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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第6章【あなたと食べるあったかお鍋】
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10:甘いチョコレートをお土産に

 


 翌朝、ゆっくりと朝食をとり、昼過ぎから出発の準備をする。

 別れ際にハルから「もしどこかでまた息子と会ったら、たまには帰ってくるよう一発殴って伝えておいてください」と上品に物騒な事を言われ、スズからは「兄さんは頑丈だから大丈夫」というフォローを入れられた。

 ミニャレットは必ず遊びに行くと約束し、どうやらその際はサイラスが同行してくれるらしい。「一人で行けるもん」と意地を張るミニャレットの頭を、サイラスが大きな手で撫でる。



 そんな彼等に見送られ村を出て、まず向かうは最寄りの町。

 そこから更に馬車を乗り継いでいけば、自然溢れるのどかな景色が次第に栄えはじめてきた。

 建物が並び、人の行き交いが多くなる。それに伴い辻馬車の数も増え、夕刻には随分と大きく賑やかな町に着いた


「宿も取れたし、セントレイア号が今どこにいるか聞いてこよう」


 そう告げて、オーランドが店に入っていく。ステラはその並びにあるチョコレート店で待つことになった。

 もちろんステラも最初は「私も一緒に行きます」と申し出た。思い返せば、行きの乗船券は彼の親に、汽車のチケットもオーランドに……と旅券に関しては頼りきりではないか。

 いかにオーランドが頼もしいとはいえ、全て彼に丸投げして自分は買い物としゃれ込むなんて出来ない。

 だが……、


「混んでるから俺だけ行ってくるよ」

「いえ、オーランド様に頼り切りになるのはいけません。今度こそ私が手配いたします!」

「そうか? でもできればステラには隣にあるチョコレート専門店を調べてほしいんだ。母さんに買って帰りたいんだが、俺はどうにも甘いものは門外漢で、どんなチョコレートを買えばいいのかさっぱり分からない」

「お任せください!」


 という流れで、オーランドは旅券の手配に、ステラはチョコレート専門店へと向かう結果になってしまった。

 試食をコロコロと口の中で転がし、その甘さを堪能しつつ「まったくオーランド様ってば」と主人の……もとい、恋人の少し強引な優しさを実感する。

 優しさも甘く、試食も甘く、店内に満ちるチョコレートの香りも甘い。なにもかも甘い。


 もっとも、当然だが試食するだけではなくきちんと土産品を選んでいる。

 まず選んだのは、オランジェット。

 オーランドの母親であるガードナー夫人はこのチョコレートが大好きで、「こればっかりは食べ過ぎちゃうわ」と細身信仰のスレダリアらしからぬ食欲を見せていた。――もっとも、夫人の言う「食べすぎ」もステラからしてみれば少食に過ぎないのだが――


「せっかくですもの、奥方様にはとっておきの品を堪能していただかないと」


 そう気合を入れ、店員に案内されつつ目当ての品が並ぶコーナーへと向かう。

 オランジェットとは、オレンジの皮を砂糖漬けにし、それをチョコレートでコーティングしたものである。チョコレートの甘さとオレンジの香り、そして砂糖漬けの皮の甘さの中にあるホロ苦さが魅力だ。

 さすがチョコレート専門店だけありオランジェットだけでも種類が豊富で、目移りしそうなほどに並んでいる。

 人気商品はもちろん、王道の商品は欠かせない。珍しい柑橘系を使ったものは当然買うとして、夫人が驚いてしまうような変わり種もお土産ならではだろう。

 更にはそのどれもが試食可能というのだから、ステラが心の中で袖まくりをして気合を入れたのは言うまでもない。




「……あら、気付けばこんなに」


 そうステラが呟いたのは、オランジェットを選び終えた直後。

 厳選したつもりだが、気付けば手にはいっぱいの……それどころか、店員が用意してくれたバスケットは既に半分近く箱が積まれている。思わず「不思議だわ」と呟き、また一つ箱をバスケットに入れた。

 つまり、それほどまでに厳選に――厳選したとは思えない量だが――集中してしまったという事である。


「でもきっと奥方様は喜んでくださるわ。ぼっちゃま……いえ、オーランド様はまだ戻らないようだし、せっかくだから他のチョコレートも見てみましょう」


 満ちる甘い香りに気分は上がる一方。つられて財布の紐も緩む。

 なにせ店内は広く、どこを見てもチョコレートがあるのだ。

 繊細な絵柄が彫り込まれたチョコレートはまるで芸術品。買って帰り、ガードナー家に来客があった際にお茶請けに出せばきっと喜ばれるだろう。幼い子息令嬢を連れてくる来客もあるので、そういった時はウサギや馬の形をしたチョコレートが喜ばれるかもしれない。

