7th varation
「それでなんで俺を呼び出したんだ?ただ飯に誘ったわけじゃないだろ?」
「やっぱり分かるか?別にそんな深い意味はないさ。後輩に泣き付かれたんだよ。
『早く仲直りしてください。じゃないとそのうち殺されちゃいますよ!』
ってな感じでな。」
満田のマネをして言うと分かったらしく『アイツ、明日締めてやる。』と不敵に笑った。
満田、ドンマイ。
生きてたらそのうちうまい棒十本奢ってやるから絶対に死ぬなよ。
今はもう亡き満田に心の中で安らかな眠りを祈ってからメニューを広げる。
「でもさぁ、お前からの連絡来るの思っていたよりも遅かったな。
怜次からのメールだと二、三日で来るって言っていたのに実際に来たのはそれから一ヶ月弱も経っていたしな。」
怜次の奴、余計なことしやがって…。
俺にだってペースがあるんだよ。
店員の持ってきたチューハイと生ビールで乾杯して枝豆を摘んだ。
「この前は悪かったな、お前の気持ちも分からないで。お前に変な気を使わせたくなかったんだよ。
あの時は丁度春の大会も近かったからな。」
「黙られる方がよっぽど調子下げられるわ。そのうえ怪我したとか聞かされるこっちの身にもなれよ。
お前一人で大丈夫だと思ったら俺だって任せるんだからさ。」
浩介……。
浩介の優しさに胸の奥が痛くなった。
俺、何やってたんだろう。
一人で浩介のことを敵対意識して、一人相撲で結局迷惑欠けて。
「まぁ、今度からはそんな馬鹿みたいなことするんじゃねぇぞ。」
「あぁ、本当に悪かったよ。侘びに今日の飯代は俺が持つから好きなだけ頼めよ。」
俺たちは一ヶ月ぶりにバカ騒ぎしながら二人だけの時間を楽しんだ。
「浩介、俺お前に一つ言っておきたいことがあるんだ。」
骨付きカルビに伸びていった手が止まって、そのまま俺のことを見た。
「俺さぁ。来月から野球部に入ることにしたから。」
「はぁぁぁあぁ!?俺はそんなこと一言も聞いてないぞ!どういうことか説明しろよ。」
拍子抜けしたような声の後に、浩介は店内の視線が全て集まるほどの大声を出して叫んだ。
「お前さっき、一ヶ月も連絡がずれていたって言っただろ?
実はその間ずっと肩の調子を上げてたんだよ。
昔みたいに百五十キロ前半を出すのは無理だけど百四十後半は出るようになったしフォークの代わりにスプリットを投げれるようになった。
縦カーブは投げれないけどスローカーブなら十分通用する。
高速スライダーはまだ調整中だけど。」
そういうと浩介の目が段々と輝いていくのが手に取るように分かった。
もう一度叫びそうになったのでエビシューマイを突っ込むとそのまま咽てしまったらしい。
「いくら驚いたからって店の中で子供みたいに騒ぎ立てるのはやめてくれよ。」
頼むからもう少し大人になってくれよ。
昔から全く成長してないのは友達として哀しいわ。
叶うことの無い願いを懇願しているとようやく咽から開放された浩介が口を開いた。
「俺は一言もそんなこと聞いてないぞ!」
「そりゃそうだろ?だって今初めて言ったことだからな。
安心しろよ。入部テストも受けて合格してるから。
とりあえず明日からマジメに部員として参加するからよろしく。」
口をパクパクしながら俺に指を指してなにかを伝えようとしてるけど理解不能。
えっと、金魚のマネかなにか?
とりあえず幼稚なことは止めておこうぜ♪
頭の中でそんなことを考えていると浩介に思いっきり叩かれてしまった。
「……はぁ。お前の突拍子のない行動にはなれたつもりだったけどまだまだだったわ。」
湿った視線を受け流してからケータイを開くとアカネから『早く来なさい』と一言だけ添えられていたので大人しく従うことにした。
「悪い。アカネと約束あるの忘れてたわ。ここは俺が持つからゆっくりしといてくれよ。」
後ろから『ここで一人寂しく食えって言うのかよ!』と怒鳴り声が聞こえたが気にしない。
まぁせいぜい一人で楽しんでおいてくれよ。
焼肉屋。
一人寂しくロースを突付いている浩介を想像しながら俺は車で例の公園に向かった。
―――公園内ベンチ上―――
「修介、あんた今度は星夜に一体何をしたの?
また馬鹿みたいなことしてないでしょうね。」
「会っていきなり用件を聞くなんて人生急ぎすぎてないか?ゆっくり行こうぜ、ゆっくり。」
「ふざけないで!私は真面目に聞いてるの!三日前にあの子に何を言ったのか教えなさい。
親友のあたしにはそれを知る権利があるわ。」
勢い良く胸倉を掴まれて、ベンチに叩き付けられてしまった。
でもなんでアカネにバレたんだろう?
