05:再会を約束して
「ステラ、私達のこと忘れないでね」
そう惜しむように告げて頬を撫でてくるのはカルテアだ。
ステラも彼女との別れを惜しみ、頬を撫でてくる手を取るとぎゅっと握った。
「もちろんです、マダム。……それと」
「それと?」
「もしよろしければ、私達の式に来て頂けますか?」
「もちろんよ! その時は喜んで船を降りるわ!」
感極まったカルテアがステラを強く抱きしめる。
ステラも嬉しくなり、応えるように彼女の背に手を回した。
オーランドとマルドが握手を交わしているのが見える。ステラ達と違い随分と穏やかな別れだが、「招待状を送ります」「楽しみだ」と交わしているあたり、彼等もまた別れを惜しみ再会を願っていると分かる。
他にも乗船中に共に過ごした者達が口々に別れを告げ、二人の馴れ初めを聞いた者達は「お幸せに」と言葉を贈ってくれた。中には「新婚旅行でまたこの船に戻ってくるのよね」と揶揄ってくる者までいる。
それを聞いた船員が「お帰りをお待ちしております」と冗談めかして告げてくるのだから、これにはステラもオーランドも揃えたように目を丸くさせてしまった。
次いで顔を見合わせて苦笑を漏らす。
「これは新婚旅行でセントレイア号に乗らないと駄目だな」
「えぇ、もし別の方法で旅行に出たと知られたら怒られてしまいますね」
そう話しつつ、船員に促されるようにタラップを降りる。
その瞬間の吹き抜ける風は、海風でありつつも懐かしいスレダリアの風だ。地面に足を着けば「帰ってきた」という実感が湧く。
「出航までは少し時間があるらしい、ベンチにでも座って待っていようか」
せっかくだから見送ろうと話すオーランドに、ステラが同意を示して頷く。
そうして手近なベンチに腰を掛けて一息吐けば、船から荷を下ろす船員を見つけてオーランドが荷物を受け取ってくると立ち上がった。
もちろんステラはメイドとして「私が」と名乗り出たのだが、これもまた優しく制されてしまったのは言うまでもない。オーランドを見送り、一人になったステラがゆっくりと息を吐いた。
目の前にはセントレイア号。
純白の船体に描かれた黄金の文字は美しく、海面と共に日の光を浴びて輝いている。
眩く、豪華な客船。通り掛かりの者達が口々に褒め、中には立ち止まって眺めて感嘆の声を漏らす者までいる。それほどなのだ。
スレダリアに泊まる客船で、いや、世界を巡る客船の中でもこれほどのものはそう無いだろう。
今の今までこの客船に乗って海の上を渡っていたというのに、こうやって船体を眺めていると夢物語に出てくる船のように思えてしまう。
「ステラ、待たせたな」
「いえ、大丈夫です。それより荷物ありがとうございました。……あら、それは」
オーランドが手にしているものを見つけ、ステラが瞳を輝かせた。
彼が手にしているのは、真っ赤な皮に包まれたドラゴンフルーツ。
所々反り返るように向けた皮は赤く、それでいて半円に切られて見える中身は白い。小さな種が散りばめられ、見るからに瑞々しさが分かる。
旅の出発の日、客船を待つ間に二人で食べたものだ。
曰くトランクを受け取りに行く際にフルーツ屋に立ち寄り、並ぶ果物の中からドラゴンフルーツを見つけたのだという。懐かしさから買ってしまったと笑いながら差し出してくるオーランドに、ステラも礼を告げて受け取る。
「店主が俺達の事を覚えていたよ」
「まぁ、本当ですか?」
「フルーツを剥いて貰っている最中に旅の話をして、去り際に『新婚旅行に行く際はまた立ち寄るよ』って言ったら不思議そうにしていたな」
その時の店主の反応を思い出しているのか、オーランドが悪戯っぽく笑う。
フルーツ屋の店主は、旅に出るステラとオーランドを新婚夫婦だと勘違いしていた。わざわざハート型に切ったイチゴを添えて「良い新婚旅行を!」と告げてきたのだ。
