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10th secrets

かぽ〜〜〜〜ん。



「はぁ〜〜。極楽じゃあ〜〜。俺、もうここに入れただけでも十分かも〜〜。」



「それは言い過ぎかもしれないけれど、でも確かに気持ちいいね。」



「わかるわ。最近忙しくて湯に浸かる時間もなかったからかなり嬉しいかな。」



ビバ☆温泉!



俺たちはあのあとすぐに温泉に入ろうと浩介が騒ぎ出したのでそれに従った。



いくら鈴音ちゃんの機嫌が悪いからといっても一人で仕事なんてかわいそうだと思った俺たちは今日くらい優先的に浩介の言うことを聞いてやろうと思った。



ここの温泉は乳白色で温度は少し低めの三十九度ほど。



あまり高いお湯には入れない俺としては温泉を十分に楽しめるので結構嬉しい。



それから少しの間のんびりと温泉に浸かって十二分に楽しみながら時間を過ごした。



「でもさぁ〜。修介が野球部に入ってくれるとは思わなかったわ。」



しみじみと嬉しそうに浩介が呟くのが聞こえた。



感慨深くなってしまったらしく、ズズズと鼻を啜る音が俺たち三人を包み込む。



「まぁ、しゃーねぇーわよ。事故だったんだしさぁ。



それに今は昔よりも投げられるから特別気にするようなものでもないだろ?」



俺は明るく笑ってから身体を洗うために浴槽からさっさと引き上げた。



なぜ、浩介らが苦虫を百匹ほどすりつぶしたような顔をしているのかといえば、高校のときに俺が肩を壊してしまったからだ。



その原因に関与しているのが怜次と浩介なのでああなってしまったのだ。



気にしてないって言ったらうそになるけど…。



それでも俺は大丈夫なのになぁ。



鏡越しに二人の顔が罪悪感に沈んでいるのが見えて胸が痛くなってしまった。



俺は沈みかけてしまった気持ちを払拭する為に力いっぱい頭を洗った。






「修介が納得できないのは仕方ないけど、そこは浩介の気持ちを汲んであげてよ、ね?」




怜次の思いのままに諭されている俺は一度頷いてからお湯の中に潜って、ゆっくり考える。



そりゃ、浩介が罪悪感を募らせるのは仕方の無いことかもしれないけど、卒業やら入試やら入学やらが終わって四年も経ったんだから無かったことにすればいいのになぁ。



手間のかかる親友を笑ってから顔を出してみると誰もいなかった………



……えっと、もしかして………嵌められた?



周りには誰一人いなかった。



さっきまで身体を洗っていたはずの浩介までも綺麗サッパリ消えていた。



「ちくしょぉぉぉぉ!!お前らなんてもう友達じゃねぇやい!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



これ以上叫ぶのは止めておこう、うん。



傍から見れば俺、絶対に危ない人か頭が残念になっている人と間違われそうだし。



俺は自分のポジションが危うくなりそうだったので大人しく温泉に入ることにした。



タオルは岩の上に置いて手足を開いて大の字になり、身体の力を抜いた。



俺の身体は浮力によってプカプカと上下左右に漂流していた。



「きれいな星空だな。……瀬尾さんも同じ空を見ていてくれたら嬉しいのに……。」



「…………確かに綺麗ですね。



ふむふむ、そうするとお兄さんは月を見上げながら亡き女の人を想いながら妄想をしているという状況で正しいのでしょうかね、お兄さん?」



「別に死んだわけじゃないから『亡き』じゃないと思うよ、美代、子ちゃん…んん?」



違う!



違う違う違う違う違う違うっ!



