05:砂漠の町にふる雪
用意された夕食はステラの体調を気遣ってか軽めのもので、酸味のあるソースが掛かった蒸した鶏肉と、軽く茹でて塩味を効かせた野菜。どちらも柔らかく食べやすく、消化にも良いらしい。
いまだ気だるさが残っていたステラも、これならばとゆっくりと食べ進めることが出来た。これでコッテリとした味付けの肉や分厚いパンを出されれば食べるだけで疲れてしまいそうだが、蒸した鶏肉は味も食感も軽く、野菜も柔らかく負担なく食べ進められる。
酸味も塩味もさっぱりとしていて食事に負担を感じさせない。
そうして全て食べ終えると、オーランドが皿を片すと同時に「デザートの準備がある」と言って一度部屋を出て行った。
しばらくして戻ってきた彼の手には、片手で持つ程度の機械。それに二人分の皿と透明な液体が入った瓶。
そして……円状に切られた氷だ。
これにはステラもきょとんと眼を丸くさせてしまった。デザートならば果物か甘い物、そう考えていたが……。
「ぼっちゃま、いくら暑さにやられてしまったとはいえ、そんなに大きな氷をデザートに食べるのは……」
「これがそのままデザートというわけではないが、ぼっちゃまと呼ぶならそのまま皿に盛っても良いな」
「オーラーンードー様ぁ!」
「いつもの調子が戻ってきてるな。デザートっていうのは、この機械で氷を薄く削って食べるんだ。旅猫が教えてくれた」
曰く、旅猫は同じ宿の別室に泊まっており、ステラの事を随分と心配してくれていたという。熱中症と気付けたのも彼のおかげである。
そんな彼がこのデザートを勧めてくれたのだ。
体の内側から冷やせて、甘くて、そして食感が不思議な……。
『かき氷』
という。
それを聞き、ステラが首を傾げた。「かき氷」と口にしてもピンとこない。氷は分かるが「かき」とは何だろうか。
「削るんですか? 削ったら溶けてしまいそうですが」
「あぁ、俺もそう思った。だが旅猫に『実際に見た方が早い』と言われてしまってな」
ならばと店に機械を借り、氷を買ってきたのだという。瓶に入ったシロップは店のサービスで、聞けば様々な味のシロップがあるのだという。
それを削った氷にかける……。
説明されてもステラには相変わらずさっぱりで、オーランドも同じなのだろう準備はしているものの今一つ半信半疑といった表情だ。
「悩んでいても始まらないな。食べてみれば分かるだろう」
「えぇ、そうですね」
オーランドが機械に氷をはめ込み、ハンドルを握る。
このハンドルを回して中にある氷を削っていくのだという。そうして削られた氷の破片が機械の下にある器に落ちていく……という仕掛けだ。
中の刃が氷に当たり、ガリガリと豪快な音が室内に響く。
ガリガリ、ガリガリ……と。
「随分と大きな音がするんだな。ステラ、煩くないか?」
「いえ、大丈夫です。……あら、見てくださいぼっちゃま」
ほら、とステラが機械の下に置かれた器を指さした。
先程まで何もなかった器の底に、白い欠片が溜まりはじめている。これが氷を削った欠片なのだろう。
薄く、小指の爪の半分にも満たない小ささだ。きっとすぐにでも溶けて消えてしまうだろう。
「ぼっちゃま、これが削った氷なんですね」
「これを山になるように積むらしい。ステラ、少し煩くなるが我慢してくれ」
オーランドが意気込むようにハンドルを握りなおす。
そうして再びガリガリと氷を削る音が室内に続き、それと同時に器の中に白い氷の欠片が落ちてくる。ハラハラと花弁のように軽やかで、少しずつ少しずつ器の底に溜まっていく。
ステラはしばらくその光景を見つめ、そういえばとスレダリア国の自室に飾った置物を思い出した。
「ぼっちゃま、雪というのはこういうものなんでしょうか」
