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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第5章【魅惑のトーストを一緒に】
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04:食堂車で思い出を

 


 ステラはオーランドの上着を羽織ってご機嫌で、対してオーランドはそんなステラを見つめて時折にやけながら、食堂車があるという車両へと向かう。

 そこには既に数人の客が席に着いており、窓の外を流れる景色を楽しみながら談笑していた。落ち着いた喫茶店のような穏やかさが漂っている。

 ステラとオーランドも一角のテーブルに着き、メニューが書かれている小さなスタンドを覗き込んだ。夜間のメニューなのだろう、紅茶と酒とコーヒー、それに軽食としてのサンドイッチと数種類のケーキ。

 それを見て、ステラが「ケーキ」と小さく呟いた。なんて魅惑的な単語だろうか。


「俺はコーヒーにしようかな。ステラはどうする?」

「私は紅茶とケーキ……いえ、紅茶だけにします!」

「どうした?」

「ぼっちゃまとスレダリアの事を話していて、皆に言われた事を思い出したんです。ここでもケーキを食べたと知られたら、メイド仲間から『ステラはケーキを食べに旅に出た』と笑われてしまいます」


 それに時間が……とステラが車両の壁に掛かっている時計を見上げた。

 時刻は既に遅い。

 食べる事を制限するなど邪道と考えているステラだが、流石にこの時間の甘い物は危険だと分かる。美味しいものを食べたいだけで、太りたいわけではないのだ。

 そうステラが話せば、オーランドが意外だと目を丸くさせた。次いでふっと堪えきれないと笑いだした。


「ステラとセントレイア号の話をして思い出した。今ステラは凄い速さで走っているんだよな」

「えぇ、汽車に乗ってですが」

「だけど早く走っている事に変わりはないだろう。それなら疲れるだろうし、甘い物を食べても仕方ない」


 なぁ、とオーランドが同意を求めてくる。

 彼の言ったことは、セントレイア号で交わしたやりとりそのままだ。客船内で外を眺めつつ、二つ目のケーキを食べるためのステラの無茶な言い訳。

 それを改めてオーランドから言われると恥ずかしさと懐かしさが綯交ぜになり、ステラが拗ねるようにそっぽを向いて「もう、ぼっちゃまってば」と文句を言った。

 だが文句を言いつつもちゃっかりとケーキを頼んでおく。ミルクティに合いそうな紅茶のシフォンケーキだ。

 生クリームを添えるかと給仕に尋ねられ、ステラはチラとオーランドの様子を窺った。

 彼は窓の外を眺めており、店員の質問は聞こえていない。……わけがなく、聞こえていないふりをしてくれている。ならばこの隙にとステラは頷いて給仕に生クリームの追加を注文した。

 なんともわざとらしく、そして嬉しくて楽しいやりとり。


 そうして運ばれてきた紅茶とケーキを堪能する。

 甘いミルクティーに、ほんのりと紅茶の香りが漂うシフォンケーキ。窓の外を見れば満点の星が広がっており、紅茶とケーキを堪能しながらその中を駆け抜けていると考えると不思議な気分になってくる。


「こうやっているとセントレイア号を思い出すな」


 一口コーヒーを啜り、窓の外を眺めつつオーランドが懐かしむように話し出した。


「えぇ、豪華な客船でまるで夢のようでした。きっとマダム達は今も船に乗っているんでしょうね」

「そうだな、今も窓の外を眺めながら旅行客と話をしているかもしれない。もしかしたら俺達の事を思い出してくれているかもな」

「まだ戻ってこないと言われていたらどうしましょう。もしお待たせしていたら、土産話をたくさんお話しないと」

「夫人を満足させないと船から突き落とされるな」

「水着に着替える時間はありますかねぇ」


 ステラが冗談めいて返せば、オーランドがつられて笑う。

 客船で出会ったカルテアは旅行客と話すのが好きで、別れ際には楽しい旅行話を持って帰ってきてくれと言ってきた。きっと再会の際にはこれでもかと喜び、そして旅の話をと求めてくる事だろう。

 カルカッタでの騒動を話そうか、それとも砂漠の事か、ナンシーとナンシー乗りの話もきっと笑いながら聞いてくれるだろう。オアシスは客船とは違った優雅さで、もしかしたらカルテア達も興味を抱いて船を降りてオアシスに行く決心をするかもしれない。


「目玉焼きトーストの事もお話しなくてはいけませんね。それにカレーも、かき氷も……。あぁでも、私の語彙力で美味しさが伝わるかしら……!」

「ステラは相変わらずだと笑われそうだな」

「あら、そんなことありません。オアシスで水着に着替えたと話せば、きっとマダムは褒めてくれるはずです」


 あれこそ自分の成長だとステラが訴える。

 なにせ、カルテアと出会った時のステラはドレスに着替えるのが嫌で、カーテンの布を体に巻き付けると喚いていたのだ。

 そこを彼女に話しかけられ、胸元の開いた大胆なドレスに着替えさせられた。……隠せば船から突き落とすという脅し付きで。

 だがオアシスで纏った水着はあの時のドレスよりも布が少なかった。胸元どころか腰や腹、足元も布を巻いてはいるが大胆に晒していた。ドレスどころではない、下着同然の布面積だ。

 客船でドレスを前に悲鳴をあげていたステラしか知らないカルテアが聞けば、さぞや驚く事だろう。

 それを想像すれば、またカルテア達に会いたくなってきた。


「マルミットに着いたら、セントレイア号が今どこにいるのか聞いてみよう。近くに停まっているなら、マルミットで鍋を食べたら乗りにいってもいい」

「えぇ、そうですね……。ですが……いえ、なんでもありません。きっとマダム達も喜びます」


 一瞬言い淀み、ステラが誤魔化すように笑った。

 紅茶を飲みつつ、オーランドには気付かれないように財布の中身を思い出す。

 食事はオーランドに出してもらい、バイクもオーランド持ちで借りた。宿泊代こそ「自分の分は自分で出します!」と押し通して払っていたが、それだってステラの隙を見て支払われていることもあった。――その際のオーランドのスマートさと言ったらなく、ステラが慌てて払うと訴えても「何のことだか」としらばっくれてしまうのだ――

 有難い事にお金はあまり減っていない……のだが、セントレイア号に掛かる費用はそういった次元の話ではない。部屋によってはそこいらのホテルの宿泊代など足元にも及ばないのだ。

 それでも一番安い部屋なら残ったお金でどうにかなるだろう。そうステラが考え直せば、察したのかオーランドが「心配するな」と笑った。




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