8:辛くて美味しいカルカッタ
夫である王を亡くし、まだ幼いフロランと自国を守ろうと必死になるあまり周りが見えていなかった。
そう己の非を語るクロリエは落ち着いており、王位をフロランに譲ると告げる時も表情は穏やかだ。それどころか晴れ晴れとしているようにさえ見え、今まで下等と見ていた甘口派に深く頭を下げ謝罪する姿には、潔い美しささえあった。
背負っていたものから解放されたからか、自分の過ちに気付けたからか、もしくは謝罪する彼女の足元にメイヤが寄り添っているからか……。
最初こそ糾弾の声をあげていた甘口派も、彼女の代わりようと、そして真摯に頭を下げる姿に怒りより驚きを覚え、いつのまにやら矛を収めていた。
もちろん、彼等の頬に印されたバッテンマークは真っ先に消されている。インクを落とすための薬剤は甘口派全員に配られ、その際クロリエが一人一人に謝罪し手渡したのも怒りを収める要因になっただろう。
「良かった。これでカルカッタは今より良い国になりますね」
出国の準備をしていたステラが安堵の息を吐いた。
足元に置いたトランクにはカルカッタで買ったお土産の食べものが入っている。さすがにカレーは持っていけないが、カレーを練り込んだというパンは買った。道中食べるのだ、なんて楽しみなのだろうか。
もちろんスパイスもあれこれと買い、それらは先にスレダリアのガードナー家に送っておいた。これに関してはステラよりオーランドの方が熱意的で、買い漁ったうえにレシピまで聞いて土産物に添えていたほどだ。
どうやらカルカッタの料理が相当気に入ったようで、家に戻ってもカルカッタの料理が食べられると嬉しそうに話している。ステラがこれに便乗し、焼き林檎のレシピをガードナー家に送ったのは言うまでもない。
「カレーを食べたら皆カルカッタを好きになりますね。辛口も甘口も中間も、全て美味しい素敵な国です」
「あぁ、格差を乗り越えたからこそ、趣味や好みの違う者も分かり合える国になるだろう」
「私、今回のことで学びました。たとえ食の好みが違えども、互いを尊重し合えば問題は無いのだと。きっと辛口派の男性が相手でも」
「ステラ、次の国へ行こう!」
さぁ! とオーランドに声を掛けられ、ステラがきょとんと眼を丸くさせた。
なんとも強引な話題変更ではないか、いったいどうしたのかと問おうとし……、
「ぼっちゃま、見てください。メイヤちゃん達が」
手を振るメイヤ達の姿を見つけてオーランドの腕を引っ張った。
メイヤと、アニスとフロラン。それにクロリエの姿もある。彼等は穏やかに笑いながらステラ達に手を振っており、その姿は誰が見ても一目で家族だと分かるだろう。
フロランとクロリエは辛口のカレーを好み、メイヤとアニスは甘口のカレーを好む。それでも彼等は家族なのだ。
ステラが彼等に向けて大きく手を振り、オーランドもまた手を上げて別れを告げた。
次話から第3章です。
灼熱の国を出た二人は砂漠へと向かいます。