02:革命トーストの伝道師
同じランチボックスを手に、二人で汽車に乗り込む。
客室こそ取れなかったものの、二人並びのシートはふかふかと柔らかく座っても余裕があり、折り畳み式のテーブルも用意されている。足元も広く、これならば快適な旅を過ごせるだろう。
「マルミットまでは五時間近くかかるらしい。到着したらもう深夜だな、着いたらすぐに宿を探そう」
乗車券と一緒に貰ったパンフレットを見つつ、オーランドが話す。
それを聞きながらステラはいそいそと食事の準備を始めていた。目玉焼きトーストと一緒にお茶も買った。だがそれらをテーブルに乗せるための敷物がない。
テーブルに直に置けばいいと話すオーランドを横目に、ステラは得意気にトランクを開けた。中から取り出したのはペーパーのランチョンマットだ。花の絵柄が描いており、さっとテーブルに広げるだけで華やかになる。
「これは?」
「砂漠に出る前に買っておいたんです。外で食事をする時に汚れないよう敷いたり、シンプルなパンはこれで包んだりするそうですよ」
「なるほど、これなら簡単に捨てられるから食後の片付けも楽だな」
「えぇ!」
得意気にステラが胸を張り、ペーパーを敷いたテーブルに目玉焼きトーストとお茶を配膳する。
「なるほど、自慢したかったんだな」というオーランドの言葉はこの際なので聞かなかったふりをして、出発を告げる車掌の声と汽笛、それに続いて「いただきます」と目玉焼きトーストに手を伸ばした。
そうしてさっそくとパクリと一口食べ、二口、三口と更に食べ進め……、
「革命……!」
と思わず感動の声を漏らしたのは、目玉焼きトーストのあまりの美味しさからである。
といっても特殊な調味料を使ったわけでもなければ、初めて食べる食材というわけでもない。見た目通り、ベーコンとチーズと卵を乗せたトーストだ。
だというのに、それらが合わさったこの美味しさといったらない。
程良く焼けたパンにチーズとベーコンの油が染み込み、中央の目玉焼きに到達していなくても濃厚な味わいで食が進む。メインの目玉焼きは半熟に焼かれており、ぷっくりと膨らんだ黄身をかじればパンの上に黄色い川がトロリと流れだした。
それがベーコンやチーズと合わされば、各々の濃厚な味わいをより濃くさせる。しっかりと焼かれたベーコンと黄身の組み合わせ、濃い味をトーストが程よく馴染ませてくれる。
スレダリアでも目玉焼きという調理方法はあるが、黄身はしっかりと火を通すのが主流だ。時折は半熟にもするが、ナイフとフォークでは黄身が流れて食べにくく皿も汚してしまうのであまり好まれない。
そんな目玉焼きを半熟にしてパンに乗せ、皿を汚すどころか袋から取り出して素手で持って食べる。
きっとスレダリアの者が知ればマナーが悪いと言うだろう。オーランドが皆の前で披露したらマナーの教師が泡を吹いて倒れかねない。
だけど……。
「すべて理解しました。私が旅に出たのは、この料理の伝道師となるためだったのですね!」
「革命の次は伝道師か。ステラは忙しいなぁ」
「この料理はスレダリアに広めなければなりません。たとえマナーの先生を打ち倒す事になろうとも!」
「大丈夫か、ステラ? あの教師は乗馬と狩猟を嗜んでいて、なかでも狩猟の腕は相当なものだぞ」
「うっ……。だ、大丈夫です。このトーストを伝授するためならば!」
熱意を持って語るステラに、対してオーランドは苦笑しながらトーストをかじる。
だが苦笑しつつも彼の表情が緩んでいるのは、ステラのようなおかしな熱意こそ持っていないが、オーランドもこのトーストを気に入ったからだ。
国一番の名家に生まれた彼にとって、シェフが丹精込めて作った料理こそ常であり、これほどまでにシンプルで大胆な料理は希である。それも皿も用意せず手に持ち、口の端に黄身がつくのも気にせず豪快に齧りつくなど、彼の中のトーストの概念を引っ繰り返したと言っても過言ではない。
スレダリアのガードナー家では考えられない食べ方だ。だがその姿はこの汽車の景色にはよく似合う。
旅の最中に手軽に腹を満たす、そんなどこにでもいる旅人だ。
(お屋敷に居た時とは違うぼっちゃまの姿。きっとマナーの先生も、それどころかメイド長だって見たことないわ)
ガードナー家に仕えるメイド長、ステラにとっては直属の上司にあたる人物だ。老年の女性で腰が曲がっているが、その動きはきびきびとしていて誰よりも働き者である。
若いときからガードナー家に仕えており、オーランドはおろか、彼の父であるガードナー家当主の子供時代にも既にメイドとして働いていた。屋敷のことで知らない事など何一つない、いわばガードナー家の生き字引である。
そんなメイド長も、汽車の中で目玉焼きトーストを大口で齧るオーランドの姿は見たことないだろう。
自分だけが知っているオーランド。
そう考えると胸の内がくすぐられるような感覚を覚え、ステラの表情が緩む。
目玉焼きトーストはスレダリアに伝え広げなければならないと思う反面、彼の普段とは違う姿を自分以外に見せたくないとも思う。
独り占めしたいような、そんな自分勝手で不思議な気持ちになってしまうのだ。
「なんだか不思議なトーストですね」
「そうか? あの売店で一番シンプルで分かりやすい料理だと思うけど」
「そういう事ではありません。もっとこう……奥深く謎めいたものなのです」
「このトーストにそんな奥深さが……?」
怪訝そうにオーランドがトーストを見つめる。
だが見つめるのに飽きたのか、しばらくすると再びトーストを齧った。どうやら奥深く謎めいたものは見出せなかったようだ。そうしてお茶を飲み干すと、ぷはと一息ついて「奥深さも謎も腹におさめてやった」と勝利宣言を口にする。
その潔さにステラが思わず笑い、彼のコップにお茶を注いでやった。
美味しいトーストを堪能し、しばらくは雑談に花を咲かす。
ナンシー乗りは無事にナンシーに乗って砂漠を往復出来るだろうか、旅猫はマルミットに行った事はあるだろうか、客船セントレイア号は今はどこにいるのだろうか……。
今までの土地を思い出してはそこで出会った人達のことを語り、彼等の今を想像し、そして自分達のこれからに思いを馳せる。
なんて穏やかで優しい時間だろうか。
お腹もいっぱいで、汽車の振動がまるでゆりかごのように心地好い。オーランドの低く優しい声は子守唄のようだ。
そんなことを考えていると、ステラの意識が次第に微睡みはじめた。
バランスを保てなくなり、体が右へ左へと揺れる。
時には大きく体を斜めにし、その都度はたと意識を戻して態勢を直し、また船を漕ぎ……。しばらくグラリグラリと体を揺らし、オーランドの手が肩に乗ったことでようやく意識を取り戻した。
(私ってば、ぼっちゃまとのお話の最中に寝てしまうなんて……)
これはメイドにあるまじき行為。むしろメイド云々を抜きにしても会話の途中で転寝など失礼すぎる。
だからこそステラは慌てて「寝ておりません!」とフォローを入れた。
それが逆に寝ていると言っているようなものなのだが、もちろん今のステラが気付くわけが無い。




