第一章7 『激闘の果てに』
目の前で繰り広げられる戦闘は、十七年間積み重ねてきた仁の常識を粉々に破壊するものだった。
「はぁぁぁ!」
白浜先生が炎を纏った左手を振り上げて、男に肉薄する。
「ふっ」
男は寸前の所で体の前に爆発を起こして後ろに跳び、同時に白浜先生を爆風で吹き飛ばした。
霧島先生は男が着地した瞬間を狙って2本のナイフを投げつける。
男は左手で爆発を起こしてナイフを撃墜したが、時間差で投げられた1本のナイフが顔を掠めた。しかし、致命傷にはならず肌を浅く抉っただけだった。
「ちっ、遮断」
霧島先生は、攻撃が失敗したと悟ると、闇を発生させて姿をくらませた。
数秒の後に闇が霧散すると、霧島先生は白浜先生の横に移動していた。
「ふはははは! 威勢がいいわりには、大したことないな。」
男は左手を頭に当てて、嘲るように笑った。
「ちっ、大丈夫か?」
霧島先生は舌打ちをすると、倒れていた白浜先生に声を駆けた。
「何とか、ね」
白浜先生は廊下の壁に手をついて、辛うじて立ち上がった。
「少し油断したわぁ。でもぉ、もう同じ手には乗らないわよぉ」
「よし、行くぞ。遮断」
霧島先生の能力を皮切りに、再び戦闘が始まった。
仁は廊下の隅で固まって全く動けなかった。
――何なんだよ、霧島先生と白浜先生が超能力者って。ずっと隠し通してきたってことか?
何よりも、見知った教師たちが誰かを真剣に殺そうとしている現実が受け入れられなかった。
「はぁぁぁ!」
白浜先生が男の正面から殴りかかった。男は右手を伸ばして前方に爆発を起こしたが、白浜先生は小さく横に跳んで寸前の所で爆発を回避した。
「ぐぁぁ!」
白浜先生の炎の拳が男の腹にめり込んだ。服が焦げて嫌な臭いがした。
「死ね」
間髪入れずに、霧島先生が男の右側から斬りかかる。
男は後ろに跳んで霧島先生の攻撃をかわすと、両手を真っ直ぐ突き出してニヤリと笑った。
「響ちゃん、避けて!」
白浜先生の叫び声を聞いて、追撃しようとしていた霧島先生が、素早く後ろに跳躍した。その直後、轟音と共に廊下の中央の空間が大爆発した。仁はとっさに、気絶したままの蒼に覆い被さった。
「ずいぶんと派手にやってくれるな」
顔を上げるとすぐ近くに霧島先生がいて、忌々しげに男を睨み付けていた。爆発の影響で天井からパラパラと砂がこぼれ落ちている。
「ふはははは! どうだ? これが俺の最高火力だ!」
男は顔を醜く歪めながら愉快そうに笑った。
「こぉんな狭い場所で大規模の爆発を起こすなんてぇ、頭おかしいんじゃないですかぁ?」
「頭おかしいのは今に始まったことじゃないだろ」
「酷いなぁ二人とも。俺、傷付いちゃったよ。やっぱりお仕置きが必要みたいだね」
男はニヤニヤと笑いながら、汚い音を立てて舌なめずりをした。
「本当に気持ち悪い。同じ空間にいるだけで不快だわぁ。さっさと倒しちゃいましょぉ」
「無論だ」
二人は短く言葉をかわすと、男の方に向き直った。
「えー、どうやって?」
しかし、男はおどけるように額に手を当ててそう言った。
――何であの男はあんなに余裕綽々としているのだろう。
仁には超能力の強さなんていうものはわからないが、男と先生達の闘いはおおむね拮抗しているように見えた。
「ねぇねぇ響子ちゃん、ナイフは残り何本あるのかなぁ? もしかして、今持っているので最後だったりしてー」
「くっ……」
霧島先生が小さく顔を歪めた。
男は、煽るように手をひらひらとさせた。
「恵理ちゃんは相変わらずいい立ち回りをするねー。さっきの一撃は結構痛かったよ。でも、そろそろ体の方が限界なんじゃないの?」
「な、何のことかなぁ?」
白浜先生の返答が明らかにしどろもどろになった。
「まったく。体が弱いんだから無理しちゃ駄目だよー」
確かに、白浜先生は呼吸が粗くなっているし、いつもより顔色が悪い気がする。
「そんなこと大した問題でもない」
霧島先生はきっぱりとそう言ったが、今となっては強がっているようにしか聞こえなかった。
――まずい。今ここで先生達があの男に敗北したら蒼が殺されてしまう。俺にも超能力があれば……
しかし、一般人である仁は、唇を噛みながら先生達の闘いを見つめている事しか出来なかった。
「ふーん、そっかー。それじゃあお仕置きタイムを始めるよ」
男はニヤリと笑うと、両手を後ろに向けて背後に爆発を起こし、爆風を利用して一気に前進した。その時。
――メリメリ、ミシッ
嫌な音が廊下に響き渡った。
「あぁ?」
男は立ち止まって左右を見渡した。
次の瞬間、男の頭上の天井が派手な音をたてながら崩壊した。ホコリや粉塵が舞い上がり、視界が遮られた。
「おい、時枝。ここは危険だ。離れるぞ」
仁は、蒼を背中に担いで霧島先生の声がする方へ向かおうとしたが、突然、甲高い叫び声が耳に入り、足が止まった。
「ふはははは! 探す手間が省けてラッキーだったな。任務完了っと」
「離して、離してよ!」
数秒の後に視界が晴れると、男の手に白髪の少女の腕が、がっちりと握りしめられていた。