4. 末
願えば叶う。強く願えば、人間は意識的にしろ無意識的にしろ、その願いを実現させるために情報を集め、策を練り、そして実行に移しはじめる。
いわゆる運命や巡り合わせというもののほとんどは、単なる後付けなのではないかと遼一は思う。
『くゎtろぉぉ・・・kわtろぉぉふぉるまっ痔ぃぃ・・・・・・!』
自室のちゃぶ台に置いたタブレットが、遼一のとっておきの映像を映し出している。
威嚇が通じず、真っ青になって逃げる宝は本当にかわいい。
「あのさあ、これ、さすがに自分でも気味が悪いんだよね。止めてくれない?」
動画で流れているのと同じ声が、別方向から携帯を通して話しかけてくる。
「人がゆっくり鑑賞してるときに電話してくる方が悪いんだろ。何の用」
遼一はしぶしぶ再生停止ボタンを押し、つれない答えを返した。ついでにスピーカーモードに切り替えたスマホをベッドに放り、自分もダイブする。
「それが、また東京に出張が入っちゃってさあ。大学の近くには行かないけど、来週の木と金、新宿界隈には来ないでねー」
「またかよ!あーあ、せっかく手羽先の美味しいとこ見つけて、宝と開拓しようと思ってたのに」
「そんなこと言ったってさー、俺と鉢合わせたら宝チャン、デートどころじゃなくなるでしょ」
間延びのする軟派な口調は、宝を襲ったときよりだいぶ明るくなっているが、それでもベースの声音は変わらない。暗闇の中とはいえ、ばっちり顔も見られているので、面と向かえば宝は高確率で気づくだろう。
「わかってるよ。教えてくれて助かる」
「こっちもトラブルは避けたいからねー。それで?宝チャンとはうまくいってるの?」
電話口の男の名は、南原 海斗。遼一の従兄だが、お互いの祖母は違うため、家族ぐるみの親戚づきあいは全くない。ほぼ他人同士のほの暗い交流を、ここ数年なんとなく続けている。
「これ以上ないくらい順調だ。万が一のときはあの宝が秘密にしたがっている痴漢撃退動画で脅して言うことを聞いてもらおうと思ってたけど、全く必要なかった」
「お前・・・相変わらずクズだね。その本性は彼女にまだバレてないの?」
「バレてない。というか、付き合ってからはそんな疚しいことはしてないって」
「よく言うよ。どうせ彼女の自宅から携帯から根こそぎチェックしてるんでしょ」
「・・・仕方ないだろ、宝は危機管理能力があんまりないんだ。痴漢に遭いやすいのに、あんな夜道が危ないところにマンション借りてるくらいだし。だから、24時間、俺が守ってあげないと」
他人のプライバシーを好き放題に搾取し、さらにそれが彼女のためと言い切る傲慢さ。陶酔した、罪悪感のかけらもない声に、海斗はうすら寒いものを感じた。
「へぇー、そう。バレてもそうやって説明すればわかってくれるって?ラブラブでいいねー」
茶化す海斗に、遼一はごく真面目に、さらに爆弾を投下する。
「うん、まあな。実は一度はそう思って、宝に全て打ち明けようとしたこともあったんだ。」
「・・・はあ!?」
「けど、それは宝の友達に止められたからやめた」
「え、なにそれ?・・・そのお友達、お前のやったこと知ってるわけ?知ってるならどうして宝チャンに黙ってるんだ?」
突っ込みどころが多すぎて、とりあえず思いついた端から聞いていく海斗。
「まだ付き合いたてのころ、俺が宝のスマホにこっそりスパイアプリを入れてるのを、その友達の西口って子に気づかれたんだ。わざわざ宝のいないところに呼び出されて問い詰められてさ、けっこう怖かったな。それでとっさに改心したフリして、『すぐに宝に打ち明けてアンインストールする』って約束したんだけど・・・」
「うん、それで?」
海斗は興味津々で先をうながす。
「でも、打ち明けるんじゃなくて、逆に宝にバレないようにこっそり削除しろって言われたんだよな」
「なんでだよ!それ、お前に都合よすぎるだろ!」
「西口いわく、宝は俺のしたことを知って許せるような神経構造をしていないし、俺は何がどうなろうと宝に付きまとうのをやめそうにない。だから宝の心の平穏のために、その本性を生涯隠し通して、一生宝に愛される努力をしろ。あと少しは自制しろ。だって」
「すごいな、それ!でもなんでそこまでお前に理解があるんだ?まさか同類?」
「さあ?でも、そこは俺にとってどうでもいい。重要なのは、宝の親友が『許せる神経をしてない』って言い切ったことだ。それなら全力で隠し通さないとな」
「親友って・・・二人の交友関係まで調べたんだ・・・すごいね」
「どの程度信用できる情報元なのか、確認するのは当然のことだ。ていうか親友ってことは前から知ってた」
さも当り前のようにそう言い放つ遼一に、もう何も言うまいと海斗は思った。
最後に、どうしても外せない重要事項だけを投げつけて終わりにすることにする。
「あっそう。もう何でもいいよ。まあ、くれぐれも、お前お気に入りの俺の犯行動画をネットに流したり、警察に持ってったりするのだけはやめてねー。ていうかほんとは削除してほしいんだけどねー」
「馬鹿か、貴重な宝の映像、しかも激レアのプルプル子兎バージョンを消すわけがないだろ!心配しなくても、俺はそんなヘマしない。宝も、さっき言った通り危機感がまるでないから、そもそも警察に行こうという話にすらならない」
「それならいいよ。そんじゃ、また」
長らくの通話が終了し、ため息をついた遼一は、ベッドから伸びあがって再びタブレットを手に取る。指紋でセキュリティーを解除した瞬間、画面には選りすぐりの宝の写真が一枚ずつ浮かんでは消えていく。
幼稚園、小学校、中学、高校、修学旅行、大学、交際記念日・・・・それは遼一の、宝へ向けた愛の軌跡そのものである。
「危機感なんか芽生えるはずがないんだよなあ・・・俺がずーっと守ってきたんだから」
彼は、地図アプリを開いて、宝を示す点がこの部屋を目指して近づいてくるのを眺めながら、それは満足そうに、笑った。
遼一が 宝を 痴漢から助けたのはただの宝を手に入れるための自作自演で、
本当はみなみ(西口)が 宝を 遼一の異常性から守ったというお話でした。
遼一は、幼稚園から宝をストーキングしている筋金入りのヘンタイですが、
宝が東京で始めた痴漢撃退法を知ったのは、作中が初めてでした。
みなみと海斗も例にもれずヘンタイなのですが、
それについては気が向いたら番外編で書こうと思っています。
ひとまず、これにて完結!
拙作にお付き合いくださり、ありがとうございました!