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ピルム・サーガ  作者: 尾瀬月都
盗賊王の襲来
1/7

マヤエの村 【前編】

――私は三尺の剣を携え、その小さな村から旅立った。

                          『英雄録』


  身体中が焦げるように熱かった


(夢だ……。これは僕の夢だ。)


 ピルムは何度も同じ夢を見ていた。


三年前、ピルムがまだ九つだったころ。両親が村から消えてしまってからずっと。


 村が、マヤエ村が燃えてしまう夢だ。


 炎は踊るように燃えさかり、家を畑を牛を羊を、そして村人たちを飲みこんでいく。


 慌てることはない。いつもと同じことをすればいい。


(これは夢なんだ。安心しろ。眠れ。)

 

 自分自身に言い聞かせる。それだけで、もう一度深い眠りにつくことができていた。


 そう、これまでは。


 だが、その日は違っていた。


 熱さが、消えない。ひりつくような痛みが身体中にまとわりついて離れない。


 ピルムはまぶたをゆっくりと開いた。


 家の外が明るい。


「もう昼か……」

 

 いや。


 ピルムは自分の言葉を否定するように首を振った。


 まだ鶏が鳴いていない。朝を告げる銅鑼も鳴っていない。




 表戸ががけたたましい音を立てて開いた。


「ピルム、何をしとる!」


 杖を持った老人が歯のほとんどない口を大きく開けて怒鳴る。


「長老……」


 ピルムは突然のことに、半身起き上がった身体を動かせずにいた。


「ええいっ、このマヌケめが」


 腕を乱暴につかまれ、戸口を出る。


「ようく、目の前を見てみい!」


 熱さが冷や汗に変わった。


 夢と同じ光景が瞳の中に映りこんでいた。


 炎の中で逃げまどう人々。半壊した家々。そして、地面に染みこんでいる真っ赤な血。


 その血の流れてきた先を目線でたどる。


 ピルムを可愛がってくれた牛乳屋のおばさんが、うつ伏せになって倒れこんでいた。


「おばさん、しっかりして!」


 ピルムは頭から血を流し、泥まみれになっている女性の身体を揺り動かした。


「やめておけ、無駄じゃ」


 長老が静かに言った。


「……もう死んでおる」




 遠くに馬のいななきが聞こえた。


 砂塵をあげて幾頭もの馬の群れがこちらに向かってくる。


「逃げろ! 逃げろ!」


 男たちが声をあげて叫ぶ。


 人の波があとからあとからピルムの前を通り過ぎる。


「何やってんだ!」


 肉屋のゴッズが巨体で見下ろしながら、ピルムをにらみつけた。


「おまえも逃げるんだよっ!」


 猫のように服の襟をつかまれ、狭い砂利道を引きずられながら、東の集落と西の集落とをつなぐ、橋のたもとに連れてこられた。


 古びた橋の下には、夜の闇の静寂の中、谷を走る川がごうごうと音を立てている。


「他に村人は残っておらんか?」


「はい、こいつで最後です」

 

 ゴッズはピルムを指さしながら言った。


「うむ。向こうもようやく準備ができたようじゃ」


 橋の反対側には、松明をかかげた大勢の男たちが三台の荷馬車とともに待ち構えていた。


 ピルムと長老、そしてゴッズは全速力で橋を駆けぬけた。


「わらは準備できたか!」


 大声で長老が橋の向こう側にいる男に聞く。


「できました!」


「油も持ってきたか!」


「持ってきました!」


「よし、わらを橋いっぱいに敷き詰めろ。そして、その上から油をうなるほどかけるのじゃ」


「……長老、まさか橋を焼くおつもりで?」


 ゴッズが震えながら言った。


「やむを得ん。これ以上の犠牲を出すわけにはいかん」


 長老は諸手をあげて、男たちに合図した。


「さあ、わらをどんどん運ぶのじゃ。時間がないぞ。急げ!」


 男たちは大量のわらを荷馬車から降ろしてはかつぎ、降ろしてはかつぎ、縫うようにしてすれ違いながら、次々に橋をわらで覆っていった。


「次は油じゃ」


 今度は、男たちが油の入った壺を運び、わらの上にしたたるまでかけていった。


「火をつけろ!」


 長老が叫んだ。


「いや、しかし……」


 男たちは躊躇している。


 馬蹄が聞こえた。


「早くせんか! やつらはすぐそこまで来ておるぞ!」


「でも……」


 男たちは松明を持ったまま一歩も動けない。


「ええい、貸せ!」


 長老は一人の男から松明をひったくると、わらの中に投げ込んだ。


 わらはパチパチと激しい音を立てながら燃えていく。


 その瞬間、対岸に馬影と人影が見えた。


「くっ、間に合わんかったか」


 長老は歯ぎしりした。


「ゴッズ!」


「はい!」


「縄を切れ。すぐに橋を落としてしまうのじゃ」


「分かりました」


 ゴッズは荷馬車から鎌を取り出すと、橋と杭を結んでいる縄を切り落とした。


「長老、あれを!」


「むっ」


 馬に乗った男が橋を渡り、こちらに向かって突撃してくる。


「ゴッズ! 早く切れ! もう一本の縄も切ってしまえ!」


「は、はい」


 左側の縄に鎌が振り下ろされ、橋が上下に波打ち、そのまま谷のほうへだらりと下がった。


 突撃してきた男は、ゴッズが縄を切り落とした瞬間、向こう側に戻ったらしい。


 馬の尻をこちらに向けながら、舌打ちをしている。




 再び馬蹄が聞こえた。


 今度は、ピルムの背中の側からだった。


「バグニダッド!」


 ピルムは大声をあげた。


 馬上には長身痩躯の男が弓を背負い、雲間から射す月影に照らされていた。


「残念だったな。もう終わったよ」


 ゴッズが皮肉っぽく言った。


「終わった?」


「村人は全員逃がした。敵は崖の向こう。橋は焼け落ちた。今さら村一番の弓の名手であるてめえが来てもなんの役にもたたねえ」


「長老」


 バグニダッドが長老をにらみつける。


「なぜ橋を焼いた。西の連中はどうする。やつらはどうやってこれから生きていく? 家もなしに。畑も牛舎も全部あっちにあるんだぞ」


 長老は目をうるませながらバグニダッドにつぶやいた。


「分かっておる。分かった上でこうしたのじゃ。わしらにはやつらに太刀打ちできるすべがない」


「俺がいる」


 バグニダッドはかつかつと馬を進ませると、崖の前に立った。


「何をする気じゃ」


「こうするのさ」


 バグニダッドの猿のように長い腕が水平に伸び、弓の弦をしならせた。


「やめんか!」


 長老の言葉もむなしく、バグニダッドが放った矢は糸を引くように一直線に飛び、向こう岸の男の胸を貫通した。


「やった。殺されたやつらのかたきをとってやったぞ」


 長老は頭を抱えた。


「バグニダッド。もう、よいじゃろう。とりあえず東に戻るのじゃ」


 バグニダッドはまだ不満そうだったが、ゴッズになだめられてしぶしぶきびすを返した。


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