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8th ripple

 


「修介、温泉に行きたくは無いか?」



「いきなり話があるって言えば何世迷いごとを言ってるんだよ。頭でも打ったのか?」



大学内のカフェに連れてこられたと思えば、水が来る前に寝言を言われた俺はとりあえず夢から覚めてもらうために一発エルボーを食らわせてから窓際の席に座った。



床とキスしている憐れな浩介を尻目にメニューを見ながら何を食べようか考えているとテーブルの下からニュルルと気持ちの悪いものが湧いてきた。



確かこんなB級映画があった気がするな。



まぁどうでもいいか。



とりあえず蹴り飛ばしておこう。



しばらくの間浩介を蹴っていたけど飽きてしまったのできちんと話を聞くことにした。



「それでどういう経緯でそんな風に教えてもらえるか?」



そこら辺はきちんと教えてもらわないとな。



後から何を見返りに要求されるのか分かったものじゃないし。



床との熱く長い接触事故を起こしていた浩介は唇が剥がれ落ちるのでは?と危惧するほどにお絞りを擦り付けてからタラコのようになってしまったタラコ、もと言い唇を開いた。



「今回はそんなに深く考えるなよ。本当に仕事も野球も関係なくだからさ。



ただ俺がこの間応募した懸賞が当たったんだよ。豪華老舗旅館四名様ご招待。」



「あぁ、そうか。俺とお前、怜次と…。」



ちょっと待てコラ。



今コイツはなんて言った?



四名様?



「四人ってどういうことだよ!どう考えても人数が合ってないだろ!」



この馬鹿は何も考えずにいけしゃあしゃあと問題を次から次へ持ってきやがって…。



怒鳴っても浩介は気にした様子もなく赤ワインを飲んでから口を開いた。



「そこなんだよな。三人ならさ、言わなくても、聞かなくてもいつもの三人で決まりなのに運の悪いことに四人なんだよ。



どうする?アカネとかも考えてみたんだけど、一応怜次の彼女だからそんなことしたら怜次の奴に殺されるだろうしな。」



やっぱりそこが問題らしくウンウンうなりながら悶えていた。



「………………。…鈴音ちゃんはどうだ?」



なんとなく鈴音ちゃんなら大丈夫なのでは、と頭の内側からそんな考えが浮かんだ。



「そうだろ?怜次は実の妹だし、お前は友達の妹に手をかけるほど根性悪くないだろ?



俺は昔から良く遊んだりして実の妹みたいに思ってる。



…アカネならもしかしたら…、なんてことがあるかもしれないけどその点なら大丈夫だし。



ってどうだ?何も言わないけど。」



珍しく物思いに耽っている浩介に嫌悪感を持ちながらなにか言うのをパスタをクルクル巻きながら待っていると一分足らずでようやく口を開いた。



「そうだな。たまには色々と混ぜてみるのもいいかもしれないな。」



何言ってんだ、こいつ?



中二病か?大学2回生にもなって。



「そんな可哀想なものを見る眼で見るな。



俺はいたって普通だし、中学生特有の妄想癖が開花したわけでもねーよ。



だからその黒くてテカってる物体Gを見るような眼をするな。」



精神的に異常がある人間はみなそう言って、自覚症状の無いまま悪化していくのである。



でも!



俺はたとえお前がラリってしまおうとも、頭が残念なことになってしまったとしても、精神病院にぶち込まれたとしても友達を見捨てるようなことは決してしないぞ!



「…お前さぁ。



頭の中でなに考えていても分からないんだから、もう少しその思っていることが口に直結するそれなんとかしろよ。



そのうち後ろから刺されるぞ?



あとサラッと友達とゴキブリとを一緒にするお前の感性も治したほうがいいわ。」



「あれ、もしかして全部口から漏れてちゃってたりしてた?」



聞いてみると大きく頷いて『それはもう、豪快に。』と付け加えられた。



「まぁ、冗談はこれくらいにして、いつ温泉に行くんだ?



俺や怜次、鈴音ちゃんにだって予定の一つや二つあるんだからできるだけ早いうちに決めといた方がいいと思うんだけど、お前的にはいつごろ行きたいと思ってる?



そこら辺も考えておかないとな。」



いつごろがいいだろう?



俺としては出来るだけしっかりと予定を立てたいから一週間くらいの時間は欲しいな。



今月の大きな用事はもう済ませたはずだけど手帳がないと自信なし。



そして思考する俺を見ていたかは分からないが予定をある程度思い出したと共に声がした。



「明日からな。それも三泊四日で夕飯はフレンチ・イタリアン・京懐石という豪華絢爛さ。」



とりあえず渾身の力を込めて思いっきり殴りつけてやった。



渾身の一撃だったのにも拘らず、浩介は然してダメージを受けていないみたいで二度三度手で自身の二の腕を擦ってから気にせずに話を続けた。



「メンバーはさっきも言ったけど俺、お前、怜次、鈴音ちゃんの四人、っと。



移動手段はお前のベンツで決定な。目的地はW歌山県の白浜、で出発時刻は曙な。」

指を一つ一つ折りながら確認していく浩介の右薬指を折る前に逆方向に折り曲げた。



『指がぁ!指がぁ!』と痛みに耐えながら左手で擦っている。



物静かなレストランに合わせて声が小さくなったりするあたりは成長の証としてとってもいいのだろう。


きっとおそらくは…。



まぁ、そんなことは放って置いて…

「よし。突っ込みたい点はいくつもあるけど一つ一つ丁寧に責めていこう。



まず、常識と相手のことを思いやることを覚えやがれ!親しき仲にも礼儀あり、だ。」



『はい。』と浩介は大人しくなっている。



そんな姿に満足した俺は光悦とした気分で浩介を更に捲くし立てていく。



「次にお前、ここからW歌山県までの道のり考えてるか?



