9th announcement
今週の月曜日から修学旅行なので本日投稿させていただきました
ご理解よろしくお願いいたします
「ふぅ。大体半分まで来たし次のパーキングエリアで休憩しようか。」
「そうですね。そうしましょうか。と言っても浩介さんは寝てしまってるし、お兄ちゃんは聞く耳持っていませんけどね。」
ミラーで後ろを見てみると鈴音ちゃんが言ったような状況になっていた。
鈴音ちゃんはさっきから外の景色を思い思いに満喫しているみたいだ。
俺はアクセルに力を更に加え、窓を開けて外の空気を入れる。
午前四時三十分になると俺のベンツの周りには怜次ら三人がそれぞれのカバンを持って既に集合していた。
もちろん、そんな時間に日がのぼっているわけがなく藍色の闇が広がっていた。
俺たち三人は皆そろって欠伸をしているにも関わらず、バカ一匹は爽やかに笑っていた。
俺たちは高校のとき身に染みるほど経験してきたので、溜め息など遥か彼方遠い昔の記憶の断片の一欠けらとして今となっても残っている。
補助説明させてもらえるのであればこいつが俺の家に、正しくは俺の部屋に不法侵入してきたのは丑の時参りだったはずである。
なぜ確証が無いのかと問われれば、答えはいたって簡単、寝ぼけていたからだ。
俺は大学生であっていちいち合宿のたびに小学生みたくベッドの中でメリーさんを九桁目まで数えたりする馬鹿ではないので大人しく寝ていたのだ。
寝起きに馬鹿のテンションに中てられてしまった俺は水月に体重を乗せた一撃をプレゼントして仮死状態にして再び眠ったのが今からおおよそ五時間ほど前。
それからは別に変わったことなどなく普段よりも時間が早いだけであった。
そして家を出発した俺らはいつもの定位置に座ると各々が好きなことに時間を当てていた。
窓際には新緑が茂っており、車の中でも森林浴を味わっている気分だ。
『三キロ先パーキングエリア』と表示された看板を見て肩が軽くなるのを感じた。
車の中には始終寝息とラジオだけが交互に入り混じっていた。
―――県内某パーキングエリア―――
「よーやく半分ちょっとか。でも気分転換にはちょうどいいっか。俺売店周って来る。」
テメーは俺が運転してるときずっと後ろで寝息たてていただけだろうが!
なぶりたい衝動を抑えながら俺はイスを下げて休憩することにした。
しょーじき、もう無理だわ。
昨日結局寝むれたのは日付が変わる前だったし。
多分3時間も寝れなかった気がする。
もう無理だ。
オヤスミ。
あぁ、栄養剤かっといてって怜次に頼むことわすれてた。
でももういいや。
そう思ったのを最後に俺はぬかるみに嵌まったように眠りについてしまった。
「……んあ?浩介帰ってきたのか?なんか飲み物持ってねーか?喉乾いちまってさぁ。」
ドアの開く音で眼が覚めた俺はアイマスクをつけなおしてもう一度寝る準備をする。
「ごめんなさい。浩介さんじゃなくて鈴音です。
お疲れだと思って飲み物と軽食を買ってきたんですけど、良かったら軽く食べときませんか?
身体持ちませんよ。」
マジで?
役に立たない兄貴どもとは全然違うんだな。
さっすが鈴音ちゃん。
ポリ袋を見た俺は上機嫌になりながら窓を開けてから背伸びをした。
『おじゃまします〜。』と言って入ってきた鈴音ちゃんを見て笑ってしまった。
「クククッ。おじゃましますって無いわ。もう何回乗ったんだよって話。」
いくらなんでも俺には分からねぇわ。
だって免許取ったときからだぞ?
