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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
プロローグ【食いしん坊メイド、世界へ!】
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04:馬車とキャロットケーキ

 

 船が着く港までガードナー家が手配してくれた馬車で数時間。上質の馬車は振動も少なく、そのうえ当然だがステラとオーランドの貸し切りである。

 港まで乗合いの馬車で向かおうと考えていたステラにとって、早くも同行の恩恵と言えるだろう。

 そう礼を告げれば、オーランドが嬉しそうに「役に立っただろう」と笑った。

 そのうえ彼は掛かる旅費全て自分が負担するとまで言い出すのだ。これにはステラも慌てて断りを入れた。

 二人旅になったとはいえ、自分の目的をもって世界をめぐるのだ。彼に負担させるわけにはいかない。


「長年ガードナー家に勤めてまいりました、蓄えは充分にあります」

「いや、だが」

「ガードナー家のご負担になるわけにはいきません!」


 きっぱりとステラが告げれば、オーランドが気迫に負けてコクコクと頷く。

 次いで折れたことを誤魔化すようにコホンと咳払いをし、「それなら」と話し出した。


「それなら、せめて外食の時は俺に出させてくれ」

「外食ですか?」

「あぁ、男の見栄だ。その代わりにステラには手紙を出してもらいたい」

「どなたへの手紙でしょうか」

「母さんが『手紙がほしい』って言ってただろ。きちんとした報告なら出来るんだが、どうにも家族にあてるっていうのは恥ずかしくて」


 苦手だと話すオーランドに、ステラが苦笑を浮かべて頷いて返した。

 食事代は払う、その代わりに恥ずかしくて苦手な家族への手紙を……とは、紳士的でありながらもどことなく可愛らしい提案だ。これにはステラも笑みを零し頷いて返した。「では、お願いしますね」と告げれば、逆に「俺の方こそ」とオーランドが頼んでくる。

 どうやら本当に家族への手紙が苦手らしい。とりわけ実母への手紙となれば尚更なのだろう。


「国の情勢や商談についてなら細かに書けるんだが、母さんがそんな手紙で喜ぶとは思えないしな」

「確かに奥様は喜びませんね。ぼっちゃまが帰ってきても『もう一回行って、今度こそ洒落た手紙をよこしなさい』と追い出されるかもしれません」

「二度とガードナー家には帰れないな」


 母に追いだされる自分の姿を想像しているのか、オーランドの眉間の皺がよる。

 なんとも苦々しいその表情に、ステラが笑みを浮かべつつ「任せてくださいな」と彼を宥めた。生憎とステラは国の情勢や商談については書けないが、彼の母が喜びそうな手紙ならば書ける。それに、頼まれずとも手紙を出す予定だったのだ。

 それを話せば、オーランドが安堵するように表情を緩めた。そうして吹き抜ける風にふと窓の外へと視線をやり、遠くに乗り合いの馬車を見つけると「そういえば」と話し出した。


「旅の最中には乗り合いの馬車にも乗るよな。実を言うと、乗り合いの馬車に乗ったことがないんだ」


 前から乗ってみたかった、そう笑いながら話すオーランドに、ステラがキョトンと目を丸くさせた。

 だが確かに、彼はガードナー家の子息、常に自家の馬車に乗り、出先で用があったとしても一等の辻馬車を手配するのが当然である。乗り合いの馬車など縁のないものだ。

 だが今からガードナー家を出て、それどころか国を出て世界を旅する。常に辻馬車を手配するわけにもいかないだろう。


「ですが、乗り合いの馬車なんて楽しいものじゃありませんよ」

「良いんだ、昔から興味があった」

「混んでいると乗れない時もありますし、夜になると酔っ払いも増えます。特に夜は厄介で、不埒な酔っ払いと乗り合わせてしまうと……」

「乗り合わせてしまうと?」

「降り際にお尻をサワリと触られてしまいます」


 困ったものだとステラが溜息を吐く。

 スレダリアは治安の良い国だ。だがいかに治安が良くても酔っ払いの助平心までは取り締まれない。

 そうステラが話せば、オーランドが慌てて「それは大変だ!」と声をあげた。ここが彼の部屋であったなら、立ち上がりインク瓶でも引っ繰り返しかねない勢いである。


「ステラも触られたことがあるのか!?」

「私は大丈夫ですよ。私のお尻は殿方に好まれるものじゃありませんし」


 コロコロとステラが笑って答える。この点に関してのみ、丸みを帯びたお尻に感謝だ。

 なにせスレダリアは細身信仰、肉の薄いお尻こそ美とされている。触られるのはいつだって細身の娘だ。

 そう陽気に話すステラに対し、オーランドは何やら真剣な真剣な面持ちで考えを巡らせ始めた。


「あとで時間を見つけて父さんに手紙を書こう」

「旦那様にですか?」

「あぁ、まさかメイド達がそんな目に遭っているとは父も母も知らないはずだ。使いの戻りが遅いときは屋敷から馬車を出すよう提案してみる」

「まぁ、そんな……」

「働いている者の環境を整える、それが主人の務めだからな」


 そう話すオーランドに、ステラが感心すると共に吐息を漏らした。

 たかがメイド、それも触られるだけで殺されるわけでもない、そう聞き流してしまうことも出来る話だ。ステラ自身、改善を求めて話したわけではない。

 触られたメイドだって「次会ったら捕まえてやる!」と恐怖より怒りが勝っている。――外見がいかに細くて華奢でも、内面にまでは反映されない。先日お尻を触ってきた酔っ払いを走って追いかけ捕まえたエリーが良い例である――