気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。



俺は眼が充血するまで眼を掻いて、心の中で呪文のように繰り返してから眼を閉じた。



ヒーヒーフー。



ヒーヒーフー。



ヒーヒーフー。



ヒーヒーフー。



大丈夫だ、俺はやれば出来る子だ。



美代子ちゃんは幻覚なんだ。



きっと最近あんまり、というか全くヤって無かったから溜まっているだけだ、きっと。



俺は十秒ほど念じてから、重たいマブタを出来る限りゆっくりと開いた。



「長い瞑想でしたね。もしかして煩悩を百八個ほど取り除いていたんですか?」



眼下にはやはり美代子ちゃんがバスタオル一枚でのんびりとお湯に浸かっている。



「・・・えっと、その、俺間違えちゃってたみたいだね、ハハハハハ。」



「・・・お兄さんに質問なんですけど、覗きって実刑だとどのくらいの罪なんでしょうか?」



・・・・・・・ダラダラダラダラダラダラダラダラ・・・



俺は背筋に液体窒素を流し込まれたように良くわからない汗を額に浮かべている。



美代子ちゃんはウフフフフ、と意味深な笑顔を向けてくるだけだった。



「…俺に出来る範囲でのことならば、どうぞお使いになってくださいませ、お嬢様。」



俺は精一杯の笑みを浮かべてから美代子ちゃんに屈服するのであった。



「それじゃあお言葉に甘えて、まず一つ。一緒に仲良くお話しませんか?」



朗らかに笑うとバスタオルを付けたまま、俺の隣に腰掛けてきた。



「…えっとどうして俺の隣に座っているのでしょうか?温泉ハ広イデスヨ?」



後半は片言になりつつも何とか疑問を口にするとなぜか俺の膝が笑っている。



美代子ちゃんは更に近付いてきて、ゆっくりと耳元で妖しく笑う。



「それはですね、修介さんが逃げないようになんですよ?逃げられないでしょう?」



首筋を撫でられてしまい、俺はこれ以上の抵抗が無駄なことを悟り大人しくする。



それがわかったらしく、美代子ちゃんはもう一度笑ってから手をそっと退けた。



年上としての威厳が…。



年上としての威厳があぁぁあぁ!!



そんな俺の心を知ってか、知らずか、美代子ちゃんは光悦とした顔で俺の頭を撫でている。



しばらくの間俺を撫で続けていると満足したのか、ようやく手を離して向き合った。



う〜〜ん。



最近の女の子はなんというか発育がいい……ゴホン、ゴホン。



ううん。



何も考えていないぞ、俺は。



俺は決してロリコンなんかではないんだ!



きっと…



俺は煩悩を取り払うためにもう一度、温泉の中でゆっくりと時間を過ごした。



「それじゃあそろそろ再開してもいいでしょうか、修介さん?」



その繕ったような笑顔がなぜかとても心に沁み込んで来る。



なんでだろ?



そんな微妙な心持ちだとは露知らず、『それでも。』と美代子ちゃんは話を進めていく。



「それでも質問といっても三つ、四つあるくらいですよ?気楽に答えてくださいね。」



いや、気軽にとか言うのならその何か光線が出てきそうな眼、止めてもらえませんか?



