね、また稽古しようね」


自分もしっかり体を動かせた爽快感があったの。

そしていつもの通りシャワーで、さっぱりとして研究室に向かったのよ。

いつも通りのはずだったのに……。



「佐藤君!!遅かったじゃないか!!待ってたのに!!」


ものすごい剣幕で、トレードマークの白髭に覆われた教授が待っていた……。


……何?!……あれ?!予定、思い違いしていた?!

焦った私は、教授に頭を下げた。

「教授?……どうかしましたか? 私、日程思い違い……」


教授は、私に最後まで話させてくれなかった。

「USBから出力した原稿がないんだ!!!」

「え……??昨日、印刷してお渡しした物ですか?」

「今朝までは確かに持ってた!!でも、この部屋に着いたらないんだ!!」


……う〜〜ん、やっばり前日でもダメだったか……。

私はガックリとうなだれて、全身の力が抜けてしまう所だった。

私の教授は、国内でも有名な歴史学者だ。

この年齢では珍しくパソコンも嫌がらずに挑戦し、好奇心の塊のような人だ。

ただね……一つだけ難点が……。授業のための資料を、どこかへ置き忘れてしまうの。

論文は絶対に無くさないのに!!!


色々試してたのよ、私も……。1週間分ファイルしたり、ストック場所を決めたり、

事前に誰かに頼んだり、研究室内でチームを組んだり……。

教授は自分の授業に責任を持っているの。だから、思いつけば原稿を書き直したり

資料を集め直したり、日々変化しているとも言えるし……、

考えに没頭して、原稿は二の次になってしまうとも言う……。

生徒愛に溢れた尊敬する教授なんだけど……。

ダメだ……。やっぱり教授に内緒のストック場所を作ろう……。

私は、そう決心してパソコンに向かったのだ。


その日の教授は、たぶんアイディアにあふれていたんだと思うの。

そう、そう思おう。午後の講義が終わる頃には、私はグッタリと疲れきっていた。


「……先輩、ここに内緒のストック作りました。研究室内に広めて下さい……」

そう言ってため息をつく私に、1学年上の輩は笑い出していた。

笑い事じゃないよ……、もう!!!


「雫、そんなにガッカリするな」

「……甲斐先輩……。笑い事じゃないですよ……」

「まあまあ、お前の年次の宿命だ。来春は研究に没頭できるぞ?」

「早く来て欲しいような……、論文を考えると、気が重くなるような……」

「ハハハ、お前疲れてるんだよ。みんなにストックの場所

教えておいてやるから。気にせず今日は、もう帰れ。」

「……はい、ではお言葉に甘えて……。帰ります……。お疲れ様でした」

「おう、お疲れ!!」

先輩は、背中越しに手を振っていた。論文……、大変そうだなあ〜〜。


私は、ゲンナリとしながら

帰りに資料庫に戻す資料を手に、研究室を出た。


今晩、何食べようかなぁ。冷蔵庫、何残っていたっけ?

ああ、そういえば煮魚を冷凍しておいたのがあったっけ。

あれとネギをもう一度煮込んだら美味しいかな。


そんな事を思いながら、資料庫のドアを開け

資料を見て、戻す棚をみようと顔を上げた。


そして私は……、

そこが資料庫ではないことに気がつくことになったのだった……。

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