ティータ対盗賊王 2
「ここが長老の家だよ」
ピルムは家の扉をたたいた。
「長老、戻りました。ピルムです。ピルム・サーダです」
中から声が聞こえる。
「おお、ピルムか。よう帰った。お入り」
ティータはピルムへ先に入るよう促す。
中に入ると、ピルムはまず長老へ一礼した。
「びしょ濡れになってしまったのう。服を用意してやる。早く着替えるといい」
「あのう、長老……」
「おお、そうじゃ。大事なことを聞き忘れとった。銀髪のティータを首尾よく連れてくることができたかの?」
「はい、それはできたんですが……。その……。あの……」
「ん?」
「ああ、もう。じれってえなあ。このやろう!」
ティータが扉を蹴飛ばして入ってくる。
「邪魔するぜ」
「おまえさんが銀髪のティータかの?」
「いかにも」
「ピルムからだいたいの話は聞きなすったか」
「一応ね。でも、いくつか確認させてほしい」
「なんじゃ」
「一つ。これはお願いだ。絶対のお願い。俺をここに泊めてほしい。それと替えの服も。とりあえず雨露がしのげるところがほしいんだ」
「よかろう」
「二つ。これは質問だ。なぜ俺に盗賊退治を頼んだ。狼と虎が同時に村に入ってくるようなものじゃねえか」
「……おまえさんはただの賊じゃない。金持ちからしか金を奪わん義賊だという話じゃからの」
「ふん、そんなのただの噂だよ。それだけか?」
「もう一つ付け加えるなら、わしは先王の遺臣。思い違いでなければ、おまえさんはあの手紙を見れば引き受けざるをえまいと思った。おまえさんをわしはよく知っとる気がするからの」
「……それは思い違いだぜ、きっと」
ティータはそこでいったん言葉を切った。
「最後だ。俺が盗賊をやっつけたら何をくれる?」
「それは手紙に書いておった通りじゃ。その子をやろう」
ピルムは目を丸くした。
「こんな子ども一人、もらって何になる」
「おまえさんがその子を育てるのじゃ。きっとおまえさんの役に立つことじゃろう。育てきったら煮るなり、焼くなり好きにするがいい」
一同はみな黙ってしまった。
長老は無造作に立ち上がる。
「さあ、とりあえず食事にするかの? とびっきりの鶏肉を用意しておる」
かまどがパチパチいう音を聞きながら、二人は鶏肉をむさぼった。
「二人ともよく食べるのう」
「当たり前だろ。俺たちは身体動かしてきたんだから」
ティータが鶏の油を口の端にたっぷりとつけたまま言った。
「身体動かしてきたなんてもんじゃないよ。危うく死ぬところだったんだから」
「そうそう。こいつは泣いてばっかりで」
「泣いてないだろ」
「いいや、泣きました」
ピルムとティータは顔を近づけて言い合う。
「妖化した獣たちはほとんど俺がやっつけたんだからな」
「それは……、そうだけど……」
「今なんと言った」
長老の目が鋭くなる。
「妖化した獣があの森にはうじゃうじゃいたんだよ。それを俺がやっつけた。こいつがやったのはたった一匹だけ」
「信じられん」
長老が頭を抱えた。
「ミャエンバッハの森がそれほどまでに穢れておるとは」
「でも、都に比べたらまだずっとましだぜ。都までは妖獣まで出てきてるんだから」
「なんと!」
長老は嘆息した。
「王の治世はそこまで行き着いてしまわれたか」
「何が何だか分からねえ、って顔してるな」
ティータはピルムを見て笑った。
「おまえも森で化け物になった獣たちを見たろ。あれが妖化した獣だ。悪気が生じると、獣は化け物に姿を変える。悪気が生じる原因はさまざまだ。生き物が大量に死んだり、血が流れたり、森が枯れてしまったり。それがますますひどくなると、今度は妖獣に変化する。化鳥や悪鬼といったおとぎ話の中にしか出てこない生き物だ。都は荒れている。道を歩けば、浮浪者やみなしご、死体の山だ。妖獣が出てくるのもさもありなん、ってとこだな」