 だがそんな話をオーランドは真剣に聞き、それどころか改善策まで立ててくれた。

 なんて優しいのだろうか。思わずステラが見惚れるように彼を見つめる。


「私共のことまで考えてくれるなんて、ぼっちゃまは立派になられましたね」

「立派になったならぼっちゃま呼びは辞めてくれ。それに当然だろ、みんな大事なガードナー家の者だ。と、特に、ステラは……ステラのことは……」

「小さい頃は馬車の馬が怖いと泣いていたのに、本当に立派になられて」


 昔を思い出しステラが懐かしめば、オーランドが出掛けた言葉をムグと飲み込んだ。

 彼の眉間に皺が寄る。


「それは七歳の頃だろう。それにただ怖くて泣いたわけじゃない、人参をあげようとしたら他の馬にもせっつかれて囲まれたんだ」

「そうそう、馬に囲まれて見えなくなってしまって、旦那様が慌てて助けにいったんですよね。なんて懐かしい。そういえばキャロットケーキがありますが、召し上がりますか?」

「……貰おうか」


 オーランドががっくりと肩を落とす。だがそれにステラは気付くことなく、懐かしみながらトランクを開けた。

 出掛けに屋敷のパティシエが持たせてくれたキャロットケーキだ。出発の時間を考えて焼いてくれたのだろう、包みを持てばまだ温かさが伝わってくる。


(本当はこれにたっぷりと生クリームをのせたいところだけど、馬車の中だもの贅沢は言えないわ)


 そう己に言い聞かせキャロットケーキを切り分けると、それを見ていたオーランドがふっと小さく笑みを零した。


「ステラのトランクは食べ物でいっぱいだな」

「まぁ、笑うなんて失礼ですよぼっちゃま。それに全部保存が利いて美味しいものです」

「だからって半分以上は入れ過ぎだろう」

「衣服は現地調達しようと考えていたんです。その国の衣服を纏い、国の文化を身をもって体感するんです。もう、失礼なぼっちゃまにはキャロットケーキはあげませんよ」


 笑われたことが恥ずかしくなり、ステラがふいとそっぽを向いた。

 切り分けたばかりのキャロットケーキを包み直してトランクに戻し蓋を閉じる。バタンと勢いよく閉めるのは、もちろん怒っていると訴えるためだ。

 それを察したオーランドが慌てて謝罪の言葉を口にしてくる。

 悪かった、すまなかった、そう必死に謝る姿に普段の勇ましさは無い。


「前言撤回です。女性のトランクを覗いて笑うような方は立派な大人とは言えません。当分はぼっちゃまですね」

「それは色々と困る……! なぁステラ、笑ってすまなかった。機嫌を直してくれ」

「ぼっちゃまの頼みと言えどこれは無理です。ぼっちゃまは女性を怒らせる恐ろしさを学ぶべきです」

「もう十分学んだよ。そうだ、乗船まで時間があるから港に着いたら何か食べよう。もしかしたらフルーツの屋台が出てるかもしれない」


 苦し紛れのオーランドの提案に、ステラがチラと横目で彼に視線をやった。

 港には日々海を越えてきた船が着く。それは今から乗る客船に限らず、商船や、中には個人で小さな船を所有し自ら操作して海を渡ってくる者もいる。

 それと同じだけ船が出ていくのだから、港とは大陸の玄関だ。

 そんな場所だけあり、港には珍しいものが多く売られている。ステラも休みの日にメイド仲間や友人と港に遊びに行き、見たこともない菓子やアクセサリーを買ったりもした。

 オーランドが話題に出したフルーツの屋台も訪れた事がある。港の名物の一つだ。

 それを思い出して僅かに表情を和らげれば、この話ならばと手応えを感じたのかオーランドが「それに」と続けた。


「これから乗る客船は常に世界を回っていて、訪れた先で材料を入手して食事に出すんだ。その時その時期で入手出来る材料も変わるから、乗船客も何が食べられるのかテーブルに着くまで知らされないらしい」

「まぁ、面白そう」


 船旅らしい話にステラが表情を明るくさせた。

 何が食べられるか分からない、もしかしたら見たことも聞いたことも無いような珍しいものが出てくるかもしれない。テーブルについて、未知の材料と初対面を果たし、そして口に運ぶ……。

 考えただけでワクワクしてしまう。

 もちろん、どんな材料であろうと客船のシェフが料理するのだから味は確かである。だからこそこの気まぐれなメニューは人気があり、旅よりも食事を目当てに乗船する者も少なくないという。


 なんて魅力的なのだろうか。ステラが期待に瞳を輝かせ……ハッと気づいて慌てて顔を背けた。

 己の機嫌が一瞬にして治ってしまった事に気付いたからだ。それも食事の話題で。

 しまったと内心で呟きつつオーランドの様子を窺えば、彼は嬉しそうに微笑んでいる。してやられた、と心の中で悔やむも遅い。


「船旅らしく魚料理が多いらしい。せっかくだし、珍しい魚が出ると良いな」

「ぼっちゃまにはペンギンを出して貰いましょう」

「勘弁してくれ、あれは食べられない」


 ステラの精一杯の仕返しに、オーランドが困ったと言いたげに頭を掻く。

 豪華な客船のレストラン、誰もが楽し気に食事をする中、オーランドの前にはペンギンが一羽……。もちろん生きたままだ。あんな可愛らしいものを料理なんて出来るわけがない。

 これは三人旅になるかもしれない、そうステラが冗談めいて告げれば、オーランドがそれも楽しそうだと笑った。


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