 そんな繊細なチョコレートとは真逆、子供の顔ほどありそうな板チョコレートにナッツが敷き詰められた品の豪快さといったらない。これを買って帰って、メイド仲間と割砕きながら食べるのも良いだろう。


 店内はまさにチョコレートの博覧会、果てにはチョコレートの紅茶まであるではないか。

 一口試飲すれば紅茶の甘さの中にチョコレートの香りが漂う。これも勿論バスケットに入れた。

 奥方様用に一袋、来客用に一袋、それとメイド仲間と飲むために二袋……。


「チョコレートとは、なんて奥が深いのかしら。これは好奇心で手を出せば再現なく沈んでしまう、さながら底なし沼のよう……。チョコレートの底なし沼、恐ろしいわけど素敵だわ」

「チョコレートの沼があったら、ステラは喜んで飛び込むだろうな。だけど危険だから底なし沼はやめてくれ」

「沈むのは危険ですが、ちょっと手で掬うくらいなら底なし沼でも安全……。あらぼっちゃま」


 独り言のつもりがいつの間にか会話になり、驚いて振り返れば苦笑するオーランドの姿があった。

 封筒を手にしているあたり、旅券を買い終えて迎えにきてくれたのだろう。

 だがどこかそわそわと落ち着きなく、ステラがどうしたのかと彼の顔を覗き込んだ。


「ぼっちゃま、どうなさいました? 何か問題でもありましたか?」

「だからぼっちゃま呼びは……いや、今はそれより旅券の話か。ここから一番近い港に、明日の夜セントレイア号が着くらしい」

「本当ですか! 嬉しい、マダム達に会えるかしら!」

「だけど客室が……」


 言い掛け、オーランドがムグと口を噤んだ。

 客室に何か問題があるのだろうか。満室で部屋がとれなかったというなら、船が停泊している間にカルテア達に挨拶だけ済ませてもいい。

 そうステラが話すも、オーランドは歯切れの悪い口調で「空室はあったんっだが……」と続けた。

 この話にステラも傾げていた首を今度は逆方向へと傾げた。セントレイア号が寄港するのは明日の夜、聞けば明日の昼過ぎに出発すれば十分に間に合うという。それに空室もあった。

 いったい何の問題があるというのか。


「もしや、一番お値段が高いお部屋ですか? どんなお値段でも余裕です……とまでは言えませんが、蓄えは残っていますよ」

「いや、旅費の事じゃないんだ。……ただ、一部屋しか空いてなくて」


 同じ部屋だ、とオーランドがポツリと呟いた。

 それを聞いたステラがしばらくポカンとし……途端に頬を赤くさせた。

 顔が熱い。いや、顔だけではない。持っていたチョコレートの箱を慌てて手近にいた店員に預けるのは、持っていたらすぐに溶かしてしまいそうだからだ。


「ひ、一部屋……ですか……」

「もちろん俺は何もしないと約束する。ソファーで寝るから安心してくれ!」

「そんな、ぼっちゃまをソファーで寝かせるなんて出来ません。私がソファーで眠ります!」

「いや、俺だってステラをソファーには寝かせられない!」


 二人そろって顔を赤くさせ、自分がソファーで眠ると言い張る。互いが大事だからこそ譲れないのだ。

 だがこれでは堂々巡りで埒があかない。そう考え、ステラとオーランドが同時に深く息を吐いた。休戦の合図である。


「このまま言い合っていても決着はつきそうにないな。とりあえず、買い物を終えようか」

「そうですね。客船に乗れるのならマダム達にもお土産を買いましょう。いっそマダムにどちらがソファーで眠るか決めて頂いてもいいかもしれません」

「二人でベッドで寝ないと船から突き落とす、と言われそうな気もするが」

「そ、それはいけません!」


 オーランドの言葉に、再びステラが顔を赤くさせた。落ち着いたはずの熱が再びボッと燃え上がる。

 確かに恋人になったが、その翌日に一つのベッドはさすがに急すぎる。

 オーランドは何もしないと言ってくれたし、彼は約束を破るような男性ではない。誠実で紳士的で優しく、ステラが「待ってください」と言えばいつまでだって待ってくれるだろう。

 だけど、たとえば腕枕とか、抱きしめながら眠るとか、おやすみのキスとか……。ステラの胸の内に湧いた「それぐらいなら」という感情が、どんどんとハードルを下げてくるのだ。


「申し訳ありませんが、買ったチョコレートはぼっちゃまが持ってください。私が持ったら全て溶けてしまいそう……」


 ほぅと吐息を漏らしつつステラが訴えれば、同じように頬を赤くさせていたオーランドが己を手で扇ぎながら「もう少し店内を見ようか」と時間稼ぎを提案した。



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