高速使ったとしても軽く見積もっても四時間はあるんだぞ。



お前は今、免停だし、怜次は…もちろん論外だ。」



俺は運転するのが嫌いじゃないから苦痛ではないけど、それでも四時間の運転はそれなりの重労働なので前日はゆっくりと休めて、その日に備えて起きたかった。



まぁ、なんだかんだ言って結局やってしまう自分こそ一番始末が悪いんだけど。



ちっ。



こういう時だけ小動物みたいに弱々しくみせるんじゃねぇよ。



浩介に屈した俺は仕方なしに首を縦に振った。



それを見た浩介は子供のように…小学生以下のように声を上げて喜んだ。



………やっぱり訂正しよう。幼稚園未満だ……。



改めてそう感じた俺は口元が倍以上伸びるくらいに歪めて喜んでいる浩介に釘を刺した。



「もちろん俺の言うことを聞いてくれるよな?



俺はお前の無計画さに振り回されるんだからそのくらいのことは考慮してくれないと。



俺だって予定をそれなりに代えるんだから。」



それまで喜んでいた浩介の顔がピクリ、と止まり、不安げな顔で首をギギギと回した。



瞳を黒雲母のように揺らしながら、口から不安げな顔付きで肩を震わせてすがるように俺の顔色を窺っているのが容易に理解できる。



普段の楽天家を表徴したような姿は無くてただ単に縮こまっているだけだった。



まぁ、俺はそんな弱っている友達を手放すほど優しくは出来ていないので再開する。



眼を糸のように細めて一瞥してから笑いかける。



「今からここに書くもの全て買ってきてくれるよな?もちろん、言ってくれるよな?」



ボーイに紙とペンを持ってきてもらって必要なものを書き出していく。



一通り書き終えると青ざめている浩介にそれを渡した。



「………ダイコンとレンコンは温泉に関係なくないか?」



疑問を口にした浩介を睨みつけるとそのまま大人しくなってしまった。



温泉なんかに関係ないよ?



だってオフクロに頼まれたお使いだし。



心の中でそう答えてから少し時間の経っていたけれどもそれでも十二分においしかった。






―――1時間後―――






「ふぅ。」



駐車場の片隅でタバコを吹かしながらコンクリートの塀に腰を据える。



「俺、何やってるんだろ…。…ばっかみたい。」



俺はジーパンの中でクシャクシャになった一万円札を取り出してから自嘲気味に笑った。



さっき店で会計をしようと思ったら浩介が払おう財布を出していたのでそれを無理矢理に戻して自分で払った。



出ようとしたら手に何かを握らされていて浩介は逃げていて、俺はただ一人で立っていた。



俺は別に飯を奢られるのも奢るも嫌いじゃない。



小学校の頃から俺たち三人は小遣いのもらえる日に間隔があったので一人がなくなれば自然と残りの二人がそいつの分をカバーすることが習慣になっていた。



中学・高校でもそれは変わらず、成績がトップだったりクラブでいい成績を残したりすればご褒美感覚で奢ったり、奢られたりしていた。



変わったのは最近のことだ。



最近、といっても今から一ヶ月くらい前、具体的に言うのならば俺が瀬尾さんを脅し、泣かせてしまったあの日から。



大それた風に言ってしまったが要するに俺が浩介に奢られるのを嫌っているだけだ。



浩介の奴に対して散々『ガキだ。』『幼稚だ。』と言い放っておいてよくもまあ、と我ながら感心してしまう。



ガキ臭くて笑いが止まらなくなる。



多分今回の温泉旅行は俺の為にやったことなんだろうなぁ。



これは自意識過剰とかそういったものの類ではなく、おそらく外れていないだろう。



昔、といっても今から四年ほど前、つまりは高校一年生のとき肩を壊して自暴自棄になっていた俺を見兼ねた浩介が部活をサボって飯を食いに連れて行ったときが合った。



そんな風に結構人の心情に鋭敏だったりする。



飯を食うために片道2時間半チャリを漕がされたことを除けば立派な美談だよ。



ちなみに電車で行くと一時間もかからないうちに着くと知ったのはそのさらに一週間後の昼休憩で怜次に話したとき『電車で行けばよかったのに。』という発言のあとだった。



昔の思い出に少しの間耽ってから家に帰ると浩介が家で待っていたのは別の話。








俺は物思いに耽っている姿を見ている影があることをこのときまだ知らないでいた。









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