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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第2章【カレーの国の王子様】
13/63

1:辛い入国検査

 

 カルカッタの入国審査は時間が掛かる……というのは、ステラも聞いたことのある話だ。以前にカルカッタから来た来客のメイドに、「遊びに来るなら入国には時間の余裕を」と教えられた。

 だが実際に入国手続きに手間取っている様子はなく、手筈も遅いとは思えない。働く人数も十分だし案内も分かりやすい。

 これならスムーズに進むはずなのに……とステラが首を傾げつつも列に並んでいると、隣に立つオーランドも不思議そうに列の先頭に視線をやった。


「時間が掛かっているのはこの列だけみたいだな。しかし入国に必要な審査は全て終えてるはずだが、後は何を調べるんだ?」

「カルカッタ特有の検査があるんですかね?」


 陸続きの国ならばまだしも、海を渡った先にある国の事情は今ひとつ分からない。それにカルカッタはこれといって検査を厳重にするほどの危険な国でもないし、そういった不穏な噂も聞いたことが無い。

 だというのにこの列。いったいどういう事なのか。

 だがいかに不思議に思えどもパスすることも出来ず、これもまた世界を旅する洗礼だと大人しく待つことにした。



 ガードナー家では今なにをしているだろうか、カルカッタではどんなお土産を買おうか。そんなことを話していれば待ち時間などあっと言う間だ。気付けば、例のやたらと時間が掛かる検査の順番が近付いていた。

 オーランドは窺うように検査所を眺め、対してステラは待ち時間の間に警戒心を募らせ「ぼっちゃまは私がお守りします!!」と意気込んだ。思わず拳を握ってしまう。


「ステラ、時間が掛かるとはいえただの検査だぞ」

「ですがこれほどまでに待たせるとは、何かあるに違いありません。ぼっちゃまに無礼な真似をする検査なら、私が黙っていませんよ!」

「俺をぼっちゃまと呼ぶのは無礼じゃないのか?」

「私は良いんです!」


 得意気にステラが断言すれば、オーランドが苦笑を浮かべた。

 次いで「次は俺達の番だ」とステラを促すのは、前で待っていた旅行客らしき者達が一室へと入っていったからだ。どうやら一組一組個室で対応をしているらしい、だというのに部屋数は二部屋しかない。

 なるほどこれは時間が掛かって当然だと二人揃って頷く。

 それと同時に疑問を抱くのは、それほどまで慎重な検査なのかという事だ。後ろめたいものなど何もないが、これで入国を拒否されたらどうしよう……とステラの胸に不安が湧く。

 せっかくここまで待ったのに、気分はもうカルカッタなのに。


「ぼっちゃま、私が入国を弾かれた際は、私を置いてカルカッタに行ってください。私のことはお忘れください……!」

「ステラ、どうした?」

「ぼっちゃまの旅を邪魔することは出来ません。どうか私のことは忘れてカルカッタに入国し、カルカッタを楽しみ……そして美味しいものを買ってきてください!」

「それはステラの事は忘れられないな」


 頼みましたと真剣な表情で託してくるステラに、オーランドの笑みが強まる。

 そうして案内役に入室を促され、オーランドは平然と、対してステラは意気込み緊張の面持ちで部屋へと入っていった。



 室内には係員らしい服装に身を包んだ男女一組。それと何故か大きな鍋。

 いったいなぜこんなところに鍋があるのか……と疑問に思った瞬間、ステラが周囲に漂う香りに気付いた。スンと嗅ぎつつ周囲を伺う。不思議な匂いだ。

 花や香水といった香りとは違う、かといって空気の籠った部屋特有の埃臭さとも違う。どことなく熱く、そして鼻の奥をツンと刺激する香り。

 だが腐敗香や刺激臭のような不快感は無く、それどころか空腹を覚えかねない。


 これはスパイスだ。

 それもかなり強く効いている。


 それを嗅ぎ分けると同時に、カルカッタは独特な料理が主食とされていると聞いたことを思い出した。スレダリアではあまり香辛料やスパイスは好まれず、真逆な国の料理文化に驚いたものだ。

 その中でも、とりわけスパイスと香辛料を効かせた料理が有名だという。

 なんだったかしら……。そうステラがかつて聞いた料理名を思い出そうとする。

 だがそれより先に、係の男がこちらに二枚の皿を差し出してきた。


 黄色と茶を混ぜたスープのようなものが皿に盛られている。量は一口程度、厨房での味見を彷彿とさせる。

 それを食べるよう言われ、ステラとオーランドが顔を見合わせた。これを食べるのが検査なのか。

 そんな疑問を抱きつつ、まずはとステラが皿に添えられているスプーンでスープらしきものを掬った。意外に重く、ドロリとしている。


「ぼっちゃま、まずは私が……ぼっちゃま!」


 まずは毒見をとステラがオーランドに告げようとし、既にスプーンを口に運ぼうとしている彼の姿に悲鳴じみた声を上げた。パクリと食べた後に「どうした?」と視線で訪ねてくるのだから、メイドの心主人知らずである。

