06:美味しいお肉!
「お、お肉……こんな、大きなお肉が……!」
「ステラ、その震えは感動なのか?」
「こんな立派なお肉、なんという見事な焼き具合、ソースの滴りが食欲を誘う……。一目で美味しいと分かる、いえ、これはもう見ているだけで美味しい領域……!」
「そうだな、確かに立派な肉だ」
「今理解しました。私、きっとこのお肉と出会う為に旅にでたんです。これは運命の出会い、運命の相手はここに居ました……!」
「……まさか肉料理に嫉妬する日がくるなんて」
片や瞳を輝かせて興奮し、片や溜息混じりに皿に盛られた恋敵をフォークで突っつく。もちろん前者はステラで、後者はオーランドだ。
そんな二人のやりとりにケラケラと笑い声がかぶさる。これはアイーシャだ。
同じテーブルにはダレンとマーサも座っており、二人のやりとりを楽しそうに眺めている。
夕食の準備が整ったと声をかけられ、ステラとオーランドが湖からあがったのが今から数十分前。
オアシスにはレストランは無く、あるのは開けた土地に野ざらしに置かれた剥き身の鉄板とテーブルセットだけ。もちろん客数に応じてテーブルを分けて……などするわけがなく、全て相席である。
ステラとオーランドが案内されながら席に着けば、先に座っていたアイーシャが「新婚夫婦と相席じゃ料理が甘くなるかな」と笑い、他のテーブルの調理を終えたマーサとダレンが料理と共に「お邪魔するよ」と加わった。
そうして、ダレンが豪快な肉を取り出し、このテーブルの調理が始まったのだ。
熱した鉄板に肉を置き、大振りの包丁で切りながら豪快に焼き上げる。目の前で肉が音をたてて焼かれていく様、ダレンの豪快な包丁さばき、タレをかけるたびにあがる煙と音、それに漂う香り、なんと迫力があり魅力的な事か。
あまりの近さに鉄板の熱まで伝わるが、それがまた期待を昂らせる。ぶわりと顔面に掛かる煙さえも熱く、肉が焼ける香ばしい香りを纏っていて食欲を刺激する。
目の前で調理される視覚はもちろん、肉が焼ける音、ただよう香り、そして肌に伝わる熱……。そして最後に食べるのだから、これは五感全てで味わうといっても過言ではない。
ステラが瞳を輝かせ、いまだ豪快な音をたてる鉄板と肉の塊を見つめた。
「奥さんは随分とうちの料理を気に入ってくれたみたいだね。振る舞いがいがあるよ」
「だから奥さんでは……。だけどステラが感動するのも仕方ない、スレダリアではこんな豪快な料理は無いからな。正直に言えば、俺も少し興奮している」
はしゃがない程度に、と付け足すオーランドに、アイーシャが更に声をあげて笑う。
その声にステラがはたと我に返り、感動して鉄板を見つめ過ぎていた己を恥じて頬を染めた。肉料理に感動し我を失うとは、なんて恥ずかしい……。
が、やはり目の前の肉料理は魅力的なのだ。
相手の食べるペースなどお構いなしとダレンは肉を焼き続け、木の器にはあっと言う間に骨付き肉が盛りつけられている。焼けたものから積んでいき、さながら肉の山だ。
大きな肉にしっかりと刻まれた焼き目、上からぶちまけたのだろうしたたるソース。添え物や野菜等はいっさいない、皿いっぱいの骨付き肉。
あまりのインパクトに、調理開始時にはステラもオーランドも揃えたように瞬きをしてしまった。
そのうえ、この料理は骨を手で持ってかじり付いて食べるというのだから驚きに拍車がかかる。
「スレダリアにもお肉料理はありましたが、ここまで豪快なのは初めてです。ねぇぼっちゃま」
「あぁ、そうだな。これを食べるのか……」
ゴクリ、とオーランドが生唾を飲む。さながら強敵を前にしたかのようではないか。ステラも同様、水着なので袖は無いが袖まくりの仕草をし「いざ!」と気合いをいれた。
そんなやりとりをアイーシャ達が笑う。それどころか、新規の客の反応が楽しいのか、他のテーブルからも微笑ましげな笑い声が聞こえてくるではないか。
「良いとこのぼっちゃんとメイドが気合いを入れるような食べ物じゃないよ。気楽に食べりゃいいのさ。汚したってどうせ水着だし、水を被って、濡れたついでに湖で泳げばいい」
そう楽しげに話し、アイーシャが皿に山を作る骨付き肉へと手を伸ばした。
骨を手にし、その先に豪快に君臨する肉の固まりに大きく口を開けてかじり付く。周囲の目など、それどころかソースが口回りに着くことも気にせず。
そうして噛みちぎれば口の中は肉でいっぱいなのだろう、喋れない代わりに「ほらね」と言いたげに目配せをしてきた。大きく頬を動かしながら咀嚼する姿は、小食な女性を求めるスレダリアの者達が見たら目眩すら起こしかねない。
だがその食べ方のなんと美味しそうなことか。
