01:晴れの日
ステラとオーランドがスレダリアに戻り半年がたった。
その日は朝から暖かな日差しが降り注ぎ、心地よい風が吹き抜ける、まさに晴天。祝い事にこれ以上適した天候はないと言えるだろう。
周囲も口々に「天気も二人を祝福してる」と話し合っている。――もっとも、実際のところは祝福する気持ちさえあれば天候は何でもいい。雨の日には「雨音が式の厳かさを引き立てる」と祝い、風が吹けば「ドレスの裾が風に揺れて綺麗」と祝う。たとえ大嵐の中の式だって「この天候でもこれだけ人が集まるのは新郎新婦の人柄だ」と口にして祝うのだ――
なにせ会場には祝いの気持ちしかなく、誰もが浮かれて上機嫌に笑う。
そんな中、ニャフニャフと不思議な音が聞こえ、来賓や給仕までもが不思議そうに周囲を見回した。
「ステラ! 獣人よ!」
エリーが声をあげて一室に飛び込んできたので、そわそわと待っていたステラは思わず立ち上がってしまった。
純白のワンピースの裾がふわりと揺れる。控室で過ごすためのワンピースだ。エリーをはじめとするメイド仲間達が「控室でも純白でいなきゃ!」と用意してくれた、ステラにとってはもう一着のウエディングドレスと言えるだろう。
ステラの隣に座っていたオーランドもタキシードではないが畏まった服装をしており、落ち着きをなくしたステラを宥めつつ「通してくれ」とエリーに告げた。命じられたエリーが一礼して、さっと横にずれる。
彼女の影から出てきたのはニャフニャフと笑う猫の獣人。
砂漠で出会った旅猫だ。
子供の背丈程度の錆柄の猫、だが二足歩行で歩いており、きちんと服も着ている。服装は砂漠で出会った時と変わらないが、赤いスカーフだけは目新しく綺麗な刺繍がされている。きっと彼なりの一張羅なのだろう。
ふかふかの猫らしい手が持つ上質の封筒は、もちろんこの式の招待状だ。
「旅猫さん!」
懐かしいその姿に、ステラとオーランドが揃えて彼へと駆け寄る。
彼は猫らしい姿ながらに恭しく頭を下げ、「この度はご招待ありがとうございます」と礼を告げてきた。まさに猫といった風貌ながらに言動は紳士的で、エリーや居合わせた使い達が目を丸くさせる。
仕方あるまい、彼女達は獣人を見るのが初めてなのだ。
「旅猫さん、よくいらしてくださいました。招待状が届いて良かったです」
「お返事をださニャくて申し訳ニャい。実は招待状が届いたのが先日で、返事を出しても意味がニャいと考えて直接お伺いさせてもらいました」
「まぁ、そうだったんですね。間に合って良かったです」
「我々のように旅をする根無し草には、一年前や二年前の招待状が届くニャんてよくあることニャんです。ですがこうやって間に合って式に参加出来るんですから、やはり縁があるんでしょう」
ニャフニャフと笑いながら話す旅猫に、ステラもつられて笑みを零す。
その背後ではエリー達が不思議そうにどういうことかと顔を見合わせており、見兼ねたオーランドが呼び寄せて説明をし始めた。
旅をする獣人の殆どは居住地を持たず、それどころか名前すらない。出会った者達が好き好きに彼等を呼ぶのだ。
ゆえに手紙の出しようもなく、彼等に便りを出す時は、居合わせた旅人に目印を告げて託すしかない。それが回り回っていつかは当人の手に届く……と、随分と気長な話である。
ステラとオーランドも、たまたまスレダリアに立ち寄った旅人に『赤スカーフ錆柄の猫獣人宛』と招待状を託したのだ。
「来てくださって嬉しいです。あの時教えて頂いたカキ氷、帰国して皆に振る舞ったら驚いていましたよ。今日も用意してあるんです」
「それは楽しみだ。いやしかし、まさかお二人が結婚とは」
