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― 夏煙、七月 ―  作者: 村松康弘
8/10

――2日後、俺は18時過ぎに作業を終わらせ、親方と翌日の工程を決めると、砂防ダムの現場を下る。軽トラで帰路に向かう途中、スーパーマーケットに立ち寄った。だいたい3日分の食材を買うので、スーパーに行くのは週2回だ。

ビニール袋をふたつ提げて1DKのアパートの玄関を開けると、締め切って滞留していた熱気が、ドアの外まで押し寄せてきた。1階の部屋なので窓を開けたまま外出できないからだが、それでも真夏の2階部屋よりはマシだと思う。

俺は部屋に入ると方々の窓を開け放って、外気を充分に取り込んだあとエアコンのスイッチを入れた。汗と埃で汚れた作業着を洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びる。出てきた頃にはだいぶ快適になっていた。買ってきた肉と野菜を適当に炒めて、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングのテーブルに置いてテレビをつける。いつもと変わらぬ晩飯だった。

俺はビールのプルトップを開けて、缶の半分ぐらいを一気に流し込む。テレビは全国版のニュースの最中だ。


『・・・次のニュースです、今日の午後1時過ぎ、長野県○○町の河川敷で、白骨化した遺体が発見されました』ニュースキャスターがそう告げると、俺は不意に聞いた地元の町の名前に驚き、あわててテレビ画面を覗きこむ(・・・!)ヘリコプターが空撮したと思われる映像が流され、そこには一昨日訪れたばかりの護岸工事の現場が映し出されていた。俺は食い入るようにテレビを見つめる。

そして雑木林だったあたり、つまり一昨日施工業者が、「明日から抜根と掘削作業に入る」と言っていた場所はブルーシートに囲われている。(白骨死体が・・・あの場所に?)俺はテレビを凝視したままだ。

映像は流されたままキャスターの言葉が続く。『遺体が発見された現場は先月から始まった河川工事の構内で、重機を操作していた作業員が掘削作業中に発見しました。地中約1メートルほどのところに埋められていた模様で、まだ性別や年齢など不明ですが、遺体の状況から見て、埋められてからかなりの時間が経っている様子です。なお頭部に打痕と思われる損傷があることから、県警では殺人事件と見て捜査本部を立ち上げました。・・・また同じ場所からはレコード盤と思われる物が数枚見つかっており、遺体との関連を調べています。次のニュースです・・・』

俺は凍りついたように動けなくなり、まばたきすら出来なかった。その後のニュースの映像も音声も頭に入ってこない。(数枚のレコード・・・理恵だ。死体はあの日を境に消えちまった理恵に違いない・・・しかし)俺はのろのろと立ち上がり、テレビを消した。茫然と立ち尽くしたままため息を吐いたが、心臓は早鐘を打っている。


静まり返り、エアコンの作動音だけが響く部屋の中で、俺は考えを巡らせている。(・・・理恵がレコードを持ってくると言った翌日、理恵は現れず、俺が遅れて到着した河川敷には、大介がひとりで丸太に座っていた。・・・あの日、もしかして俺が着く前に理恵はレコードを持って来ていたんじゃないか?・・・そして大介と何かの理由で争いになり、大介は理恵を殺した。そして理恵の死体をどこかに隠しておいて大介は俺を待ち、のちにひとりで現れて理恵の死体を地面の下に埋めた・・・)考えたくないことだが、俺の思考は大介の犯行説に傾いていく。そして想像しながら背筋が寒くなった。

(そんなはずはない、俺の親友だった大介がそんなこと出来るわけがない。あの死体はまったく別の人間、まったく別の事件)そう思おうとした。しかし、死体とともにレコードも発見されたことを考えれば、どうしてもそうは思えなかった。


俺はいてもたってもいられなくなり、軽トラに乗り込むと地元の町へと走り出す。走っている最中も頭の中はあの日、7月28日のことでいっぱいだ。・・・あの日の大介の様子や周りの様子など、必死に思い出そうとしていた。そして前日の理恵のこと、そしてキスをした時のこと。胸の中は複雑な思いで息苦しくなった。

やがて地元の町へ入り、交差点を曲がると堤防までの道を走っていく。するとあたりはすっかり暗くなっているにも関わらず、人が集まっていた。ニュースを見聞きして駆けつけた野次馬たちだろう。そしていつもは車など停まっていない道路の路肩には、縦列駐車の車が数え切れないほどだった。

俺は路上で方向転換すると、100メートルほど離れた屋根屋の資材置き場の片隅に軽トラを停めて、歩いて河川敷を目指す。堤防まで行くとそこには『立入禁止』のテープが張られて、野次馬たちはそこで立ち往生している。「あれはしばらく顔を見ていない酒屋の息子だ」だとか、「町営住宅にひとりで住んでたばあさんだ」だとか、口々に無責任なことを言っていた。

俺はそいつらの間を抜けて、テープの最前まで行く。目つきの鋭い若い警官がこっちをにらみつけた。テープ越しに河川敷を見下ろす、そこには数台の投光機が据えられていて、ブルーシートの囲いを照らし出していた。中に動いている人影が見え、河川敷はまるでナイターのようにそこだけ明るかった。

(理恵、本当にお前なのか・・・)胸に哀しさと恋しさが閊えて、いたたまれなくなり、俺はまた野次馬をかき分けて戻る。野次馬の中には缶ビールを持って、夜祭見物のような顔をしたおっさんもいた。

軽トラに乗り込んだ拍子に携帯が鳴る、画面を見ると登録していない相手で、番号のみが表示されていた。


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