絶対にあのことは話すなって釘を刺しておいたのに……。
十中八九誘導尋問されたんだろうな。
瀬尾さん、嘘とか隠し事とか出来なさそうだし。
「別にどうってことないさ。この公園で少しお話して、約束して、挨拶してさよならだよ。
っていうかさぁ。その体制どうにかしてくれないかな?
見えてはいけないものが色々と見えてしまってるんだけど?」
それはもう、オレンジとはレースとか。
うん、眼の保養になるね。
「そんなことは今どうでもいいわ。正直に話してよ、せめて私くらいには…。」
アカネ……。
哀しそうに瞳を揺らす姿に心が揺らいでしまった。
「悪い、いくらアカネでも言うつもりねーわ。」
『そう…。』そう言ってアカネは俯いてしまった。
そして顔を向かい合わせたと思ったら口を開いた。
「バカ!アホ!マヌケ!根性無し!チキン!インポ!ナス!カボチャ!
…えっとバカ!アホ!とりあえずこの大バカヤロウ者め!」
ボキャブラリー少ねぇーなおい。現役大学生ならもう少し数増やしておけよ。
小学生並みのボキャブラリーを披露してくれたアカネは俺の鳩尾に鋭く、重たい一撃を落としてから公園を出て行った。
おい、せめてスカートの中が見えないように走りなさい。
女の子。
呆れながらもベンチに座りなおして背伸びをする。
今から五日前、アカネが言うように俺は瀬尾さんと話をした。
と言うよりも脅したといった方が意味合い的には正しいのだろう。
そのせいで瀬尾さんは涙目、しゃくり声、身体硬直、と日本人形のようになってしまった。
まぁ罪悪は感じているが後悔はしていない。
幸せになるためには少なからず苦しい想いは仕方の無いことだ。
例えそれが他人から与えられたものだったとしても、そう俺は思うから。
などと辛気臭いことを考えているとケータイがなったのでディスプレイを見る。
『美香』と映っている。
ただ茫然と見ていると六コール目で電話が切れた。
美香は今の俺の彼女だ。
もともとは浩介のセフレみたいなものだったらしいけど、思いのほか入れ込んでいるらしく付き合うのではないか、と危惧したので何度か遊んでから告白するとすんなりとうまくいった。
それが今から二週間ほど前の話。
浩介が起こるのではないだろうかと思ったがそれも杞憂に終わった。
『あぁ、美香と付き合うのか?良かったな。あいつはスタイルもいいからオススメだぞ。』
と全く気にした様子も無いので拍子抜けしてしまった。
でもこの美香が結構曲者だったりするのだ。
俺の学校とは違う専門学校に通っているにも拘らず三日に一度は顔を合わせている。
そのうえ会うたびにセックスを強要されてここのところでは瀬尾さんを手助けするよりもそのことをどうやって耐えるかについて考えているくらいである。
ここのところリハビリやらその他諸々やら疲れたから今日は居留守使おうかな…。
でも付き合いだしたのは俺からなんだし、せめて相手が俺に飽きるまでの我慢だ。
自分自身にこぶを打ちつつ、メールで指定された美香のマンションに車を走らせた。
―――翌日深夜―――
――もしもし、僕だけど今大丈夫?いくつか話しておきたいことがあるんだけど。
「怜次か?珍しいな、お前が夜中なんかに掛けてくるなんて。」
腕時計を見ると午前一時前だった。
それにしても怜次からこんな時間に掛かってくることは珍しい。
浩介なら時間なんて関係なく掛けてきて迷惑を被られたことは何度もあるが…。
――ごめんね。もしかして寝てたりしてた?
不安げな怜次の声がケータイ越しに伝わってきた。
「いいや。少し、ノーパソで情報を探りながらタバコ吹かしてたから気にすんな。」
本当は寝ていたけど怜次は正直に言うと何も言わず切ってしまうのでいつもこうしている。
安心したらしく息の漏れる音が聞こえてきた。
――はぁ、鈴音がタバコ辞めろ、って言っているのにまだ吸ってるのかよ。
「まぁ鈴音ちゃんらが心配してくれてるのは知っているけどな。
すっかり依存しちゃってるからこればっかりはどうしようもないわな。でも最近は本数を減らしてるぞ。」
でも、まぁ。がんばってるさ、俺。
「俺の心配はいいけど今日はなにか話があったから電話してきたんだろ。さっさ話せよ。」
――あぁ。ちょっと電話越しだと話し辛いから今から僕の家の来て話さない?
