表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピルム・サーガ  作者: 尾瀬月都
盗賊王の襲来
7/7

ティータ対盗賊王 2

「ここが長老の家だよ」


 ピルムは家の扉をたたいた。


「長老、戻りました。ピルムです。ピルム・サーダです」


 中から声が聞こえる。


「おお、ピルムか。よう帰った。お入り」


 ティータはピルムへ先に入るよう促す。


 中に入ると、ピルムはまず長老へ一礼した。


「びしょ濡れになってしまったのう。服を用意してやる。早く着替えるといい」


「あのう、長老……」


「おお、そうじゃ。大事なことを聞き忘れとった。銀髪のティータを首尾よく連れてくることができたかの?」


「はい、それはできたんですが……。その……。あの……」


「ん?」


「ああ、もう。じれってえなあ。このやろう!」


 ティータが扉を蹴飛ばして入ってくる。


「邪魔するぜ」


「おまえさんが銀髪のティータかの?」


「いかにも」


「ピルムからだいたいの話は聞きなすったか」


「一応ね。でも、いくつか確認させてほしい」


「なんじゃ」


「一つ。これはお願いだ。絶対のお願い。俺をここに泊めてほしい。それと替えの服も。とりあえず雨露がしのげるところがほしいんだ」


「よかろう」


「二つ。これは質問だ。なぜ俺に盗賊退治を頼んだ。狼と虎が同時に村に入ってくるようなものじゃねえか」


「……おまえさんはただの賊じゃない。金持ちからしか金を奪わん義賊だという話じゃからの」


「ふん、そんなのただの噂だよ。それだけか?」


「もう一つ付け加えるなら、わしは先王の遺臣。思い違いでなければ、おまえさんはあの手紙を見れば引き受けざるをえまいと思った。おまえさんをわしはよく知っとる気がするからの」


「……それは思い違いだぜ、きっと」


 ティータはそこでいったん言葉を切った。


「最後だ。俺が盗賊をやっつけたら何をくれる?」


「それは手紙に書いておった通りじゃ。その子をやろう」


 ピルムは目を丸くした。


「こんな子ども一人、もらって何になる」


「おまえさんがその子を育てるのじゃ。きっとおまえさんの役に立つことじゃろう。育てきったら煮るなり、焼くなり好きにするがいい」

 

 一同はみな黙ってしまった。


 長老は無造作に立ち上がる。


「さあ、とりあえず食事にするかの? とびっきりの鶏肉を用意しておる」




 かまどがパチパチいう音を聞きながら、二人は鶏肉をむさぼった。


「二人ともよく食べるのう」


「当たり前だろ。俺たちは身体動かしてきたんだから」


 ティータが鶏の油を口の端にたっぷりとつけたまま言った。


「身体動かしてきたなんてもんじゃないよ。危うく死ぬところだったんだから」


「そうそう。こいつは泣いてばっかりで」


「泣いてないだろ」


「いいや、泣きました」


 ピルムとティータは顔を近づけて言い合う。


「妖化した獣たちはほとんど俺がやっつけたんだからな」


「それは……、そうだけど……」


「今なんと言った」


 長老の目が鋭くなる。


「妖化した獣があの森にはうじゃうじゃいたんだよ。それを俺がやっつけた。こいつがやったのはたった一匹だけ」


「信じられん」


 長老が頭を抱えた。


「ミャエンバッハの森がそれほどまでにけがれておるとは」


「でも、都に比べたらまだずっとましだぜ。都までは妖獣ようじゅうまで出てきてるんだから」


「なんと!」


 長老は嘆息たんそくした。


「王の治世はそこまで行き着いてしまわれたか」


「何が何だか分からねえ、って顔してるな」


 ティータはピルムを見て笑った。


「おまえも森で化け物になった獣たちを見たろ。あれが妖化した獣だ。悪気あくきが生じると、獣は化け物に姿を変える。悪気が生じる原因はさまざまだ。生き物が大量に死んだり、血が流れたり、森が枯れてしまったり。それがますますひどくなると、今度は妖獣に変化する。化鳥けちょう悪鬼あっきといったおとぎ話の中にしか出てこない生き物だ。都は荒れている。道を歩けば、浮浪者やみなしご、死体の山だ。妖獣が出てくるのもさもありなん、ってとこだな」


