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― 夏煙、七月 ―  作者: 村松康弘
9/10

運手席のドアを開けたまま電話に出る、知らない番号だったから相手が話し出すのを待った。「誠か、・・・俺だ、大介だ」俺の耳に衝撃が走る。約10年ぶりに聞いた大介の声だったが、その一声に明るさはない。

俺としても、本来なら懐かしさで声を荒げるほど嬉しいはずだが、白骨死体のニュースで混乱しきってる上、大介に疑惑を感じた矢先だったので、そういう気持ちは訪れなかった。電話をかけてきたタイミングにも引っかかるものがある。

「大介、・・・久しぶりだな、元気でやってるのか」俺の返事も、かつての親友に対する態度とは思えないほど、素っ気ないものになってしまった。

「お前の家に電話したら、お袋さんが携帯の番号を教えてくれた」大介の言葉は淡々としていて、無感情に聞こえる。

「北海道からかけているのか」俺が聞くと、「いや、東京だ。ずっと東京に住んでいるんだ」答えた電話の向こうには、街の雑踏らしき音が響いていた。

「東京か・・・」俺がひとり言のように呟くと、「明日の夜、久しぶりに長野に行こうと思うんだが、会えないか?・・・話したいことがある」やはり淡々とした大介の声に、通りすぎるバイクの排気音がかぶる。

大介は電車で長野に来ると言ったので、午後7時に長野駅で待ち合わせることにした。俺たちは互いに何かを探り合うような話し方になってしまい、10年ぶりの再会を喜ぶかつての親友同士の会話ではなかった。約束を確認すると短かく電話を切った。


俺は自分のアパートに帰ると、静まり返った部屋でストレートのバーボンをちびちびやったが、眠気は一向に訪れなかった。事件のことをずっと考えていて、夜明け近くになってようやく少しまどろんだ。そしていつも通りの時間に起きて現場に行き、作業がはじまった。

今日も型枠材や鉄筋の荷揚げがあったが、いつも玉掛けと無線合図を担当している仲間が、別の現場に応援に行って不在だったので、俺が代わりを務めることにした。クレーンオペレーターから無線機を受け取ると、足場を登って8リフト目の作業スペースに上り、吊り上げた材料の受け取り作業をはじめた。

10時の休憩をはさんでから、何度目かの材料を荷揚げした時だった、俺はぼんやりしていてオペレーターに巻き下げストップの合図を言い忘れた。クレーンのフックが下がりすぎて、着地した材料に衝突して音を立てた。オペレーターは異変に気づき操作を止め、俺はあわてて「ストップ!ストップ!」と合図をした。

『おい、樫沢くん!なにやってんだ!』無線越しにオペレーターが怒鳴ってきた。「すんません、ちょっとうっかりしてて」フックを巻き上げると、また作業をはじめるが、様子を見ていたらしい親方が近づいてきた。

「誠、お前疲れてるみたいだな、それともなにか悩み事でもあるのか?・・・お前、今日はもう帰っていいから、ゆっくり休め」親方は心配そうな眼差しでそう言った。俺は情けない気持ちになり、「いや、大丈夫ですよ・・・」と言いかけると、「お前のためだけに言ってるんじゃねえんだ、現場の仲間全員のことを考えて言ってんだ。・・・いいから今日は帰れ!」普段から穏やかな性格の親方にしては、強い口調だったので、俺は呆気に取られて、「わかりました」と頭を下げると、まだ炎天下の現場から離れていった。


午後6時50分、駅構内の東西連絡通路で待っていた俺は、改札を出てきた大介を発見した。大介はあたりの様子をキョロキョロ見回している。俺が近づき声をかけると、「おう、久しぶり」と言ってお互い笑顔で握手をする。「誠は全然変わらねえな」と言った大介は、10年前とくらべればかなり太っていて、体全体が大きくなったように見える。通路の脇で少し立ち話をした。

――大介は北海道に移ると、それまでと打って変わったように必死で勉強に励み、東京の有名大学に進んだ。そして工学部を卒業した彼は、東京の大手設計事務所に入り、現在は大型建築物の設計に携わっていると言った。順調な人生を歩んでいるようだ。そして1年前に結婚もして家庭を持ち、そっちの方も順調で幸せそうだった。

今度は大介が俺のその後のことを聞いてきたが、俺には語り聞かせるようなエピソードも自慢話もなにもなかった。「結局俺は、あの頃のバイトの延長線上で働いてるようなもんだよ。地元から大して離れてもいないところに住んで、日々特別変わったこともなく」それでも俺は自分を卑下する気持ちもなく、大介をうらやむ気持ちも湧かなかった。(人の人生も価値観も、それぞれ)それは本当の気持ちだった。


話がひと段落すると、大介の表情はいくらか強張ったようになり、「ゆっくり話せるところはないか、他人の目もないようなところ」と小声で言った。俺の胸は少しざわめいたが、それは同感だったので、「俺のアパートに来ればいいよ、なんにもない部屋だけど」と誘った。

駅近くの有料駐車場まで歩くと、ふたりで軽トラに乗り込む。体のでかくなった大介にはかなり窮屈そうだ。車載のちっぽけな灰皿を引き出すと、俺はハイライト、大介はセブンスターを取り出して火を点けた。「タバコは10年前と変わってないな、お互い」と言って笑った。

15分ほどで俺のアパートに到着し部屋に入ると、大介は「そうだそうだ」と言いながら、大きめのバッグから東京のみやげらしい菓子折りを出した。「お前は食わないだろうから、お袋さんにやってくれ」と差し出した。

大介をリビングに通し、冷蔵庫からビールと食い物を出す。「10年ぶりの再会を祝って」俺たちはそう言うと乾杯した。干したグラスをテーブルに置くと、予期していた妙な沈黙が重苦しく漂ってきた。俺たちは互いに『タブー』を腹に隠し持っているからだ。

大介が口を開いた、「・・・ニュース見た、お前も当然見たと思うが。俺は心臓が止まるぐらいのショックを感じた。長野に来て、お前に会って話そうと思ったのはそのことだ」大介は大きくなった体をいくらか前かがみにして、うつむいたまま言った。

俺は黙ったままだった、(心臓が止まるぐらいのショックというのは、自分が埋めた死体が発見されたことを言っているのか。・・・そして俺に話そうと思ったこととは、理恵を殺したことをまず俺に報告するということか)

お互いしばらく黙っていた、俺は大介が自分から『事実』を話し出すまでは、なにも言わずにいようと思ったからだった。妙な沈黙は続いた。やがて大介はそれに耐えられなくなったのか、「誠」と顔を上げる。そして、俺の目を見据えると、「自首するべきだ」と呟いた。

(・・・!)俺はそのひと言に、後頭部を殴られたような衝撃を感じた。


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