鈴音ちゃんは顔を赤くして『笑わないでください。』と怒っていたけど逆効果だった。
それからしばらく俺は笑い続けて、鈴音ちゃんは頬を膨らませて、そっぽを向いて黙ったまま黙々と売店で買ったのであろうさつま揚げをついばんでいる。
俺は昔から変わっていたいことに安心してもう一度笑った。
鈴音ちゃんと一緒にいるとなんだか落ち着いた気分になれる、気がするような気がする。
まぁ、良く分からなーけど、そんな感じ、みたいな?
あんまり物事を深く考えると疲れるからもうこれ以上は考えたりしないけどな。
とりあえず考えることに飽きた俺は大人しくさつま揚げを食べることにした。
「……ん!普通においしい。久し振りに食べたけど普通においしいな、これ。」
思わぬおいしさに喜んでいると鈴音ちゃんの『良かった。』と言う呟きが聞こえた。
本人は『しまった。』という顔をしていたのでまぁ見なかったことにしておいた。
「……旅行、楽しみですね。とっても、とっても楽しみです。」
俺はその言葉に少し驚いてしまった。
隣を向くと困ったような顔をして笑っている鈴音ちゃんが映っている。
「……そうだよな。…俺が高校三年のときだったな。時期もちょうど今頃だったな。」
俺が、いや俺たち四人が一緒に旅行に行ったのは俺が高校に上がる前、つまり中学校を卒業してからの短い間に一度一泊二日の小さな旅行で最後だった。
「せっかく久し振りの旅行なんだから無粋なこと話にしようか。これからは当分時間も取れそうに無いから遊べるうちにたくさん遊んで、次の機会まで楽しもうね。」
俺は、臆病だ。
救われようともしない臆病者だ。
だから塞き止めるために巨躯で愚鈍で空虚な杭を打ち込んで、叩き込んで、先を見ないで、そして、楽しそうに見えるよう笑った。
しばらく黙り込んでいた鈴音ちゃんが笑った。
「なぁ、鈴音ちゃん。」
「なんでしょうか、修介さん。」
「このさつま揚げおいしいよな。」
「そうですね。とってもおいしいですよね。」
「味はちょうどいいか。」
「わがままを言ってもいいなら正直な話、少し塩気がきつい気がします。」
「そっか…。やっぱり、鈴音ちゃんのそれも辛いか。」
「やっぱり、ですね。修介さんのそれもとっても辛そうです。」
「よかったら俺のも食べてみるか?」
「遠慮しておきますね。私が食べて見てもただ辛いだけですから。」
「そうだよな。俺が鈴音ちゃんのを食べても意味ないもんな。」
「そうですね。」
それきり俺たちは浩介たちが帰ってくるまで一言も話さず、たださつま揚げを覚えていた。
―――しばらく―――
「もし良かったら俺が運転変わろうか?お前体調メチャクチャ悪そうだぞ。」
ついさっきまで寝ていたはずなのになぜか綺麗に聞き取ることが出来た。
ゆっくりと目を開けると浩介のツラが視界一杯に広がっているのに正直引いてしまった…。
「頼む。寝起き一発目からヤロウの顔面なんて生々しい状況好きじゃねぇーんだわ。」
どうせならメチャクチャ可愛い女のこの方が素直に嬉しいわ。
「あのさー。普通に心配してやってるんだからそういう態度止めてくれ。
俺だって好き好んで男なんて起こそうとは思わねぇーよ。
せめてお前じゃないけど女の子がいいわ。」
「おまえらさぁ、一応妹がこの車の中にいるんだから少しは気を使ってくれる?
校一年生のうちから男のむさ苦しい世界になんて入れたくないんだよ。
お兄さんとしてはさ。」
後ろでは怜次が浩介の首を落としている最中だった。
なんか怜次の奴、浩介と付き合うようになってから肉体派になってきたかもしれない…。
「後ろで騒いでるバカどもは放って置いて俺たちはドライブでも楽しみますかね?」
隣で座っている鈴音ちゃんに笑いかけながら話すとニッコリ笑って口を開いた。
「そうですね。なら私は前に座っているおバカさんと一緒に仲良くしようかな。」
…………………………………。
……言ってくれるねぇ、お姉さん。
軽く導火線に火が付いてしまった俺は首都高伝説並みのドライブテクで残り二十キロを駆け抜けていった。
「……導火線って一度火をつけちゃうともう用なしって感じですよね。」
………………………………………………………………………………。
もしかしたら俺、この旅行中に口殺されてしまうかもしれない、鈴音ちゃんに。
疲れた!
