04:オアシスの正装で大胆に
ストローが刺さった果物を手に、ステラがオーランドのもとへと戻る。
少し時間をおいたおかげで羞恥心はだいぶ癒え、彼を見ても頬は赤くなっていないはずだ。
「ぼっちゃま、お待たせしました」
「俺の分まで悪いな、ありがとう。しかしこれはなんという果物なんだ?」
「ココナッツという果物らしいです。中に水が入っていて、直接ストローを刺して飲むんですよ」
「そうか、それは珍しい。……と、ところでステラ」
途端にそわそわと落ち着きをなくすオーランドに、ステラがいったいどうしたのかと彼を見上げた。
黒い瞳がじっと見つめてくる。隣にいたダレンが何かを察したかのように「頑張れよ」とオーランドの肩を叩いて自分の伴侶の元へと向かっていった。それを受けたオーランドの頬がより赤くなるのだが、いったい何のことかステラにはさっぱりだ。
「ぼっちゃま?」
「ステラ……あの……その水着の事なんだが」
歯切れの悪い言葉で告げてくるオーランドに、ステラは一瞬きょとんと目を丸くさせ……「まぁ!」と声をあげた。
途端に己の格好が恥ずかしくなり、落ち着いたはずの羞恥心が一瞬にして舞い戻ってきてしまった。
だが体を隠そうにも両手はココナッツで埋まってしまっている。もしも両手が空いていたなら、両腕で抱きしめるように体を隠し、それどころか湖に飛び込んでしまえたのに……。
「こ、これは、私も最初はお断りしようとしたんです! ですが、その、せっかくオアシスに来たので……!」
「ど、どうしたステラ?」
「ガードナー家の皆にはどうかご内密に……いえ、ぼっちゃまの思い出話を遮る事は出来ません。全てを白日の下に……ですがきっと皆笑う事でしょう……もうガードナー家には戻れない……!」
「ステラ、落ち着いてくれ。お、俺は……ステラの水着を褒めたかったんだ」
「どうかせめて『ステラは水着に着替えたが、ガードナー家メイドとしての恥じらいは捨ててはいなかった』というフォローを……。……褒めて頂けるんですか?」
恥じらうあまり混乱していたステラがパチンと瞬きをした。先程オーランドの口から出たのは、『褒めたかった』という言葉では無かっただろうか?
確認するように見上げれば、オーランドは頬を赤くさせてコホンと一度咳払いをした。
「オアシスでは皆水着で過ごすと聞いたが、ステラは水着になれないかもと思っていたんだ」
「確かに、着替えの時には迷ってしまいました。ですが、せっかくここまで来たのだからと思いまして。それにもうここはスレダリアではありませんし、水着だったら普段より大胆に……」
「大胆に!?」
ステラの意味深な言葉に、オーランドがぎょっとする。
いかに優秀なガードナー家嫡男といえども中身は年頃の青年、意中の相手から『水着で大胆に』と聞けば不埒な事しか思い浮かばないのだ。
なにせステラは──頻繁に忘れてはいるが──スレダリアでは見つけられなかった結婚相手を探してこの旅に出ている。もしやオアシスの解放的な空気に当てられ、水着姿で大胆なアピールをして恋人探しを……!?
と、オーランドの中で危機感が湧く。
思わず「ステラ、男ならここに」と声を上げかけるが、当のステラはと言えば、
「水着なら大胆に食べものにかぶりつけます! 聞けばオアシスでは果物も大きなお肉も手で持って食べるそうです。普段ならば服が汚れるから出来ませんが、水着なら汚れてもそのまま水を被って……あらぼっちゃま、どうなさいました?」
「……いや、大丈夫だ」
「申し訳ありません、私熱く語ってしまって、ぼっちゃまの話を遮ってしまいました。たしか男がどうの……あら、そういえば私なにか忘れている気が……」
何だったかしら、とステラが思い出そうとする。何か思い出すべきものがあるような、そんなもどかしさを感じるのだ。
だがそのもどかしさも、オーランドの「夕食といえば」という言葉にあっさりと吹き飛んでしまった。
オアシスの名物である豪快な肉料理。それを聞けば吹っ飛んだもどかしさが更に四散したのは言うまでもない。
行儀よく皿に盛られる肉料理ではなく、手にもってかぶりつく豪快さ。それを想像すればステラの瞳が輝きだす。
楽しみだとステラが嬉しそうに話せば、オーランドがなにやら安堵したように一息吐き、すぐさま誤魔化すように笑った。
「今は軽めにフルーツでも食べていよう。湖で過ごしていればきっと腹も減る」
「そうですね。先程マーサ夫人からオアシスの絵葉書を売っていると聞きました。湖に入りながら『今この湖に浸かっています』と書いて出しましょう」
砂漠を背景にしたバイクの絵葉書が届いたかと思えば、すぐさま自然溢れるオアシスの絵葉書が届くのだ。きっとガードナー家の者達は混乱することだろう。
不思議そうに絵葉書を見比べる主人や同僚達の顔を思い浮かべ、ステラが笑みを零した。戻ったらたくさん旅行の話をしようと思っていたが、もしかしたら話す以前に質問責めにあってしまうかもしれない。
そう話しつつステラがさっそく絵葉書を買って来ようとするも、オーランドに呼び止められてしまった。
「ぼっちゃま、どうなさいました?」
「ステラ、その……えぇっと……と、とりあえずぼっちゃまはやめてくれ」
まずはそこから、と前置きのように告げてくるオーランドに、ステラが首を傾げる。
それでも言われたのならばと「オーランド様」と改めて彼を呼べば、オーランドが意を決したかのようにぎゅっと拳を握るのが見えた。
どうしたのかとステラが見つめていると、彼の漆黒の瞳がふいとそれる。その頬は、再び赤く、いや、それどころか今日一番赤くそまっているように見える。
「オーランド様、何かございましたか?」
「ス、ステラ……水着、凄く似合っている」
「まぁ、ありがとうございます」
「あ、で、でも水着だから褒めたわけじゃないからな! 別に水着で露出が高いからじゃなくて、俺はステラが堂々としてくれているのが嬉しくてっ……! 水着を着てオアシスを楽しもうとするステラが、凄く綺麗に見えて……!」
しどろもどろになりながらも褒めてくれるオーランドに、ステラの頬に熱が灯る。
彼の誉め言葉が胸の内に染み込み、嬉しさに変わっていく。くすぐったいような照れくささも相まって、心音がトクントクンと普段よりも大きく刻む。自然と頬が緩んでしまいそうな、なんとも甘い感覚だ。
はにかんでお礼を告げれば、オーランドがほっと安堵し意気込んでいた肩の力を抜いた。次いで頭を掻きつつそっぽを向くのは照れ隠しだろうか。
「先にココナッツを飲もうか。湖に漬かりながら絵葉書の文面を考えよう」
「はい。このココナッツという果物、とても不思議な味がするんです。さっぱりしていて、でもどこか植物のような香りもあって」
「そういえば、ココナッツなら以前に友人の家に招かれ際に飲んだ事があるな。その時は上等の瓶に入っていたが、まさか実から飲むなんて……」
「きっとご友人もビックリしますね」
オーランドの話を聞きつつ、ステラが刺されたストローに口を着ける。
まずは一口、とコクリと飲み……カッと目を見開いた。