だが新婚旅行から戻ってきたはずのオーランドが『新婚旅行に行く際は』と話すのだから、さぞや店主は混乱したことだろう。次に訪れた時はどういう事か説明を求められるかもしれない。
今と同じようにドラゴンフルーツを食べ、店主に説明し、そして再びセントレイア号に乗り込んで旅に出る……。
なんて楽しみなのだろうか。
ようやく帰ってきたばかりなのに次の旅を想像し、ステラが自分自身を気が早いと笑う。
だがそれに対してオーランドが穏やかに笑みをこぼし「それほど先の話じゃないさ」と返した。彼の瞳がじっとステラを見つめてくる。
彼の言わんとしていることを察し、ステラもまた微笑んで「そうですね」と頷いて返した。
ドラゴンフルーツのほんのりと甘く瑞々しいのど越しを堪能しつつ、長閑に楽しく話をしながらセントレイア号を眺める。
準備が整ったのかタラップがゆっくりと引き上げられ、船体が揺らぎ始めた。それを受けて海面も揺れ、出航を知らせる笛の音が高らかに鳴り響く。
そろそろだと察してステラが立ち上がれば、甲板にカルテア達が出てきた。こちらに気付いて手を振ってくれるが、何かに気付いたのかマルドと顔を見合わせて笑い出した。
「ステラ、また食べてるのね」
「まぁ、マダム、そんな大きな声で『また食べてる』なんて言わないでくださいな」
陸地と甲板では距離もあり高低差もある。声が届かないというほどではないが、会話をするには些か声を張り上げる必要がある。
当然だが声をあげれば周囲に聞かれてしまう。そんな状態で「また食べてる」と言われ、ステラが慌てて食べ終えたドラゴンフルーツの皮を背中に隠した。
だが今更隠したところでカルテア達にはバッチリと見られており、それは何かと問われればステラも答えないわけにはいかない。ドラゴンフルーツだと答え、内心でケーキやお菓子では無かっただけマシだと自分に言い聞かせる。
「マダム、どうかお元気で。必ずお手紙を出しますね」
「えぇ、二人に呼ばれるのを楽しみにしてるわ」
そう互いに声を掛け合えば、まるでタイミングを見計らったかのように客船がゆっくりと進み始めた。
波に揺れて停泊していた時とは違う、海をかき分けて進む音は豪快で、これでは声を掛けても届かないだろうとステラは口をつぐんだ。交わしたい言葉は山のようにあるが、それを言い出したらきりがない。
代わりにと大きく手を振れば、カルテアとマルドも振り返してくれた。
甲板に出ていた他の旅客や港側の者達も手を振り合う。
昼過ぎの目映い晴天のもと、なんとも晴れやかな出航ではないか。
セントレイア号はこれからまた様々な国を巡り、数え切れぬほどの人を乗せるのだ。そして自分もその一つに加わることができたのだと思えば、ステラの胸に感慨深いものが沸き上がる。
その思いを胸に、徐々に客船が小さくなり次第にその姿も見えなくなり、海上の小さな点になって消えていくまでをじっと見届けた。
眼前には広大な海。
先程までそびえたっていたセントレイア号の姿も、いまはもう確認できない。
寂しさと、そして旅を終えた達成感が胸に湧く。
「それじゃ、家に帰ろうか」
「えぇ、そうですね。……まぁぼっちゃま、いえオーランド様、トランクは自分で持ちますよ」
オーランドが二人分のトランクを持つのを見て、ステラが慌てて彼の手から己のトランクを取ろうとする。
だがステラの手がトランクに触れるより先に、オーランドが歩き出してしまった。ステラの手が空しく宙を掻く。
これもまた旅に出る時に行ったやりとりだ。あの時と同じように「なんて強引なぼっちゃま」と冗談めかせば、オーランドも思い出しているのだろう、楽しそうに笑った。