「海だ!温泉だ!浴衣だ!メシだ!露天風呂だ!混浴だ!ヤッフー!」
頭の中がバイオハザードになってしまった浩介の奇行を止めるべく、人差し指以外の全ての関節を外してみた。
「指が!指がぁ〜〜〜〜!」
「いや、そのネタこの前やったばかりだから正味新鮮味が全くといっていいほど無いわ。」
『チッ!』と舌打ちすると一分ほど思考してからシャケを持ったタヌキに近付いていき、奇異なものを見る眼でタヌキをじっくり観察して、人差し指を……。
「よし。俺たちは早いうちにチェックインを済ましてしまおう。
T・Tなんてしてる未確認生物を気にかけることは無い。
あんなのと一緒にいたら脳みそが腐ってしまうわ。」
白けた眼をした俺たち三人はフロントでチェックインを済ましてエレベーターホールに向かった。
浩介を見た外国人観光客が『オォー!ディス イズ ジャパニーズ コミュニケーション!』と言っているのが聞こえてきた。
よかったな、浩介。
お前の知らない間に大学トップのバカから国際的バカに成長したんだな。
もう俺たちの届かない人になったんだな。
バイバイ、きっと忘れないさ♪
俺たちはT・Tをしている変な奴を尻目に到着したエレベーターに乗って部屋に向かった。
何か変な物体が『俺も乗るから待ってくれ!』とか叫んでいたがきっと気のせいだと思う。
和気藹々とこれからの予定について話し合っていると『チーン!』と気に抜ける音がして、目の前がゆっくりと開いていき、目の前には息を切らした浩介が膝をついていた。
「私達は待っていておいてあげるので、今からこことフロントを十回往復してきてください。
そしてエレベーターの開閉ボタンを押して開いた瞬間に
『お前テラヲワッテル。三回散って二回蘇ってきたらDO?』
って言ってくれたのなら許してあげますよ?
どうします。」
それを聞くや否や今走ってきたであろう階段を逆送していった。
鈴音ちゃんはまるで憑き物が堕ちたような、そんな笑顔を振り巻いてから足を軽くさせながら俺たちの部屋へとスキップしながら消えてしまった。
俺たちはしばらく何もすることが出来ずにただ立ち尽くしていた。
「……なぁ、怜次。
今日の鈴音ちゃんいつにも増して浩介に対してかなり攻撃的になっているけどアイツ何か鈴音ちゃんに対してしでかしたのか?」
「………あぁ、なんだ。そのことか。
実はな、お前がパーキングエリアで寝てる間に鈴音が甘いものが食べたくなったらしくて売店に買いに言ったらしいんだ。
そこでみたらし団子を買ってきたんだけど緑茶が無いとダメらしくて自販機に買いに言ったんだ。
その間に浩介がうっかりみたらし団子を食べてしまってからしばらくはずっとあんな感じだった。」
怜次は溜め息を吐いてからエレベーターを出たので俺もそれにしたがって三歩前に出た。
心なしか怜次の顔が衰弱しているように見えたのは気のせいであって欲しい。
「女の子にとって甘いものってそれほど重要だったなんて俺は産まれて初めて知ったわ。」
「僕もだよ。小さなときから見てきたけど確実に怖い顔トップスリーに入ってると思う。」
そしてゆっくりと俺たちは鈴音ちゃんの通っていった道を外しながら歩いていった。
「………なぁ。俺、もしかしたらみたらし団子に存在負けたかもしれないわ…。」
「そうだな。俺だってお兄さんなのに多分負けたと思うよ、みたらし団子に…。」
―――姫椿の間にて―――
「何かほかにご要望のものがございましたら電話で110をお押しくださいませ。」
「……それじゃあとりあえず、茶菓子が一人分足りないので追加してもらえますか?」
「申し訳ございません。当館のお茶菓子はつい今しがた全てなくなってしまいました。」