う〜〜ん。今から、か。
でも今日は美香が隣にいてるしな…。
――もし無理なら正直に言って。それなら仕方ないからまた今度にするから。
最近仕事にも顔出せてないし、美香には悪いけど怜次を優先させてもらうかな。
「大丈夫。今から三、四十分かかるけどそれでもいいか?」
――ごめんね。今日、友達からおいしいケーキもらったから紅茶淹れて待ってる。
「楽しみにしてるわ。時間も遅いし着いたらメールするから開けてくれな。」
――分かった。くれぐれも事故とかは起こさないでね。
「はいよ。俺のやつはローズマリーのセカンドね。」
電話を切ってから背伸びをしてベッド横にあるメモ帳から一枚引き千切った。
先に帰ることと仕事も旨を書き添えてから最後にもう一言添えようとしてペンが留まってしまった。
今までの彼女になら『好きだ。』とか『愛してる。』とか甘い言葉を並べるのにダメな気がした。
しばらく考えてから無難に『今度またどこかに遊びに行こう。』と書いて一万円札二枚をメモの切れ端と一緒においてからラブホテルを出た。
「それにしても怜次が悩むなんて珍しいな。仕事のことならいいけどな。」
呟いてからはCDを聞きながら黙ったまま運転していた。
―――怜次宅前―――
外でしばらく待っているとトントンと軽い音がしてから玄関から怜次が出てきた。
「遅くなってごめんね。ローズマリーがなかなか見つからなくてね。」
それなりに捜していたみたいで所々擦れているのが見えた。
「悪いな。まぁ肌寒いし、上がらせてもらうわ。」
怜次も頷いて玄関から直接怜次の部屋へ直行だった。
それから少しの間は特に何もすることなく怜次の出してくれたモンブランと紅茶を飲みながら時間を潰していた。
「とりあえず、この契約書に眼を通してくれないかな?」
そう言って出てきたのはB4サイズ三枚をホッチキスで留めたものだった。
「ん?分かった。」
契約内容は今から一年半で一千万を融資してもらい、一年半後に総資金が二百二十三パーセントにすることが契約条件だった。
そしてもしそれが成功したのならば大学卒業後に入社試験をパスできる、そうだ。
ん〜条件はきついけど、就職できるならそれに越したことは無いよな。
「お前にしては先走りすぎだと思うけど。
それにこれ見る限りではこっちが損する事は合っても、あっちが損することは無いから少し探り入れてみるほうが良いと思うけど、俺は。」
「でも今のうちから斡旋してもらえるならそれはそれでいいことだと思うんだけどな。」
怜次も相当迷ってるみたいだな。
ふぅ、俺はどうすればいいんだろうか…
「契約期限はこれから一ヶ月ほどあるみたいだし、ゆっくり考えてみよう。」
それでも怜次は気に入らないらしく顔をしかめて考え込んでいる。
「分かった。俺が軽く調べておくから二、三日したら時間を合わせるから、な。」
「ありがとう。僕も自分で出来るだけ調べてみるから三日後に時間作ってもらえるかな?」
三日後は、えっと月曜日か。
三時間目と四時間目が授業で、朝練があるだけだから三時半には終わるな。
一応一時間くらい余裕を持って四時半にするかな。
「じゃあ講習が終わったら四時半過ぎにお前の家に直接行くけどそれでいいか?」
「それなら僕は待ってるよ。どのみちあの会社のこと少なからず調べたいからね。」
それを機に俺たちは二人とも紅茶を啜りながら、ガラス窓越しに見える下弦の月を眺めていた。
―――怜次宅内ベランダ―――
「なんかね、鈴音が最近妙に色気が出て来た様に思うんだよね。」
「ほぁ?いきなりどうした、それに色気ってまだ高校だろ?お前の勘違いじゃないのか?」
「そうなのかな?そうならいいんだけどな…。なにか引っかかる感じがするんだよね。」
でも確かに最近鈴音ちゃんが可愛くなってきた気がする。
一週間くらい前からかな。
「鈴音ちゃんにも好きな人が出来たんじゃないか?
俺たちからすれば哀しいけどこれも妹の成長だと思えば少しはマシになるだろうよ。可愛い妹の成長に乾杯。」
「そうだね。いつかは離れ離れになるんだし練習だと思えばいいよね。」
そうは言ってもやっぱり兄妹だから寂しいのは仕方ないよな。
せいぜい今日くらいは酒に付き合ってやるかな。
「この前もってきた奴あっただろ、それで一晩中って言ってももう後数時間だけど楽しく飲もうぜ。」
怜次がニッコリと微笑んでから口を開いた。
「今日はイヤだって言うくらいに飲んでもらうから覚悟してね。」
上等だ!
それから俺たちは半日近く経ってから目を覚ましたのは言うまでもないか。