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百年前の同居人  作者: 境陽月
ある作家はこのように語った
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時をつなぐ合奏

私の視線の先に中古テレビがありました。

デビュー前に粗大ゴミ置き場から救出したテレビ様が。

電気代が払えた時しか見ることのできなかったテレビ様が。

中古とはいえボリュームを目一杯あげれば、きっと眠れぬ夜となりましょう。


「クソジジィ、貴様に安眠できる夜は二度とこない。未来文明の恐ろしさを思い知りやがれ……」


悪魔のごとき凶悪な顔をした私がそこにいました。


「……小説家の先生はお疲れのようじゃのー、キヒヒヒ」

足音を忍ばせて階段を上るじいさんは、そう呟きながら、やっぱり悪魔のごとき笑みを浮かべていたそうです。

その手にしっかりと抱えられていたのは本土決戦用最終兵器・蓄音機!

当時最先端のハイテク機材です。


「ひとぉつ、気を利かせて格調高いみゅーじっくをお楽しみいただこうかのー」


もちろん気分転換させるのが目的なわけありません。

仕事も安眠もできないよう追い詰めるつもりです。

まぁ人間、考えつくことなんて百年前でも現在でも変わらないってことなんでしょうね。

そんなわけで。

一番効果的な番組を新聞で探していた私は、じいさんが忍び込んできたことに気がつきませんでした。


(ふふふ、ちょうどいい番組をやってるじゃないか)


新聞の番組表を手に私はほくそえみました。


(ヒヒヒ、ちょうどいい名曲があったもんじゃ)


じいさんもレコード片手にほくそえんでたそうです。


(くらえ、文明の利器……)


私はテレビのスイッチを入れました。

もちろんボリューム最大で。


(くらえ、偉大なる音楽家の魂!)


じいさんもしゃかりきになって蓄音機のハンドルを回しました。

そして百年の時を隔て、音と音との壮絶な戦いが勃発…………


ジャジャジャ、ジャ―――ン!

「ええっ?」

「なぬっ?」


ぶつかりあうはずの音は一つとなってボロ屋中に響き渡りました。

誰もが何度も耳にしたであろう名曲!

大作曲家ベートーベンを代表するクラシックの最高峰『運命』。

もし互いに姿が見えていたなら、私とじいさんは顔を見合わせていたでしょう。

曲目が同じだったのは偶然としても、かたや蓄音機が奏でる少し雑音混じりの音。

かたやオーケストラ中継録画のオンエア。

それが、わずかな狂いもなく、ピタリと旋律が重なるなどという偶然。


「そんなこと、あるわけがない……」

「シッ!静かにせんか」


「えっ?」


いきなり耳元から小声で叱られました。

意外なことにじいさんの真剣な声でした。


「演奏中はお喋りは慎むのがマナーじゃろが!喋りたきゃ終わってからにせい」

「あ?ああ、ごめん」


「ったく、最近の若いモンは音楽の楽しみ方もわかっとらん。嘆かわしいことじゃ」


つい謝ってしまいましたが、じいさんはそれっきり黙ってしまいました。

沈黙の中で曲はいよいよクライマックスを迎えました。


コツ、コツ、コツ。


……曲に合わせて床から足踏みの音が聞こえてきました。


(じいさん、足でリズム取ってるのか?)


耳を済ませばご機嫌な鼻歌までかすかに聞こえてきます。

この『運命』という曲、じいさんのお気入りのようです。

当初の目的も忘れて楽しんじゃってます。

そして曲の終了と盛大な拍手。

おや、テレビの中の拍手以外にもすぐそばでもうひとつ拍手の音が……


「おい、若造!貴様も拍手くらいせんか!」

「え?え?」


「拍手は演奏家に対する礼儀と賛辞じゃろうが!わかったらさっさと拍手せい」

「あ、はい」


パチパチパチ……私も拍手しました。

一人しかいない家でテレビに向かって二人分の拍手、なんとも珍妙な光景だったことでしょう。


「あの、ところで……」

「シィッ、次の曲が始まるぞい。他のお客さんに迷惑かけたらいかんじゃろが」


いや、他の客ってテレビの中なんですけど、と言いかけて黙りました。

うまく説明する自信もなかったし。

そんなこんなで二時間ばかりクラシックの名曲を堪能しました。

少なくともじいさんの方は。

私はその間、ひたすら音を立てないように黙って座ってました。


『……本日の『曲名のない合奏会』特別編クラシック・スペシャルお楽しみいただけましたでしょうか。ではまた来週、『モーツアルトの見た夢』でお会いしましょう……』


司会者の言葉を最後に、オーケストラの映像は消え、CMになりました。


「うむ、来週はモーツアルトか。それにしても驚いたわい、未来になると、このド田舎にまで楽団が来ているとは」

「いや、楽団が来てるわけじゃなくてね、これはテレビの」


「ほほう、てれび?妙な名前の楽団じゃの」


どうやらじいさん、テレビというのが理解できないようです。

確かに百年前じゃテレビは普及していないし。


「とにかく楽団がこの村に来てるんじゃないんだ。楽団そのものは遠いところにいて、その映像と音だけを電波に乗せて……」

「うむむ?でんぱという乗り物に乗って楽団がやってくるのか?さすがじゃ、百年後は進んでおるわい」


なんか間違ったところで感心されてしまいましたし、説明するのも諦めました。

百年前に実物のテレビはないのですから、理解するのが無理というものです。


「来週はモーツアルトか。毎週、でんぱに乗って楽団がやってくるとはうらやましい話じゃ。時間は今くらいでいいのかの?」

「ん、ああ、来週のこの時間だ」


一応、時間の流れ方は百年前も現在も同じらしいのでこちらでの来週はじいさんにとっても来週になるのです。


「んじゃ、わしゃぁもう寝る。お前さんもほどほどにしとけよ」

「ん?ああ、そうだな……」


コツコツとドアに向かう足音、ふと思い出して私は見えない後姿に声をかけました。


「じいさん?」

「ん?なんじゃい」


「どうしてこの部屋へ?何か用があって来たんじゃなかったのか?」

「用?…………」


たっぷり三十秒以上は沈黙がありました。

それからコホン、コホンと不自然な咳払い。


「それは、その、もちろん未来の文豪を激励に来たにきまっとるじゃろう」

「激励って……」


「文学とやらはようわからんが、疲れるじゃろうと思うてな」


疲れさせてるのは誰なんだと言い返してやりたかったのですが。


「気分転換に蓄音機でも聞いて、りらっくすしてもらおうと思ったんじゃが」


このジジィ、蓄音機を耳元で鳴らして嫌がらせするつもりだったんだな、と、この時ようやく気づきました。


「いやぁ、本物の楽団が毎週来とるとは思わなんだ。こっちじゃ山向こうの街で年に一回……ああ、いや、なんでもない」


この時、ほんのちょっぴり、じいさんの口調がおかしかったのに気づきました。

なんだか寂しそうな、そして悲しそうな口調でした。

理由は随分後になってわかりましたが。


「ま、がんばれや。未来の大作家の先生」


パタン、パタン。

パタパタパタ。


ドアが開く音と閉じる音と足早に去っていく足音。

こちらの時間では閉められたままのドアを私は呆然と見つめていました。

階下へと遠ざかる足音を聞きながら、ようやく我に返った私は思わずプッとふきだしました。


「ク、ククク、あははははは……」


我慢し切れずに笑い出した私の声をあの時、じいさんはどんな気分で聞いていたんでしょうか。


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