05:ココナッツの正しい飲み方
まずは一口といった様子から一転し一心不乱に飲み続ける。体は固まったのに喉だけが動いているような状態だ。
あまりのステラの飲みっぷりにオーランドが「ステラ?」と声を掛けてくるも、それに応える余裕すら無い。
そうしてゴクリゴクリと飲み続けようやくストローから口を放した時には、ココナッツの実の中には半分どころか二割程度しか残っていなかった。いわゆる一気飲みに近い。
「ス、ステラ……? どうしたんだ?」
「まぁぼっちゃま、申し訳ありません。飲むのに夢中になってしまって……」
はしたない、とステラが改めて自分の飲みっぷりを恥じる。
ステラはオーランドのような名家の子供ではない。それでもガードナー家に仕えるメイドだ。マナーは一通り学んでいるし、品の無い行動はガードナー家の名に傷をつけかねないと常日頃気を付けている。
だからもちろん飲み物を一心不乱に飲むなど在り得ないのだが……。
「ココナッツがあまりにも美味しくて、我を忘れてしまいました」
「そうか。美味しいなら仕方ない」
「美味しいものの前には、私の意思なんてちっぽけなものなんです」
ふぅ……とステラが溜息交じりに話す。
だがそれほどにこのココナッツというものは美味しかったのだ。
水に近いが、ほんのりとした果物の甘さと香りが漂う。体の中に染み込んでいくようで、薄味なこともあって一口飲めば直ぐに次の一口が飲みたくなってしまう。
スレダリアに居た時は考えもしなかった水着姿で、スレダリアにはない果物を、それもコップに移さず実に刺したストローから直接飲むという方法。そのうえ初めて味わうココナッツはさっぱりとした甘さと美味しさ……。
これらがステラの意思を奪い、大胆かつ豪快にさせてしまったのだ。
だけどメイドとしてこんな飲み方……とステラが改めて恥じれば、話を聞いたオーランドが「そうか」と小さく呟いた。
次いで何を思ったのか実に刺さっているストローを抜き取り、差し込みようにと切られた部分に口を着けると天を煽るように傾けて飲みだした。
彼の男らしい喉仏がゴクリゴクリと飲み込むたびに動く。
「ぼ、ぼっちゃま!?」
突然のオーランドのこの行動に、ステラが驚愕の声をあげた。
今の彼の姿と飲みっぷりといったら、先程のステラの比ではない。
だが周囲はさほど気にしていないようで、通り掛かったダレンが笑いながら「良い飲みっぷりだ」と笑うだけだ。
マーサに至っては「惚れちまうねぇ」と揶揄ってくるではないか。他の客達も穏やかで、驚いているのはステラだけ。品が無いと咎める者も居なければ、止めようとする者も居ない。
みんな驚かないの……? とステラが唖然としていると、飲み終わったオーランドがぷはと一息吐いた。
その姿も、グイと豪快に手の甲で口元を拭う仕草も、なんとも普段の彼らしくない。
名家嫡男であれば、なんであろうと優雅に飲み、口元を汚した際はハンカチで拭くものだ。
そんなこと、他でもない彼ならば言われずとも分かっているはずなのに。
「……ぼっちゃま?」
「ぼっちゃまではないが、驚かせたな。さっき他の客がこうやって飲んでいたんだ」
「まぁ、だからってそんな。私びっくりしてしまいました」
「ここはスレダリアじゃない。だから俺の飲み方も、ステラの飲みっぷりも、恥ずかしがる必要なんて無いだろ」
なぁと同意を求められ、彼の言わんとしている事を察してステラは目を細めた。
彼の豪快な飲み方を見て驚いたのはステラだけ、このオアシスでは普通の事なのだ。ならば先程自分が一心不乱にココナッツを飲んでしまった事だって、このオアシスでは些細な事。いや、些細な事どころか気に掛ける必要もない事なのだ。
オーランドはそれを身をもって教えてくれた。なんて優しいのだろうか。
柔らかく微笑んで頷けば、彼も安堵したように表情を柔らかくさせた。
「せっかくだから夕飯までのんびり過ごそう。他の旅行客と話をして、次の目的地を決めるのも良いかもしれないな」
「そうですね。オアシスに来る方ですから、他の国の美味しい料理も知っているはずです。それにココナッツ以外にも不思議な果物がたくさんありました」
「あぁ、そうだな。……だけどステラ、その、み、水着なんだし、俺から離れないようにな」
途端にしどろもどろになるオーランドに、ステラは首を傾げて彼を見た。
水着だから離れるな、というのはどういう事だろうか。
このオアシスでは水着が正装とさえ言え、見渡す限り水着以外の衣服を纏っている者はいない。常連客は自前の水着を着ているが、むしろ貸出の水着より派手だったり布面積が少なかったりする。
ステラが己の体を見下ろせば、丸みを帯びた胸と、腰元に巻いた長い布がヒラリと揺れて視界に映った。至って普通の水着だ。
「大丈夫ですよぼっちゃま、オアシスでは水着は正装ですもの。恥ずかしさに負けて湖に飛び込んだりなんていたしません」
「い、いや、そういうわけじゃなくてだな。水着だから、気を付けてほしいというか……」
「気を付ける……。まぁぼっちゃまってば、そういう事ですか。心配性ですね」
コロコロとステラが笑う。
そうして「大丈夫ですよ」と念を押し、湖の縁に手頃な岩場を見つけて腰掛ける。心配そうにするオーランドを隣に座るように促せば、どういうわけか彼は頬を赤くさせ、それでも促されるままに隣に座ってきた。
ちゃぽんと二人揃えて湖に足を浸し、ステラが「ほら」とオーランドを見上げる。
「湖といっても深くはありません。溺れる心配はありませんよ。それに私、多少と言えども泳げますから!」
ステラが得意気に告げれば、それを聞いたオーランドが一瞬黙り込んだ後……、
「そうだな。でも万が一ってこともあるから、溺れないようずっと俺の隣に居てくれ」
と答えて苦笑した。