78話:地獄で生活
世界は広い。
陳腐だが本当にその通りだ。
それでも俺は世界の裏側に潜み、世界を知ったつもりでいた。
世界中どこにでも行った。
激しい紛争地帯にもこの身一つで乗り込んでいった。
そこで見たものはどれも悲惨で、悲壮で、滑稽で。
醜い。
最低辺の世界。
争って全てを失っていく。
残るものは荒野と死体。
優しさなんてかけらもない。
女も子供も関係なく、死体へと変わった。
それでも。
それでも、例えそこが地獄のような場所であっても。
そこで争うものは人だった。
感情があった。
感情と感情がぶつかっていた。
それはとても酷く醜悪だったけど、輝いていた。
生きるために死地に赴く者達の眼は輝いていた。
鮮烈に焼きつく程に。
惹かれる程に。
魅せられる程に。
醜い世界で、一際輝いて見えた。
泥水を啜ってでも生き抜く為に前を見ている眼。
俺はそれが好きだった。
だから俺が愛した女の眼は、世界で一番美しかった。
一度、失ったもの。
失ったと思っていたもの。
俺はそれを、必ず取り戻す。
恩ある者の為に。
娘の為に。
俺自身の為に。
最低のクソみたいな世界で見つけた最高のものを必ず。
俺は、俺が生き抜いてきた世界が最低だと信じていた。
ここよりひどい場所はないと。
そう思っていた。
だけど、思い知らされる。
俺は俺で常識に縛られていたのだと。
地下帝国での人は家畜だ。
人は家畜のようにも生きられるのだと知ってはいた。
知ってはいた。
だけどここでは等しくみんな平等に『家畜』であり『実験動物』だ。
あの魔王少女と呼ばれる者達ですら等しく。
全ては『魔王』のおもちゃ。
独裁国家と呼ぶことすらぬるい。
絶対的な一人の強者の君臨する国。
地の底にある監獄。
まさに地下帝国は『地獄』と呼称するに相応しい場所だった。
俺の知る最低より最低の場所。
そんな場所でも俺は生き抜いてきた。
こんな所でも、輝くものがあるのだとわかったから。
折れずに。目的の為にただひたすらに。
地下帝国に降り立って一か月。
俺自身も環境に適応しつつあった。
「あのお……主様?」
じっと、瞑想をしていた俺に声がかかる。
「……なんだ?」
「そのお……そろそろ……そろそろ、ご飯を作っていただけませんか!?」
「……そろそろってお前……ついさっき食わしたばっかじゃないか……」
目を開き声の主を見やる。
そこにいるのは幼い顔立ちにをした白髪頭の今の俺よりもかなり背の高い女の子だ。
180cm程度はありそうだ。中身は子供だが。
特徴的なのは頭の上。
猫の耳のようなものがくっついている。ぴくぴく動くし本物のようだ。
色々あって助けた……というのは微妙だが、くっついてくるようになった。
名前はない。
だから俺は適当に『シロ』と呼ぶ事にした。猫っぽいし『タマ』と呼ぶか迷った。
「ふみぃ……育ち盛りなもので……」
まだ伸びるのか……。
それでも体内時計では先ほど食事を与えてから一時間も経っていない。
「喰い過ぎだ。備蓄した食糧がすぐ底をつくだろうが……」
地下帝国で食料の確保はさほど難しくはない。
食べられるのか疑問はあったが魔獣と呼ばれる化け物がその辺にいる。
ドラゴンのような魔獣はなかなか食いでがあった。
バラして、肉にして燻製にして多少は保存が効くようにしている。
シロの食欲を考えても一週間は持つだろうと考えていたが……見込みが甘そうだ。
「ふみぃ……」
今にも泣き出しそうな顔でこっちをみてくる。
ぐぅっとお腹の音が響く。
「はぁ……」
地下帝国は魔力が豊富だ。その魔力を急速に取り込んでいく為の瞑想を切り上げる。
溜息をつきつつ、腰を上げて立ち上がる。
食料は適当にタマに狩らせればいい。
その辺の魔獣を狩れる程度の実力はあるのだ。
狩ってから勝手に食べればよさそうなものだがそう簡単ではなかった。
食材を加工する術がわからないのだ。
肉ならバラして火で炙れば大体食える代物になる。
だけど火が起こせない。
マグマは探せばある。
だけど肉が消し炭になる。
そもそも火で炙るという発想が欠如している。
地下帝国はそういう場所なのだ。
俺が作った大雑把な料理とも呼べない代物が大層お気に召したらしい。
シロを拾ってしまったのも俺の責任だ。
横で「ふみぃ」と腹の虫を聞かされたら瞑想の邪魔だ。
とっとと諦めて肉を魔法で炙って与えてやる。
「~っ♪」
うまそうにバクバクと頬張っている。
「っ!!?」
勢い込んで食べていたシロが胸の辺りを押さえて苦しみ出す。
「クロ」
俺は慌てることなく、近くで寝ていた魔獣に声をかける。
「グアア」
黒い体表の1メートル程の魔獣が一声鳴いて尻尾を振り上げる。
生まれ出た顔一個分の水球をシロの顔目がけて放り投げる。
ばしゃんと音をたててシロの顔で弾ける。
「っんく! ごくごく……! ぷはぁ……!!」
シロは水を一気に飲み込んだ。
シロは濡れ鼠になったが地下帝国は熱い。すぐに乾くだろう。
「慌てて食い過ぎだ。ゆっくり噛んで食べろ」
今の自分よりもでかい女の子に父親のような事を言っている自分に複雑な気分になる。
「ふみぃ……。ごめんなさい……。クロありがとう!」
「グアア」
黒い魔獣は一声返事をして、再び寝息を立てる。
黒い魔獣は『クロ』。
俺が適当につけた。
俺が戦った鰐型の魔物『クロコッタ』の幼生体だ。
食糧もサバイバルする上で重要だが、水分も同様に重要だ。
食料はその辺の魔獣で代用が利く事がわかったが、水場がいくら探しても見つけられなかった。
そこで水を生む魔獣クロコッタを捕獲しに行った際にちょうど卵から還ったこいつと目が合ってしまった。
刷り込み式で俺についてくることになった。
今、俺達がいる場所は地下帝国で見つけた洞窟だった。そこを拠点に俺は情報収集と戦闘を繰り返していた。
地下帝国は広い。
アメルを探すのが困難だと考えた俺は騒ぎを起こせばなにかしらアクションがあるだろうと考えて多少色々な場所で暴れた。
結果は芳しくない。
向こうからのアクションは何もなかった。
初めて地下帝国に来た時にアメルはすぐにやってきた。
なんらかの情報伝達はされているだろうと考えていたのだが……。
なにか見込違いをしていたのだろうか?
そろそろ何か別の手を考える必要があるかもしれないと考えていた。