俺は美代子ちゃんの鋭い目力にビクビクしながら臨戦状態になった。



「一つ目はインパクトが全然ないのでつまらないんですけど、彼女さんとかいます?」



ありまくりだった。



インパクト。



テポドン並みのインパクトがサクッと刺さった。



「…えっと、なんていうか、……なんだろ。とりあえず、青春だね、うん。」



美代子ちゃんの『何言っているんだ、コイツ?』みたいな顔を見ないようにする。



正直困ったりしてしまう。



返答に困っている俺を見兼ねて譲渡案を出してくれるみたいだ。



「じゃあ、質問を変えましょうか?そのほうがいいですよね?」



「あ、あぁ。そうしてもらえると嬉しいかも。…やっぱり何歳になってもハズいからね。」



俺は繕うように作り笑いをして修正してもらうことにした。



「じゃあ、好きな人はいますよね?」



「な、に言ってるのかさっぱり俺にはわからないな。どうしちゃったの、美代子ちゃん?」



たじろいでいる俺をよそに、美代子ちゃんは微笑みながら、笑ってはいなかった。






「ふふふ。貴方はいつまで道化を演ずるおつもりなのでしょうね。」






口調が違っていた。



なんていうか口調はいつもよりお淑やか、というか上品なのに威圧的というか高圧的なのだ。



俺は閉口して、絶句した、というほうが正しいのだろうけどそんなことどうでも良かった。



「何故驚くのですか?気付かれないとでもお思いでしたか?」



何もいえない俺に対して『何と憐れな。』と嘆き、斬り捨てる。



俺は頬の肉を強張らせて、少しでも多くの情報を収集しようと尽力する。



「貴方は本当に憐れな人ですね。

報われない人ですね。

救われない人ですね。

救われようとしない人ですね。

フフフ、そんな人、








死んでしまえばいいのに。








なぜでしょうね。」



俺は何も答えずに、そいつに見下されているだけのままだった。



「人を想い。

重りとなり。

想い続けて。


そしてその想い人をその手で絞め殺し、

全てから封ぜられて血潮に。

塗れて。

溺れて。

崩れて。

壊れて。

愛されることもなく砂塵と化す。」



『なんと嘆かわしいのでしょうか。』


とそいつは手の平を額に添えて、嘆く。



「切って。

斬られて。

嫌って。

嫌われて。

卑下されて。

脅して。

脅されて。」


『卸されてしまえばいいというのに…。堕とされてしまえばいいというのに…。』と虐げる。


そしてさらに『出来ることならば……』と言葉を繋げ、吐き捨てる。


「出来ることならば、そこ五体を裂いて、割いて、嬲って、炙って、弄って、虐めて…。」



コイツは俺の頬を撫でてから慈愛に満ちた柔らかな笑顔で唇をゆっくり近付けて来る。







殺したい。





あの子の為にも。

少しでも多くの

絶望を。

渇望を。

切望を。

欲望を。


そして、微々たる希望をその心に

刻み込んで、

磨り込んで、

なぞり込んで、

屈させたい









ソイツの顔は

怪しく。

妖しく。

嫌らしく。

厭らしく。

妖艶に。

遥遠に。

危なげに

指をゆっくりと俺の体、

全てに這わせて身体を引き離していく。



そして、吐息を感じる、だなんて熱くは無い。

そして、在らぬ、温もりを感じる、だなんて冷たくは無い。

ただ。


死に宛がわせられる、 程度の生温さを顕した。



美代子ちゃんは形の良い、俺からすればキスの気持ちよさそうな少し厚い唇を、俺が眼を見開いて驚いているにも拘らず、自分だけ眼を閉じてキスをしにきた。



唇が触れているか、そうではないのか、それがわからないとしても温もりを感じるほどの近さまで来るとゆっくりと瞳を打ち破った。



ダメだ、もう理性が持ちそうに無いな、そう思って俺は双眸を閉じた。



「………。



…キ、キャアアアあぁあアアああああアアああああぁああぁあぁぁああぁぁぁああぁぁああぁぁあぁあぁああぁああぁああぁあアアアアぁぁぁあっ!!」



美代子ちゃんが湯煙温泉事件の死体第一発見者のような悲鳴を高らかに叫んだ。



あか、わかっていたさ。



どうせこういうオチが待っているとは思っていたさ。



その後俺は美代子ちゃんの悲鳴を聞きつけた皆(旅館の仲居・従業員方々を含む。)に謝る為に、入り口から三メートルほど離れた場所で土下座をして待つことにした。



…………はぁ。俺ってなんでこうも不幸が降りかかってくるのだろうか?






―――部屋の廊下 正座ing―――






結局あの後、俺が時間を間違えて入ってしまった、ということで大筋としては纏まった。



ここで重要な言葉は大筋、ということである。



浩介と怜次は元々のおおよその見当はついていたらしいが、残りの女子高校生組は俺に対して『生理的に不可能です』的な視線を受けていたが怜次のおかげでほとんど解消された。



なぜほとんど、という言葉を使うのかといえば約一名俺のことを許してくれない人がいるから、そのような表現しか使えないわけである。



その一人というのが何故か鈴音ちゃんなのである。



普通に驚いてしまった。



初めのうちは莉菜と一緒に俺を言及し続けていたのだが、途中からは罵倒→説教へとプラン変更が催されていた。



そして莉菜が冷めてきたのにも拘らず、鈴音ちゃんは原子炉の臨界事故(なんか大学生らしい例え方だと自負しちゃってる。)に暴走して、とうとう莉菜までもが沈静に加わるまでに発展してしまった。



