03:美味しい結婚式
メイド長から漂う圧をひしひしと感じつつ着替えたステラのウエディングドレスは、純白のレースを幾重にも重ねてボリュームを出し、胸元には銀の糸で刺繍をあしらった、まるでステラ自身が輝いているような華やかなものだ。
髪には生花を飾り、香水をつけずともふわりと甘い香りが漂う。
皆の前にその姿を現した瞬間、会場は感嘆の吐息で溢れ、一部は見惚れつつも自然と拍手を送った。
ちなみに「ステラが綺麗!」と瞬時に泣いたのはエリーである。その早さと言ったらないが、同じ年にメイドとしてガードナー家に仕え、今まで切磋琢磨し合った仲なのだから仕方あるまい。
司祭の前でステラを待つのは、もちろんタキシードを纏ったオーランドだ。
濃紺のタキシードにはステラと揃いの銀の刺繍が施され、胸元にはステラの花飾りと同じ花が一輪添えられている。長く延びた燕尾の裾は、背が高く四肢の長い彼によく似合っている。
あまりの格好良さに令嬢達が熱い吐息を漏らすが、その吐息に切なさは込められていない。
なにせオーランドの瞳はステラだけを見つめており、そして今まで一度たりとてステラから反らされた事がないのを皆知っているのだ。嫉妬すら起きない。
「ぼっちゃ……オーランド様、素敵です」
「あと一歩なんだけどなぁ……。でもありがとう、ステラも素敵だ。似合っている、綺麗だよ」
オーランドの言葉に、ステラはほんのりと頬を染めながら差し出される彼の手を取った。
お互い手袋を着けているはずが、不思議と肌が触れ合っているかのように暖かく感じる。それほどまでに高揚しているのか、もしくは『結婚式でオーランドと手を繋いでいる』という事実が胸を温めているからか。
その心地よさにゆっくりと促されつつ、ステラは彼の隣に並び、厳かに始まる式にいよいよだと胸を高鳴らせた。
司祭の前での式を終え、各テーブルに料理が振る舞われる。
名家ガードナー家の式なのだから、さぞや豪華なものだろうと皆が期待し……、
「この不思議な果物は何ですの? ドラゴン? ドラゴンなんて危険じゃありませんの?」
「辛い! ……が、これはいける。なんだこれは? 辛さを選べる? 辛い料理の甘口とはどういうことだ?」
「まぁ、目玉焼きを乗せただけのトーストですって!? こんな粗悪なものを食べさせるなんて……なんて……なんて美味しいのかしら!」
「この不思議な陶器の料理、暖かくて、優しい味で、心もとろけそうだわ……」
あちこちで声があがる。
それもそのはず、今日の料理はすべてスレダリアには無い異国の料理。言わずもがなステラとオーランドが旅の最中に食べてきた料理だ。
シェフに伝え、時には各国に手紙を出して詳細を教えてもらい、そうして再現して今日この場で振る舞っている。異国の料理を式で披露するのだから、それはそれは長く険しく、そして美味しい試行錯誤だった。
そのおかげでどの客も怪訝な表情で品録と料理を見比べ、口にした瞬間に目を見開いたりパッと表情を明るくさせている。その分かりやすい反応を見て、ステラとオーランドが顔を見合わせて笑みを浮かべた。
皆が詳細を教えてくれと声をあげ、対応が間に合わずメイドや使い達が説明にかり出されて慌ただしくしている。名家ガードナー家だけあり来賓は多く、その数だけ説明をとなれば重労働だ。
そんな中、穏やかに食事を進めているのはカルテアを初めとする異国からの来賓席である。
ステラに教えた当事者達が集まったその席は、知らぬ料理が出てもすぐに説明が望める。
今もフロランがカレーについて説明し、それをマルドが扇子でパタパタと己を仰ぎながら聞き入っていた。どうやら辛いカレーが気に入ったらしい。彼の隣ではカルテアが夫より幾分甘めのカレーを堪能している。
「よし、次はいよいよお待ちかねの俺の番だな」
とは、メイド長に声を掛けられたダレン。隣に座っていたマーサと共に立ち上がった。
誰もが不思議そうな表情を浮かべるが、アイーシャだけは何をするかを悟り「やっぱりあれを食べなきゃね」と笑いながら二人を見送る。
そうしてダレンとマーサが扉続きのテラスへと向かう。そこには既に大きな鉄板が用意されており、中央にどんと構えるように乗せられた肉の塊に誰もがぎょっと目を見張った。
何をするのか?