「妖獣のことは初めてだけど、妖化のことはさっきミャエンバッハの森で聞いた」
「誰から?」
「知らない。男の人だった。四十は越えてたと思うよ」
「そういや、おまえ、帰りは俺と一緒だったけど、行きはどうしたんだ。獣に遭わなかったわけじゃないだろ?」
「だから、そのおじさんに助けてもらったんだよ。そのおじさんが歩くと、獣たちがよけていくんだ。そして僕が聖室まで着いたら消えちゃった。すうっ、て。まるで幽霊みたいに」
「本当に幽霊なんじゃねえの。そいつ」
ティータがバカにしたように笑う。
「ピルム。その人の特徴をもっと教えてくれんか」
長老が身を乗り出した。
「うーん、これと言って特徴のない人でしたからね」
ピルムは考えこむ。
「あ、そういえば」
「なんじゃ」
「植物の蔓が足にからまってました。自分でつけたのか、自然にからまったのか分からないけど」
ティータと長老は顔を見合わせた。
「おまえの話が嘘でないのならば、おまえが会ったお方はおそらく、ランシュール様じゃ」
「ランシュール?」
「なんだおまえ、賢者ランシュールも知らねえのか?」
長老はティータを制した。
「神が天地を造り、その五体が山となり海となって、失せたまいしのち、もっとも尊いお方じゃ。おまえが御御足に見た蔓、それはおそらくユウガオの蔓じゃろう。ランシュールが天界で罪を受け、地上に降りられてからというもの、ランシュールはユウガオを足に身につけられるようになった。それはランシュール御自らの罪の証。ランシュールの身体朽ちるとも、その罪朽ちることなし、とな」
「ランシュール伝・第五節、か」
「それにしても血は争えんのう。賢者ランシュールに導かれるとは」
かまどの薪が真っ赤に炎を吹き、音を立てて崩れた。ティータははっと目を見開く。
「腹がふくれたら作戦会議だ。連中は悠長に待ってはくれねえ」
「盗賊どもは、いつこの村を襲うと思う?」
長老の瞳にかまどの炎が映っている。
「一番可能性が高いのは、雨があがり、ぬかるみが乾ききったころ。そのころには村人も油断しているだろうし、雨上がりに攻め込んで戦利品を泥で汚したくはないからな」
「専門家としての意見か?」
「俺はあいつらと同じ穴の狢だから」
ティータは笑う。
「さっそく明日、下見に行っときますか。盗賊どもの墓場のな」
「橋を焼いたのは正解だったな」
ティータが村の背後の山を指さす。村人たちはみな小雨降る大広場に集められていた。
「盗賊たちの足止めになっただけじゃねえ。これで行路は山林しかなくなった。しかもあの山はかなりの急勾配だ。むろん馬は使えない。これはこちらにとってかなり有利な条件だぜ」
バグニダッドは渋い顔をしている。
「まるでこの村の指揮官みたいだな。泥棒ふぜいの小僧っ子が」
「その泥棒ふぜいに力を借りなきゃならない、自分の力のなさを呪うんだね」
バグニダッドは舌打ちをして、地面につばを吐いた。
「先を続けよう。さっき偵察してきたんだが、山道から村へ続く道は三路しかない。しかもそのどれもが人一人すれ違うことのできない隘路だ。そこで三路のうち二路を事前につぶしておく」
聴衆はティータの話に聞き入っていた。
「みんなに協力してもらいたい。樹を切り倒し、岩で道をふさぐんだ。このとき、いかにも人がやったように見せちゃいけないぜ。樹はできるだけ汚く切ること。岩はできるだけ不規則に転がしておくこと。いかにも大雨のせいでそうなったように見せかけるんだ」