「そうですか。では今アナタの口元についている白アンは一体なんですか?」
「それはわたくしがつい先ほどお茶菓子をいただいたからでございます。それが何か?」
………………………………………………………………………………………………。
「わかった。
百歩引いたとしてお茶菓子を食べてしまったことは水に流そう。
それはいい。
人間たまにはどうしようもなく腹が減る時だってあるだろうさ。」
若女将さん『ハァ?』と何が言いたいんだ、という眼で俺を見上げてくる。
俺はそれに屈することもなく、さらにその続きを言うために口を開いた。
「どうしてお前が老舗旅館の仲居さんの格好をして、俺達の接客をしているんだ、莉菜!」
俺は腹のそこから今、俺の全てを賭けて全力で鈴音ちゃんのお友達で、俺達の後輩に当たる莉菜に対して突っ込むことにした。
「うるさいなぁ。
男の癖に細かいことをグダグダ言ってたら、叫びながら階段上り下りしていたコーにぃみたいに警備員に突き出して強制労働させるよ?
それでも全然いいけど。」
…浩介、いつまで経っても帰ってこないと思ったら強制労働させられていたのかよ。
しかも階段で叫びまくって捕まるなんて本当に救いようもないボケだな、おい。
俺はいつまで経っても成長しない悪友が皿洗いをしている姿を想像しながらほくそえんだ。
「それよりもお前がここにいるってことは美代子ちゃんもいるんだろ?
もう無駄に体力使いたくないからさっさと見せるもん見せてくれ。
これ以上は面倒くさいわ。」
俺の予想は当たっていたらしく莉菜がケータイでどこかに掛けると一分と経たないうちに着物姿の美代子ちゃんがなぜか『シャキーン!』といった感じで侵入してきた。
空気がしらけてしまって焦っている美代子ちゃんはなぜかはわからないけどかなり可愛かった。
というわけでなんだかんだ言って結局皆が大集合してしまった。
「そういえば鈴音ちゃんは何処で寝るの?
お友達もいることだしやっぱりそっちで寝たりするのかな?」
俺の何気なく言った言葉で周りの空気がピキピキッと凍っていくのがわかった。
そしてその氷河期が終わると痛い死線が約四つ、いや八つほど俺の身体をザクザクと突き刺してくるのが何と無く感じられてしまった。
しばらくそんな沈黙が続いたと思うとそれは唐突に音を立てて、豪快に激しく壊れてしまった。
「…あんたねぇーわ。もしかしたらそうかもしれないと思ったけどそこまで人間腐っているとはおもってもいなかったわ。」
「…いくら僕でもこれはフォローできないね。修介、大人しく自分の罪を償って来るんだよ?
僕は、僕は、ずっと君のことを待っているからね。」
「修介さんは私のことを厭らしい眼でずっと視ていたんですね。
修介さんはそんな人じゃないと信じていたのに…。信じていたんですよ!」
「修介さんはやっぱり美代の思っていた通りの変体さんだったんですね。
気にしなくてもいいんですよ。美代はちゃんと先輩の内なる欲望を知っていましたからね。」
上から順に莉菜・怜次・鈴音ちゃん・美代子ちゃんである。
というか何気に美代子ちゃんの一言が一番きつかったりするんだよな。
なんだよ、思っていた通りって…。
そんなに俺は変体なのかよ……。
「それはもう!今世紀最大の変体さんといっても過言ではないだろうか、いや過言ではない。」
何故に反語法?
というかもういいよ。
俺は大人しく寝てるから放っておいてくれよ。
そんな感じで俺がいつも通りになったのは日が傾き、涼しくなり始めた頃だった。
俺、これから四日間耐え抜いていく自信がこれっぽっちもないわ……。