もちろん、豪快に肉を焼くのだ。
多少のざわつきこそあれども厳かだった会場内に、肉を焼く豪快な音と香りが蔓延する。テラスで焼いているおかげで煙こそ入り込まないが、それでも香りは漂い、来賓達の胃を刺激していた。
スレダリアでは考えられない、豪快で大胆な調理法。ダレンが壷ごと持参したソースを掛ければ一際大きな音と多量の煙があがる。――垂らすというより振りまく、むしろぶちまけるとさえ言えるソースの掛け方もまた豪快で、これにはわざわざ厨房のシェフまでもが見学に出てきていたほどだ――
配分も何も考えず豪快に鉄板にぶちまけられるソース、均等とは無縁なナイフ裁き。さらにはそれをポンポンと放るように更に盛っていく。
飾り付けなどなにもない。汚れも皿から垂れなければ気にしない。『剛胆』の言葉がこれほど似合う料理はないだろう。もはやエンターテインメントとさえ言える迫力だ。
「よし、母ちゃん運んでくれ!」
「あいよ。さぁ皆さん、たんと食べてちょうだい!」
肉を盛られた大皿をひょいと持ち上げ、マーサが各テーブルへと運んでいく。
誰もがみな唖然とし、運ばれた肉といまだ焼き続けるダレンを目を丸くさせつつ交互に見るだけだ。事前に知らされていたガードナー家の者達でさえ圧倒し、誰一人として反応出来ずにいる。
唯一アイーシャだけが待ってましたと瞳を輝かせ、彼女に次いでナンシー乗りが「こいつは最高だ!」と皿に手を伸ばす。ミニャレット達もそれに続き、アニスやメイヤ達も一口食べては満足そうに頷いている。
カルテアに至っては料理よりもダレンの焼き方に魅了されたのか、今すぐに立ち上がって駆け寄らんばかりに興奮している。
そんな中、あちこちへと皿を運んでいたマーサがまた一皿運び、そこに座る貴婦人の困惑した表情に気付いて足を止めた。
どうしたのかと問えば、食べたら太ってしまうと口々に言う。その貴婦人達のなんと細くしなやかな事か。恰幅のよいマーサと比べれば細枝にすらならない。羽ペンの走り書きだ。
「なに言ってるんだい。奥さん達は少しくらい太った方が健康的だよ」
「そんな、太るなんて……」
「あたしは太ってるけど、この体に後悔もなけりゃ恥もないね。ガリガリにやせ細って食べる幸せを知らなかったあたしに、父ちゃんが一緒に食べる美味しさを教えてくれたのさ。二人で一緒に食べて、二人で一緒に肥えた。これ以上の幸せは無いよ」
堂々と語るマーサに、貴婦人達が呆然と聞き入る。
それが聞こえたのか、テラスで肉を焼いていたダレンが豪快に笑った。
「この国じゃ細い女が良いのかもしれないが、俺にとっては俺の隣で一緒に旨い飯を食う母ちゃんが世界一の女だ。今日はお祝いに肉の一番良い部分は若旦那達にやるが、いつもはどんな客が来ても一番良い部分は母ちゃんのもんだからな」
「やだねぇ、あんた。あたしが独り占めしてるみたいに言わないでおくれよ。いつだって二人で半分じゃないか」
ダレンの熱意的な話に、マーサが満更でも無さそうに笑って返す。
調理も食べ方も豪快なこの夫婦は、惚気方すらも豪快なのだ。