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百年前の同居人  作者: 境陽月
はた迷惑な父と娘
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親心

その夜の我が家の食卓はかなり気まずい雰囲気でした。

私はパンとレトルトのシチューと水、じいさんはパンと野菜とコーヒーの質素な夕食です。

(私の方は貧乏な夕食が正しい表現か?)

普段は他愛もない世間話、出版社の悪口とか葡萄の出来映えとかを延々としゃべっているのですが。

今日は昼間のことが気にかかってどうにも話が弾みません。

じいさんも気を紛らわそうとしたのでしょう。話を無理矢理振ってきました。


「で、若造……例の話どうだった?」

「例の話って?」


「ええと、あ―――……ほら!あの、雑誌で連載するとかいうとったアレじゃ」

「ああ、アレね。連載二回目だけどさ、結構評判いいみたいだ」


アレというのは生活費稼ぎのために引き受けた例の短期集中連載の件でした。

サスペンス物のデビュー作と違って、一昔前の農村の平凡な日常を書いた地味な物語です。

もちろんネタの出所は目の前にいる、もとい、『いない』じいさんです。


「そりゃあよかった。なにせモデルがいいからのう」


ちなみに主人公のモデルは若い頃のじいさんだったりします。

幾分誇張したり美化したりしてますが。


「いやいや、書き手の腕前あったればこそ、だよ」

「ほほう、『ネタが浮かばねぇ、なんかください』って泣きついてきた先生のお言葉は一味違いますのう」


「本当にムカつくジジィだな。目の前にいたら叩きのめしてやるんだが」

「無理無理、猟銃にびびって腰抜かすような若造のパンチなんぞかすりもせんわい」


いつもどおりのヒヒヒという下品な笑い声。

いつもならここで軽口合戦をおっぱじめるのですが、今日はそんな気になれませんでした。

軽口の代わりに私の口から出た言葉は。


「あのな、じいさん。昼間の」

「わしの娘のことなら、その……気にせんでくれんかな」


尋ねようとしていたのを予想していたのでしょう。

腹をたててもおらず、不機嫌な声でもありませんでした。

淡々と、穏やかに、ちょっと恥ずかしそうに、じいさんは続けました。


「ま、我ながら大人げないと反省はしとるよ。一人娘なんじゃが都会へ行かせたのが運の尽きじゃった」


ゴクッ、ゴクッとコーヒーを飲む音、カタッとカップをテーブルに置く音。

つい視線を過去のテーブルの位置に向けてしまいますが、そこには当然何もない。

それでもそこからはなんだか照れくさそうな声が聞こえてくる。


「あの甘えん坊が村の為に農業と商業の勉強をしたい、といって猛勉強したもんでな。なんとか金を工面して学校へ行かせたんじゃ。わしに似て頭のいい子でな、卒業の時の成績も学校で一番だったんじゃぞ」


娘のことを熱っぽく語る、誇らしげなじいさんの顔が目に浮かぶようでした。


「そこで出会った若造と結婚して村を離れるとは思わんかったがな。そいつは二年上級生で、でっかい商人の跡取息子でなぁ。顔がチョイとわしよりモテ系でなぁ。性格が素直で優しくてなぁ。誠実で人望もあってなぁ。頭もよくてなぁ」

「気に食わないタイプだな」


「おお、まさにそのとおり!お前さんとは本当に気が合うのぉ」


二人してプッと吹き出しました。

まあ、確かに娘をかっさらっていく不届き野郎なんだし、男として立派な奴は我々『立派じゃない男たち』の天敵ではあります。


「で、村を出てそれっきりってわけか?」

「いいや……」


意外な答えが返ってきました。

てっきり親子断絶になったものとばかり思っていました。


「不届き野郎の父親がこの村のワインを沢山買い上げてくれるようになってのぅ。汽車の便も増やしてくれたんじゃ。村のモンはみぃんな感謝しとるよ」

「ほんとにいい旦那さんだな」


「ああ、まったくじゃよ」


じいさんはフゥと大きなため息をつきました。

椅子から立ちあがったのでしょう、カタンと音がしました。


「わしも意地を張りすぎてるのかもしれん。子供が育てば家を出ていくのは当然じゃのにな。ましてや」


次の言葉は押さえている嬉しさが滲みでているような言葉でした。


「ましてや、あの甘えん坊が今や三人息子と二人の娘の母親なんじゃからのう」


カチャカチャとテーブルの上を片付ける音が数回して、足音が離れていきました。


「さて明日は畑で雑草刈りじゃ。『大洋に燃えろ!』も野球中継で中止じゃし。今日はこれで休むとするか」


ギィッ、パタン。


ドアが開いて閉まる音がして、こちらの時間では閉まりっぱなしの扉の向こうからのんびりした声が聞こえました。


「おやすみ。お前さんも徹夜ばっかりしてちゃいかんぞ」

「ああ、わかった。おやすみ」


そういったものの、食事を続ける気にならず私は考え込みました。

何かひっかかるのです。

じいさんの口調からすれば、決して娘の結婚を祝福していないわけじゃなかった。

むしろ内心は喜んでさえいるのがわかりました。


「でもなあ、あんな冷たい追い返し方しなくてもよかったろうに。自分の娘なんだから」

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