「妖獣のことは初めてだけど、妖化のことはさっきミャエンバッハの森で聞いた」


「誰から?」


「知らない。男の人だった。四十は越えてたと思うよ」


「そういや、おまえ、帰りは俺と一緒だったけど、行きはどうしたんだ。獣に遭わなかったわけじゃないだろ?」


「だから、そのおじさんに助けてもらったんだよ。そのおじさんが歩くと、獣たちがよけていくんだ。そして僕が聖室まで着いたら消えちゃった。すうっ、て。まるで幽霊みたいに」


「本当に幽霊なんじゃねえの。そいつ」


 ティータがバカにしたように笑う。


「ピルム。その人の特徴をもっと教えてくれんか」


 長老が身を乗り出した。


「うーん、これと言って特徴のない人でしたからね」


 ピルムは考えこむ。


「あ、そういえば」


「なんじゃ」


「植物の蔓が足にからまってました。自分でつけたのか、自然にからまったのか分からないけど」


 ティータと長老は顔を見合わせた。


「おまえの話が嘘でないのならば、おまえが会ったお方はおそらく、ランシュール様じゃ」


「ランシュール?」


「なんだおまえ、賢者ランシュールも知らねえのか?」


 長老はティータを制した。


「神が天地あまつちを造り、その五体が山となり海となって、失せたまいしのち、もっとも尊いお方じゃ。おまえが御御足おみあしに見た蔓、それはおそらくユウガオの蔓じゃろう。ランシュールが天界で罪を受け、地上に降りられてからというもの、ランシュールはユウガオを足に身につけられるようになった。それはランシュール御自らの罪の証。ランシュールの身体朽ちるとも、その罪朽ちることなし、とな」


「ランシュール伝・第五節、か」


「それにしても血は争えんのう。賢者ランシュールに導かれるとは」


 かまどの薪が真っ赤に炎を吹き、音を立てて崩れた。ティータははっと目を見開く。


「腹がふくれたら作戦会議だ。連中は悠長に待ってはくれねえ」


「盗賊どもは、いつこの村を襲うと思う?」


 長老の瞳にかまどの炎が映っている。


「一番可能性が高いのは、雨があがり、ぬかるみが乾ききったころ。そのころには村人も油断しているだろうし、雨上がりに攻め込んで戦利品を泥で汚したくはないからな」


「専門家としての意見か?」


「俺はあいつらと同じ穴のむじなだから」


 ティータは笑う。


「さっそく明日、下見に行っときますか。盗賊どもの墓場のな」




「橋を焼いたのは正解だったな」


 ティータが村の背後の山を指さす。村人たちはみな小雨降る大広場に集められていた。


「盗賊たちの足止めになっただけじゃねえ。これで行路は山林しかなくなった。しかもあの山はかなりの急勾配だ。むろん馬は使えない。これはこちらにとってかなり有利な条件だぜ」


 バグニダッドは渋い顔をしている。


「まるでこの村の指揮官みたいだな。泥棒ふぜいの小僧っ子が」


「その泥棒ふぜいに力を借りなきゃならない、自分の力のなさを呪うんだね」


 バグニダッドは舌打ちをして、地面につばを吐いた。


「先を続けよう。さっき偵察してきたんだが、山道から村へ続く道は三路さんろしかない。しかもそのどれもが人一人すれ違うことのできない隘路あいろだ。そこで三路のうち二路を事前につぶしておく」


 聴衆はティータの話に聞き入っていた。


「みんなに協力してもらいたい。樹を切り倒し、岩で道をふさぐんだ。このとき、いかにも人がやったように見せちゃいけないぜ。樹はできるだけ汚く切ること。岩はできるだけ不規則に転がしておくこと。いかにも大雨のせいでそうなったように見せかけるんだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