夕食の期限も迫って、鈴音ちゃんの機嫌も直らないので俺が自主的に皆が夕飯を食べ終えるまで部屋の前で正座して反省する、ということで話が決まったのだ。



怜次に頭を下げられたが、まぁあとで食べ物を口の中に運べばなんら支障は無いのでそうすることにした。



せっかくの旅行が俺のせいで気まずくなるのはゴメンなので俺は真面目に続けている。



「でーも。なんで居合わせた美代子ちゃんよりも鈴音ちゃんのほうが怒っているんだ?」



さっきからこれがずっと気になって仕方が無いのだ。



言ったら悪いけれど、別に鈴音ちゃんは恥ずかしい想いなんてしていないだろうに…



もしかして自分のせいで美代子ちゃんが恥ずかしい想いしたことが息苦しかったとか?



いくら考えていても結論にたどり着かない俺はとうとう結論を見つけ出した。



「や〜〜めた〜〜。悪いけれども俺には乙女心なんてものさっぱりわかりませ〜〜ん。



だって俺の歳だと乙女ではないし。それにまず俺、今までフツーに生まれからずっと男だし。」



投げ出した。



第一中学の頃からアカネを怒らせてきた俺にわかるかよって話しだよなぁ〜。



考えることに飽きた俺は座禅を組んで何と無く地球温暖化について黙考することにした。





「温泉に入りに来て男が一人座禅組みながらブツクサ言ってる場合はケーサツだった?」





ゆっくりと眼を開いて左を向くと誰もいなかったのでもう一度考えることにした。



「は〜いはい。そういう昔から何十回もしてきたボケはいいから右を見なさい、右を。」



俺は言われたとおりに右を向くとアカネが浴衣姿で軽快に手を振っていた。



「どうしてお前がここにいるんだよ、アカネ。

誘っても用事があるって言ってたくせに。」



俺がついこの間誘ったときは


『さぁ?イヤよ、イヤ!たまには女だけで羽目を外したりしたいのよ。死ね!』


と一蹴されてしまったのはまだ記憶に新しかったりする。



「あぁ。その用事って言うのがこの旅館に来ることだったのよ。偶然って嫌ね。」



そういうと溜め息を一つ吐いてから怪訝な顔を向けられてしまった。



カチンと来た俺はとりあえず眠っていた大和魂を呼び起こして攻撃することにした。



「それにしても女一人で温泉地に来るって言うのはなかなかシュールな絵になるな。」



口元を吊り上げて笑うと沸点の低いアカネはご立腹のご様子。



「うるさいわね!私一人じゃないわよ!だいたい誰のせいでこんな私が…、あっ…」



マシンガンのように怒鳴っていた声は次第に小さくなっていった。



俺はアカネの『しまった。』という後悔の色と先ほどからの発言で誰と一緒にここに来ているかを粗方悟ってしまった。



「………瀬尾さんの様子は大丈夫なのか?」



俺がその言葉を口にすると気まずそうな顔をしたので十中八九、俺の言った名前で合っているのだろう。



「………うん。少しずつだけど大分元気になってきた。今では前とも大して変わらないよ。」



アカネの無理矢理弾みをつけた声がかなり胸を締め付けて痛かった。



「悪いな。俺はそそろ正座も飽きてきたから部屋に戻るわ。オヤスミ。」



俺は痺れて来た脚に鞭を打って無理矢理部屋の中に逃げた。



途中でアカネが何かを言おうとしていたけれど、それが聞こえない振りをして俺はもう一度正座を組みなおした。



「なぁ、知ってたか?世界って一秒後には今とは違う世界になってるんだぜ。

後戻りなんて何が何でもしちゃいけねーんだよ、アカネ。」



世界がゆっくりと離れていくような気がした。










俺はこのとき、俺の呟きを聞いている奴が居ることには気付けなかった。




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