「雪か?」
「私、以前にスノードームを買いました。覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、もちろん覚えてる。珍しいものが売っていたと俺に見せてくれたんだよな」
買い物の最中、立ち寄った雑貨屋で偶然見つけたスノードーム。
その美しさ、可愛らしさ、そしてスレダリアでは見ることの出来ない『雪景色』というものに惚れこみ、迷うことなく購入したのだ。
円形のガラスの中には液体が満ちており、レンガ造りの一軒家と針葉樹のミニチュアが飾られている。一軒家の屋根にも針葉樹にも雪が積もっており、それだけでもスレダリアでは見慣れぬ光景だ。
そのうえスノードームを満たす液体には細かなラメが入っており、引っ繰り返したり軽く振ったりするとラメがドーム全体に舞う。
ゆっくりと落ちていく様はまさに雪のようだ。……雪を見たことは無いが。
「私、いつか雪を見てみたいと思っていましたが、まさか砂漠の真ん中にある町で雪を見るなんて」
「本物の雪とは違うと思うんだが」
「似たようなものです」
あっさりとステラが言い切れば、オーランドが苦笑を浮かべた。
その間も彼はハンドルを回し続け、ガリガリと豪快な音と共に器に雪を……もとい、削られた氷を積もらせていく。既に器の八割近く積もっており、綺麗な山を作りつつも時折パサリと崩れていく。
なんとも不思議な光景だ。これを食べると考えれば胸が弾む。
もっとも、氷と分かっているのでこれだけで「美味しそう」とは思えないが。
そうしてしばらく氷を削り続ければ、器の縁を超えた綺麗な山が築かれた。見ているだけで冷ややかな山だ。
オーランドが満足そうにそれを見つめ、次いで傍らに置いておいた瓶をあける。曰く、砂糖を煮たシロップなのだという。
「これを溶かさない程度に掛けるらしい。だが加減が分からないな。少しかけるから、自分で食べながら足してくれ」
「かしこまりました。……まぁ、掛けた先から溶けていく。なんて不思議なのかしら」
透明なシロップが掛かると、そこからへこむように溶けていく。
氷が融ける様とも違い、なんとも不思議な光景ではないか。
だが見惚れるようにかけ続けていれば、氷が融け切ってただの甘い水になってしまう。
これは加減が必要だとステラが程よいところで瓶を戻し、次いでスプーンを取りそっと雪の山を掬った。ふわりとした感触、食べ物を掬うような手応えではない。軽いと言うよりむしろ重さを感じない。
「では、いただきます……!」
決意を宿し、ステラがゆっくりとスプーンに口を着ける。
その瞬間にふわりと氷が解けた。噛む間もない、口に含んで舌にのった瞬間に溶けてしまったのだ。口の中にひやりとした冷たさと甘さだけが残る。
もう一口と食べればまた冷たさが口の中で溶け、コクリと飲み込めば体の内側がじょじょに冷やされていく。
冷たい、そして甘い。ふわりと溶けるこの食感は『食べる』と言って良いのだろうか。『飲む』に近い気がする。だがスプーンには確かに削られた氷が乗っていて、液体ではない。
「甘くて冷たい、ひんやりとして、不思議な食感。でもとても美味しいです」
「そうか。気に入ってくれて良かった」
オーランドが安堵し、次いで再び氷を削る機械のハンドルを握る。
そうして手早く自分の分を用意し、一口食べた。彼にとっても初めての食感だったのだろう、意外だと言いたげに目を丸くさせた。
「これは確かに不思議な食感だな」
「えぇ、ですがひんやりとして甘くて美味しい。体の中に残っていた熱も冷えてきました」
美味しい、とステラがまた一口食べて表情を綻ばせる。