驚きました、と話しつつ、旅猫がニャフニャフと笑う。その表情はまったく驚いたとは言っておらず、それどころかチラとオーランドを横目で見るではないか。
これはもしや、旅の最中に勘付かれていたのかしら……とステラの頬が赤くなる。恥ずかしさで頬が熱を持ち、熱中症で倒れてしまいそうだ。
なにせ、オーランドのステラへの片思いはガードナー家中に、それどころか他家にまで知れ渡っていたという。
そのうえ二人で旅をしたことにより、国内どころか国外にまで……。鈍感な自分は、まんまと世界中に伝え広めてしまったのだ。
「意外な知らせに、招待状を貰ってそれはそれは驚いてしまいましたよ」
「もう、揶揄わないでくださいな。それより、今日は他の獣人さんもお呼びしているんです。旅猫さんよりは人の形に近い、ミニャレットさんというとても愛らしいお嬢さんですよ」
「おや、人寄りの獣人ですか。それは楽しみです」
ふかふかの錆柄の顔からぴょんと伸びた立派なヒゲを揺らし、旅猫が笑う。
見た目は猫らしさが強く、それでいて言動は紳士的。
そのギャップにやられたのか、エリー達がうっとりとした表情で旅猫を見つめている。どうやら早々に獣人の魅力に虜にされたようだ。
それどころか、魅了されているのは彼女達だけではなかったようで、「獣人の方はどちら?」「私、一度お会いしてみたかったの」とひそひそと囁き合う声がこちらに近付いてくるではないか。どうやら旅猫の話を聞き、一目見てみたいと探しに来た者がいるようだ。
「スレダリアには獣人は滅多に来ませんから、皆さん珍しがるかもしれません。もしよろしければ、皆さんと少しお話して頂けますか?」
「えぇ、もちろんです。こんな性分ですから、人と話すのは大好きですよ」
「お願いしますね。でもあまり人が集まりすぎても旅猫さんの負担になってしまうし……。ここはやはり、私が話し合いの場をもうけなくては……! いえ、そろそろマダムや女将さん達もくることですし、私自らお出迎えを!」
使命感を胸に、ステラがガタと勢いよく立ち上がった。
普段であれば新郎新婦は控え室で待ち、来客を出迎え対応するのは裏方の仕事だ。名家ガードナー家の式となればなおのこと、主役は式典が始まり皆の前に姿を現すまでゆっくりと過ごせばいい。
だが、それはあくまでスレダリア国内で収まる式での事。もしくは、スレダリア国内と、付き合いのある近隣諸国の貴族間で開かれる式の話だ。
この式には旅猫をはじめ、旅で出会った者達を皆呼んでいる。未知の文化である自国に招くのだから、招いた者達が迎えなくてはなるまい。
……というのが、ステラの主張である。
旅猫が関心したように拍手を送る。――肉球のためその拍手はパチパチとは言い難く、たとえるならばポムポムである。これにはメイド達も、獣人珍しさにこっそりと覗いていた令嬢達も小さく声をあげた――
もっとも、オーランドを初め一部の者が笑みを噛み殺しているのは、今の今までステラが落ち着きなくそわそわと椅子に座っていたのを知っているからだ。
なにせ根からの働き者。ガードナー家子息オーランドと結婚するとはいえ、メイド魂が消えるわけがない。
慌ただし気に行き交う給仕達の声を聞いて、何度「私に任せて!」と椅子から立ち上がりかけたことか……。
その果てにようやく働く大義名分を得たステラの嬉しそうな顔といったらなく、これを笑うなという方が無理な話だ。
「それではさっそく迎えに行きましょう。ぼっちゃ……オーランド様も、さぁ!」
「今、ぼっちゃまと言ったか?」
「いえ、最後まで言っていません。それよりほら!」
早く! とステラがオーランドの腕を引っ張れば、苦笑しつつ彼も立ち上がった。