 ならばとステラも慌ててスプーンに口をつけた。毒見には遅れたが、かといってこのままみすみす主人に先行させるわけにはいかない。

 そうして二人ほぼ同時にスプーンに掬ったスープらしきものを口に含み……、


「これは……!」


 と二人揃えて声を上げた。


「か、辛い! これは辛すぎます!」


 とは、ステラの悲鳴じみた声。

 スプーンを口に含んだ瞬間、まるで口内に炎を灯されたかのように熱に似た辛味が放たれたのだ。これはもう『辛い』のか『熱い』のか分からない。

 そのうえ、油断していて飲み込んでしまった。辛さは口内に留まらず喉を伝い、胃へと落ちていく。それが熱となってはっきりと分かるのだ。

 もはや熱いのは口だけに留まらない。


「ぼっちゃま……これは……。大丈夫、ですか……」


 口内の熱を少しでも冷ますために深めに息を吸いながらステラが尋ねる。――だが息を吸っても吐いても熱を感じてしまうのだ。もちろん口を閉じていれば舌が熱を訴える……。なんて酷い――

 だが当のオーランドはステラの様子を平然と眺めているだけだ。「大丈夫か?」と尋ねてはくるものの、彼が苦しんでいる様子はない。


「ぼっちゃま、辛くは無かったのですか?」

「確かに辛いが、この辛さは嫌いじゃない。むしろ食欲が刺激されるな」


 どうやら満更でもなかったようだ。それどころかもっと食べたがっているようにさえ見える。

 もちろん口内の熱から逃れるために呼吸を繰り返すことも無ければ、出された飲み物を慌てて飲み干すこともしない。

 ステラとオーランドの反応は対極的とさえ言えるだろう。

 それで満足したのか、二人の係員が何やら話し始めた。徐に一人が手にしたのは判子だ。それも拳大の大きさはある。


「お嬢さん、こちらへ」

「は、はい」


 係員に促され、己をパタパタと手で扇いでいたステラが彼へと近付く。

 そうして顔を動かさぬように指示され、疑問を抱きつつも言われるままに待ち……。


 ペタン、


 と右頬に判子を押された。


「何をなさるんですか!」

「ステラ、大丈夫か!?」


 驚いてステラが声をあげれば、それとほぼ同時にオーランドが名前を呼んで案じてくる。

 だが係の男女はさほど気にすることなく、「これで検査は終わりです」とあっさりと終わらせてしまった。それどころか退室を促してくる。

 なんて失礼なのだろうか……! とステラが不満を覚えながら、それでもと促されるままに部屋を後にした。



「ステラ、大丈夫か?」

「えぇ、驚きはしましたが、痛みなどはありません」


 心配そうに様子を伺ってくるオーランドをステラが宥める。

 カルカッタは歴史ある国、危険な噂も聞いたことはない。まさか検査で異国の旅行客に危害を与えることは無いだろう。

 現に判子を押された時の違和感こそまだ残ってはいるものの、痛みなどは無く、痒みや刺激も無い。

 それを話していると「ねぇ」と背後から声を掛けられた。若い女性。荷物も大きく、まさに旅行客といった風貌だ。


「突然ごめんなさいね。貴方達、カルカッタは初めて?」

「えぇ、初めてです」

「やっぱり。貴方達の話を聞いてそうだと思ったの。そちらのお嬢さんは少し苦労するかもしれないけど、悪い国じゃないのよ」


 気分を害さないでと話す女性に、ステラの頭上に疑問符が浮かぶ。

 いったい何のことか……。

 真っ先に思い浮かぶのは先程の検査だ。

 確かに食べさせられたものは辛く熱く、そのうえ頬に判子を押される。失礼な検査だった。カルカッタを嫌いになってもおかしくない。

 もしやその検査の事だろうか。だとすると「少し苦労するかもしれない」とは、これからも何か辛い目にあうのだろうか。

 そうステラが警戒していると、女性が「何かあれば旅行客と伝えれば平気だから」とフォローを入れてきた。


「出国の時には落としてもらえるから大丈夫よ」

「落とす……?」

「えぇ、だから気にしないで」


 そうステラを宥めるように話し、彼女は「良い旅を」と告げて検査所を出ると別の道へと行ってしまった。

 周囲を見ることもなく足早に進む姿と先程の口調から考えるに、旅行客だがカルカッタには何度か訪れたことがあるのだろう。

 馴染みの国で、まさに初めてといった様子で狼狽える旅行客を見てつい声をかけてしまった……といったところか。

 なんて親切な女性だろうか。だが親切に声をかけてくれたもののステラには話の内容は分からず、頭上の疑問符が増えるだけだ。


「いったい何だったんでしょうか、落としてもらえるとは? 親切な方ですが、よく分かりませんでしたね、ぼっちゃま」

「……ステラ、あのな」

「どうなさいました?」

「ステラの頬に……」


 オーランドが何やら言い難そうに話す。

 それに対してステラは更なる疑問を抱き、「頬に?」と問いかけつつ己の頬に触れた。右頬、先程ペタリとハンコを押された場所だ。

 だが軽く拭って己の手を見ても何もついておらず、今はもうハンコを押しつけられた違和感も消えようとしている。

 そんなステラに対し、オーランドは言うより早いと鞄から手鏡を取り出した。それを受け取り、ステラは不思議そうに覗き込み……、


 鏡面に映る自分の右頬に、赤いバッテンマークが描かれていることにパチンと目を瞬かせた。



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