02:二人の世界
聞き覚えのある声に振り返れば、こちらに歩いて来るのはカルテアと彼女の夫マルド。
その姿にステラが嬉しくなり「マダム!」と声をあげると共に彼女へと駆け寄っていった。カルテアも走りこそしないが小走り目に歩き、再会の言葉を交わすよりも先に抱きしめ合う。
「嬉しい、また戻ってきてくれたのね。おかえりなさい」
「マダム、お久しぶりです。お元気そうでなにより」
「貴方達も元気そうでよかったわ。ねぇ、いろんな国を見てきたんでしょう? さっそく話を聞かせてちょうだい」
「えぇ、ぜひ。マダムにお話したいことがたくさんあるんです」
母娘といえるほどに年の離れた二人が、揃えて少女のようにはしゃぎ合う。
そんな二人を見守りつつ、オーランドとマルドも握手を交わす。さすがにステラ達のようにはしゃいだりはしないが、互いに無事を喜び旅を労う。ステラとカルテアがはしゃぐ母娘だとしたら、二人は成長を確認しあう父息子といったところか。
「もっと分かりやすく喜べばいいのに」とは、そんな男達の静かな再会を見ていたカルテア。相変わらずな彼女にステラも苦笑を浮かべる。
そうしてさっそくティーサロンへと入り、旅の思い出話を……となったのだが、ステラが話し出すより先に、テーブルを挟んで座っていたカルテアが「それで」とグイと身を乗り出してきた。
彼女の瞳がキラキラと輝いている。心なしか頬まで赤くなっており、その姿は少女を通り越して子供のようだ。
マルドもコーヒーを飲みつつ視線を向けてくるあたり、カルテアほどではないが好奇心を隠しきれていない。落ち着き払った態度ではあるが、その瞳は妻同様に輝いている。
「二人はスレダリアに帰るのよね?」
「はい。セントレイア号に乗ってスレダリアの港まで向かいます」
「二人で、よね?」
念を押すようカルテアが確認してくる。
彼女はステラが旅に出た目的を、美味しいもの巡りではなく『結婚相手を探す』という目的があると知っているのだ。そして知っているからこそ『オーランドと二人で帰国する』という事がどういう意味かを理解している。
だがあえて具体的には口にせず確認にとどめるのは、ステラの口から説明を求めているからだ。
カルテアの言わんとしていることを察し、ステラは頬を赤くさせ、
「……はい。オーランド様と、結婚を前提にお付き合いしております」
そう、はにかみつつ答えた。
その瞬間のカルテアの嬉しそうな表情と言ったらない。瞳をこれでもかと輝かせ、赤い口紅を塗った唇が弧を描く。妖艶な赤い唇。その隣には、彼女が世界を旅する切っ掛けであり、そしてマルドを虜にした黒子がある。
その黒子と共に笑みながら、カルテアがステラとオーランドの交互に視線を向けてきた。
「ステラはちゃんと見つけたのね。……いえ、見つけたというより、気付いたと言った方が正しいかしら。ねぇあなた、旅に出て恋に落ちるなんて私達みたいじゃない」
上機嫌でカルテアが隣に座るマルドに寄り添う。
ステラとオーランドの姿に自分達の若かりし頃を思い出しているのだろう。カルテアはうっとりと目を細め、マルドは愛しそうに彼女の腰に手を回している。
誰が見ても仲睦まじい夫婦だ。見つめ合う瞳には愛が溢れている。
そんな二人に「私達みたい」と言われ、ステラは照れくささを感じつつも隣に座るオーランドを見上げた。彼も気恥ずかしそうにしているものの、その表情はどことなく満更でも無さそうだ。
そんな二人の反応に初々しさを感じ取ったのか、カルテアの瞳がより輝きだした。
「どうしましょう。二人がどうやって進展したかを聞きたいけど、旅の話を順番に聞いた方が良いかしら。でも二人の昔の事も聞きたいわ!」
興奮気味にどうしようかと話すカルテアを、マルドが優しく宥める。
それにより少しは落ち着いたのか、カルテアが恥ずかしそうに笑むと品良く紅茶を一口飲んだ。
といっても瞳はいまだ輝いており、ふぅと一息吐いて再び身を乗り出してくる。落ち着きはしたが、興味も興奮もまったくさめてはいないのだろう。
「スレダリアに着くにはまだ時間があるものね。ゆっくり聞かせて貰うわ。なんだったら夜は私達の部屋に来て、一晩中話を聞かせてちょうだい」
「こらカルテア、嬉しいのは分かるが少し落ちつきなさい。二人共すまないな、妻は二人の事を随分と気に入っていてね」
曰く、ステラ達が客船を降りてからもカルテアはステラとオーランドの事を考え、「今はどこに居るかしら」だの「何か美味しい物を食べているかしら」だのとふとした時に話題に出していたという。
それほどまでに思ってくれていたのだ。そう考えるとステラも嬉しくなり「一晩でも二晩でも!」と意気込んだ。
旅の思い出話は語っても語りつくせないほどだ。そのうえカルテアは旅に出る以前のステラとオーランドの話も聞きたいと言うのだから、これは時間がどれだけあっても足りない。
そうステラまでも興奮すれば、マルドが苦笑を浮かべた。
「カルテア、若い二人の邪魔をしてはいけないよ。特にオーランドとステラは結ばれたばかりなんだから。ほら、私達だって結ばれたばかりの時は二人きりで過ごしていただろう」
「あら、そうね。私ってばつい嬉しくって……。でも懐かしいわ。いつも二人で居たのよね」
「お前は気付いて居なかったかもしれないが、みんな気を使ってくれていたんだ。それどころか中には『後はうまくやれよ』と私に目配せをして去っていく者すらいたほどだからな。今度は私達がその番だ」
「えぇそうね」
マルドの話にカルテアがうっとりとして頷く。
『若い頃は二人きりで過ごした』というが、いまだに二人きりの世界ではないか。
もっともカルテアはうっとりと蕩けた表情を直ぐに好奇心旺盛な少女のものにもどし「でも夕食は一緒に食べましょうね!」と誘ってきた。果てには「夕食後にはお茶をして、その後にステラをオーランドに返すわ」とまで冗談めかして言ってくるのだ。
この譲歩案は良しと判断したのか、マルドも止めることなく愛おしそうに彼女を見つめている。
「それなら、さっそく話を聞かせて。そうね、まずは……」
今のカルテアはまるで就寝前に昔話を強請る子供のようではないか。
これは長くなるとステラとオーランドは顔を見合わせ、それでも彼女が満足するまで付き合おうとどちらともなく苦笑を浮かべた。