まるでお手本と言わんばかりに目の前で食べるアイーシャに当てられ、ステラが覚悟を決めたと皿へと手を伸ばす。
盛られているのを崩さないよう頂点に君臨する肉の骨を掴めば、焼きたての暖かさが骨から伝わってくる。手にすればズシリと重く、見た目通りのボリュームだ。
「これを食べるのですね。……いざっ!」
気合いを入れ━━ステラが気合いを入れれば入れるほどアイーシャが笑うのだが━━ステラが大きく口を開いた。ガブリと肉の塊にかじりつく。
そうして、かじり付いたまま目を見開いた。
……柔らかい。
豪快な見た目に反して、肉は驚くほどに軟らかい。強敵に挑まんばかりに気合いを入れてかじり付いたというのに、強敵どころかまるでステラを歓迎するかのようではないか。無理なく噛み切ることができ、柔らかな肉で口内が埋まる。
噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がる。肉自体が旨みで溢れており、それが甘酸っぱいソースと絡まり合う。
濃厚な味わいと肉の柔らかさが相まって、大きくかじりついたというのに咀嚼も飲み下すのも容易。それどころか肉がとろけて消えていったような感覚だ。口内に残る香りと味わいが余韻となって次の一口を誘う。
「スレダリアにも美味しくて柔らかいお肉はありますが、これは今までのお肉への姿勢を改めさせる美味しさ……!」
「味が濃いのにしつこくないのは、ちょっと甘酸っぱさがあるからだろうか」
「そうですね。この酸味がしつこさを打ち消してくれますが、これは何のソースでしょうか?」
一口また一口と堪能しながらステラとオーランドが話せば、こちらも肉にかじりついていたマーサが笑いながら鉄板の下からソースの入った壺を取り出した。
ダレンが肉を焼きながらかけていたソースだ。覗き込むように促されてステラとオーランドが中を見れば、漆黒のソースにぷかぷかと浮かぶのは……。
「これはパイナップルですか?」
「当たり。うちのタレはオアシスで採れた果物を漬け込んでるのよ」
「スレダリアでも果物を料理に使う事はありますが、やはりオアシスは使い方も大胆ですね」
壺の中で浮かぶ輪切りのパイナップルは、まるでタレの湖を泳いでいるかのようではないか。
スレダリアでも料理に果物を使う事はあった。だが細かく切ったり絞って汁だけを使ったり、もしくは飾り付けに添えるぐらいだ。ここまで豪快に使用することは無い。
だがこの大胆な使い方もまたオアシスらしい。そう考えつつ、ステラがまた一口かじりついた。柔らな肉は噛めば肉汁が溢れ出し、ソースと絡まって濃厚な味が舌に広がる。
「水着姿でこんな大きなお肉を手掴みで食べるなんて、事情を知らずに皆に話したらきっと驚きますね。旦那様や奥方様はぼっちゃまが不良になったと心配するかもしれません」
「そうだな。夕食の場で披露したら大騒ぎだ」
その光景を想像し、ステラがクスクスと笑いながらもう一口かじりついた。
手掴みで食べる事にも、大口を開けて頬張る事にも、今はもう抵抗はない。羞恥心は料理の美味しさの前には霞んで消え去ってしまった。
むしろここでナイフとフォークを使って品良く食べるのは逆にマナー違反だ。料理の美味しさを損なってしまう。
オーランドも同様に、話しながら一口また一口と食べ進めている。豪快に齧り付いて大きな肉の塊でも数口で食べきる姿はまさにワイルドの一言に尽きる。
だが一本食べきるごとに手と口元を拭き、食べ終えた骨を皿の端に寄せる二人の食べ方はまだまだオアシスの豪快さには及ばないらしい。品が良いと笑うマーサに、これでもなのかと思わずステラとオーランドが顔を見合わせた。
「私達、今まででは考えられないくらい大胆に食べていますが……」
「オアシスじゃまだまだお行儀良い方だよ。アイーシャの食べっぷりを見てみなよ」
マーサに促され、ステラとオーランドがアイーシャへと視線を向け……ぎょっと目を見張った。
彼女は口周りや手どころか頬や鼻先にまでソースをつけながら食べているではないか。大口をあけて肉に齧り付き、垂れたソースが腕を伝っていくことも厭わない。
それどころか手首までソースが垂れていることに気付くと、ハンカチで拭くどころかベロリと舐めとってしまった。
既に彼女の皿には食べ終えた骨が転がっており、また一本放るように追加される。カランと骨がぶつかって皿の中を転がるが、それすらも気にする様子はない。
これがオアシスでは普通らしい。見ればどのテーブルでも客達はみな豪快に肉に噛り付いている。
それを見回し、ステラはせめてと手の甲についたソースの一滴を小さく舌を出して舐めとった。