体の中で燻っていた熱が甘くて冷たい氷で冷やされていく。なんて心地好くて美味しいのだろうか。
それに雪山のような氷を少しずつ削って食べて行くのも趣がある。時折カサリと崩れ、器の底に落ちるとシロップに溶けていく。見ているだけで涼し気だ。
そうしてかき氷を食べ終え、今後の事や他愛もない雑談を交わす。
オーランドが宿の店主に聞いた話では、ここからオアシスまでバイクで数時間程度らしい。
オアシスとは砂漠の名所の一つでもあり、それを目当てに砂漠に来る者もいるほどだという。
「オアシスですか。それもここのような街でしょうか?」
「いや、オアシスは街じゃない。砂漠の中に一角だけ緑が生えて湖があるんだ」
「砂漠の中に? あれだけ砂だらけなのに」
ステラが砂漠の景色を思い出す。一面に広がる砂、見渡してもそれだけしかなく、風が遮るものなくどこまでも吹き抜けていく。砂の山が崩れて、実態があるのに掴むとさらさらと崩れていく。
まるでかき氷のようではないか。
そんな砂漠に、緑。それも湖まで。
なんとも不思議な話だ。だがその不思議さが名物となり、観光客はオアシスを通らなくては砂漠を横断する意味がないとまで言っているという。
「オアシスでは果物が多く、湖で涼みつつ果物を食べるのが楽しみの一つらしい」
「果物ですか? あんなに砂だらけの中に、緑に湖に果物……。想像出来ませんね」
「あぁ、だからこそ名物なんだろうな。ステラの体調が戻ったら、オアシスへ向かってみよう」
オーランドの提案にステラが頷く。
旅先で話を聞いて目的地を決める、気ままな旅の醍醐味だ。
そんな話をしばらく続け、オーランドが部屋に掛けられている時計を見上げた。
時刻はすでに夜の8時を回っている。健康な時ならばもう少し話していても良いが、病み上がりならば大人しく寝た方が良いだろう。
そうステラが考えるのとほぼ同時に、コンコンと扉が叩かれた。オーランドが出迎えれば、店員らしき女性が頭を下げて部屋に入ってくる。
その手には折り畳まれたシーツと新しい寝間着、それに桶とタオル。
「医者が今日は入浴は控えた方が良いと言っていたから、体を拭けるようにタオルとお湯を頼んでおいたんだ。それにベッドも汗で濡れていては気持ち悪いと思ってな」
「まぁ、わざわざありがとうございます」
ステラがオーランドに礼を告げてベッドからソファーへと移れば、店員があっと言う間にシーツを掛け替えていく。
その腕前と言えば、ステラが「ガードナー家でも上位に入る手際の良さ……!」と呟いてしまうほどだ。無駄のない動き、皺ひとつなく張られたシーツ、ガードナー家のメイドにスカウトしたくなる。
そうしてシーツを変えると店員が頭を下げて部屋から出て行った。「お大事に」という言葉に、ステラも微笑んで礼を告げる。――「ガードナー家のメイド業に興味はありません?」と聞きかけたのはここだけの話――
「ではぼっちゃま、私そろそろ休ませて頂きます」
「あ、あぁそうだな……。でも、その、か、体を拭くのなら……」
「どうなさいました?」
突然オーランドがしどろもどろになり、ステラが不思議そうに顔を覗き込んだ。
どういうわけか彼の頬が赤くなっている。もしや熱中症かとステラの中で不安が湧くが、それを察したオーランドが大丈夫だと宥めてきた。
もっとも、宥めつつもステラと目を合わせようとはしないあたり、大丈夫そうには見えないが。
「ぼっちゃま?」
「坊ちゃまじゃない……と言いたいところだが、今は甘んじて受け入れよう。それでステラ、その……病み上がりでは動きにくいだろう。だ、だから、俺が、背中を拭いてやろうか……?」
「まぁ、坊ちゃまが?」
オーランドの申し出を聞き、ステラがきょとんと眼を丸くさせた。




