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77話:あの日から

 一ヶ月。


 鳩子ちゃんが地下へと向かって過ぎた時間。

 私はあの日から九米ちゃん、略して(きゅう)ちゃんと四苦八苦しながらも『機関』と呼ばれる基地で過ごしてきた。

 四葉(わたし)と九ちゃん以外にこの基地に住む住人は3人………いや、4人というべきだろうか?


 一人は先生。

 先生はあの日から心を壊してしまった。

 何も映さない瞳。

 笑うことも、喋ることもしない。

 ただずっとどこか遠くを見つめている。

 食事を摂ることも、お風呂に入ることも自分では出来ない。

 日常生活で必要な事が何一つできない。

 

 まだ小さな身の上の私では大人の介護は難しい。

 介護には恐ろしく体力が必要なのだ。

 弛緩した大人は安易に持ち上げられるものではない。

 

 それでも綺麗な身なりで、血色良く過ごせているのはほとんどは九ちゃんのおかげだ。

 九ちゃんと………カルマさんが先生を見てくれている。


 カルマさん。

 先生が好きな人。

 先生を好きな人。

 基地で暮らす住人の一人。

 あの日からカルマさんは仮面をかぶった。

 仮面をかぶったあの人はほとんど言葉を交わせない。

 ただ一度、仮面で表情のわからないあの人感情をぶつけた事があった。


 心を壊した先生。

 いなくなった鳩子ちゃん。

 先の見えない不安の中で、唯一動ける大人の人。

 その人が分らない事が苛立った。


 その時にぽつりと言った。


「………自分で制御が出来ないから………。僕はここに在るだけで傷つけてしまうから………」


 そう言っていた。確かにあの仮面を被ってからあの暴力的な魔力にさらされることはなくなった。


 先生の世話をして、ただ先生を眺めているあの人は何を考えているのだろう。


 ただ先生が語ってくれたカッコイイ王子様の姿はここにはなかった。


 苛立つ。


 先生は四葉(わたし)では癒せない。


 私自身はそんな先生を見たり、ただただ喋りかけたりを繰り返し繰り返し。

 いつか返事が返ってくることを信じて。信じた振りをして。

 そんな風にして過ごした。

 幸いこの基地で衣食住には困らなかった。

 九ちゃんがいればなんとかなることが多かった。

 たまに魔法少女になれと契約を迫ってくる事がなければ実に頼れる良きパートナーだった。


 そんな中で唯一の楽しみが一つだけあった。


 もう一人の住人。


 スペードちゃん。


 彼女は培養液の中でひたすら眠っている。

 ただ眠っているだけの彼女。


 その彼女の部屋で彼女と過ごす事が楽しみだった。


 彼女は語りかけても返事をする訳ではない。

 ただ先生と違って返事を期待するわけでもない。

 突然いなくなった鳩子ちゃんやカルマさんへの愚痴を一方的に言っているだけだ。

 先生には言えば怒られそうで気後れするような言葉を敢えて使って愚痴る。

 多少は気持ちが楽になる気がする。

 それに返事はないけど、彼女が寝ている姿を眺めているだけでも楽しい。

 なんと言っても彼女は裸なのだ。

 そう裸!

 っと、誰に聞かれる感情でもないがぐっと危険な方向にいきそうになる意識を戻す。


 裸で眠る少女(スペードちゃん)の寝顔を眺めているだけでも面白い。


 凛とした涼やかな美人さんって雰囲気の彼女だけど、非常に表情が豊かなのだ。

 どんな夢を見ているのかはわからないけど口元だけでにやにやしてたりする。

 寝顔なのにその表情はコロコロ変わって楽しい。


 一方的に喋って、彼女の顔を見ると微笑んでくれていたりする。

 反応してくれたみたいで少し嬉しくなったりする。


 一見クールな感じの女の子だけど実は愉快な女の子だ。


 この部屋で過ごしてわかった。

 勝手に部屋を漁るのは気が引けたけど、暇には勝てなかった。

 言い訳だけど、なにか気を紛れさせないと不安だった。


 それに娯楽としてわかる物があるのがこの部屋くらいだった。

 鳩子ちゃんの部屋にも行った。けど、鳩子ちゃんの部屋はなんというか………なんにもなかった。


 だからこの部屋の本棚にある本を読んだりしていた。

 流石に机の中とかは開けたりしていない。

 本だったりゲームだったりだけだ。


 それでも分ることもある。

 私と近い部分もあるけれど………趣味は合わないだろうな、とか。


 漫画や小説はジャンルは分け隔てなく読める。

 だけどたまに。たまーに本の表紙と中身が違う事がある。


 表紙が混じっちゃたのかな? と思って、ついそのまま読んでしまった。

 あわあわなりながらもつい読んでしまった。

 ちゃんと内容がしっかりしていておもしろかったのだ。

 だけど。だけどだ。

 眠れる少女につい言ってしまったものだ。


「これって(小学生が読んだら)駄目なやつじゃん!!」


 その時のスペードちゃんの寝顔は………にやにやしていた。


 悪い娘だっ!


 男の人に「やおい穴」があるっていうのを初めて知った。

 教科書には載ってない。

 私は一つ大人になったのだ。

 

 面白かったし、嫌いではないけれど男同士はあんまり趣味じゃないかなーとは思った。


 ゲームの方もケースと中身が違う事があった。


 ………本当に。本当に、スペードちゃんは悪い娘だ。見た目はこんなにクールビューティーなのに。

 人の趣味はそれぞれだしとやかく言えないけども………。

 それでも「悪い娘」って評価は変わらない。


 そんなスペードちゃん。

 ちょっと怖くもあるけれどちゃんと喋ってみたくもある。

 なんとなくだけど「悪い娘」だけど「嫌な娘」ではない気がする。


 私は目覚めないスペードちゃんが気になって一度『視て』みた。

 力強く打つ心臓とスペードちゃんに僅かにまだ綻びの様なものがあった。

 これが原因かな? と思い、『癒し』た。


 結果は綺麗で健康な体だけど、目覚めてはいない。


 だけど心配はしていない。

 先生の時の様な不安はない。

 見ているとなんとなく幸せになる寝顔をだからだろうか?

 どこかあの安心させてくれるような鳩子ちゃんと雰囲気が少し似ているからだろうか?

 単純に寝過しているだけなのだ。

 いや、ちょっと違う………のかな?


 眠っているだけなのになんというかその存在感というか………が、強くなっている気がする。


 とても静かに。力強く。


 深く。


 そんな漠然とした感覚。


 この不思議な感覚。

 それを覚えた人はもう一人。


 4人の内の最後のもう一人の住人。

 そのもう一人は力強い………けど、空虚。


 その人はボロボロだった。

 文字通り体がボロボロに傷ついていた。


 いつ死んでもおかしくないような弱々しさ。

 いや、死んでいるのか生きているのか未だにわからない。


 だけど、感じる存在感は力強かった。

 だけどそこにその人はいない。空虚な感覚。


 開かれた胸には心臓の代わりになるような機械が埋まっていた。

 痛々しい傷。

 最近できた物から、古くからあるような傷。

 傷だらけのその人。


 九ちゃんに聞いたその人の名前は『海原光明』。


 傷だらけで痛々しいその人を。

 どこかスペードちゃんに似ているその人を。


 死んでいるかもしれないその人を。


 四葉(わたし)は『癒し』た。



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