75話:VS カルマ
学校に降り立った俺は校庭に向かう。
そこで魔王少女のムルと名乗った女の亡骸を容赦なく痛めつづけるカルマと対峙する。
空間を覆うような魔力。圧倒的な魔力。
数値化すると600万オーバーの規格外の魔力だ。
元々のカルマの魔力値は知らないがほとんどない程度だと思っていた。
いや、元は地下帝国の住人だという情報があったからそこで生きられる程度にはあったのだろうが。
微塵も脅威を感じた事はなかった。
身の危険を感じる事は何度もあったが。それはまあ、いい。
もしもカルマがこの力を隠しているなら見抜けたかも知れない。
自身の危機に対する嗅覚はそれなりに信頼している。
だけど、まったくそんな気配はなかった。
つまりこんな状態になるまでカルマ本人も知らなかった……あるいは、記憶を消したか。
まあおそらくは後者。
大暮先生に触れて、視た記憶。逃げる時に見た閃光の様な強大な魔力。
推察通りならその犯人はカルマだろう。
強大な魔力の空間。
台風の中で裸で立っているような感覚。
だけど、その中で不思議と落ち着いていた。
武器を構える事なく気軽に声をかける。
「よお。カルマ」
ぐちゃぐちゃと響いていた音が止む。
カルマがゆっくりとこちらに向く。
目は合わせない。
合わせてはいけない。そういう類の魔法。
いや、おそらくコントロール出来ていないがゆえの限定的な特性。
基地にいる短い間に、九米と分析した結果の結論だ。
推察のレベルだが、大丈夫だろう。
こちらを向いても、魔力の重圧は高まったが、俺に変化は感じない。
「人形遊びはその辺にしておけ」
変わり果てた魔王少女を指して言う。
「癒し手が見つかった。それにこれから……」
『癒シ手? ハートチャン? ……ゼンブ、ゼンブ! オソイ!! オソスギル!!』
瞬間でカルマの沸点がMAXに達する。
『魔法デハ人ハイキカエラナイ! ドンナ法ホウモ命ハモドセナイ! ユウキチャンハモウモドラナイ!!』
「おい……。カル……」
『モウドウデモイイ!! ボクノジャマヲスルナッ!!』
「聞け! おい! カルマ!!」
声が届かない。
カルマの怒りに呼応して魔力が荒れ狂う。
ゴウゴウと鳴る魔力の渦に声が飲まれる。
「っち」
声を届かせるのは四葉の魔法でも無理だろう。
この魔力に飲まれるのがオチだ。
そもそもこんな場所に生身で出てくるもんじゃない。魔法少女の状態でなければ俺でも歩く事すら困難だ。
再び、魔王少女の骸に向きなおり蹂躙を始めようとするカルマを見て思う。
怒りの矛先をそのままこちらに向けて、壊さない程度に冷静で。
そんなあいつは大暮先生が愛するほど、優しい。
そしてどうしようもなく臆病だ。
分からせてやる。
これからの為にも。
明日を考える為にも。
道を拓く者の存在を。
あの馬鹿の横顔を殴り飛ばして分からせる。
足に力を込めて駆ける。
20メートル程の距離を2歩で詰めて、馬鹿の後頭部を蹴り飛ばす。
加減はいらない。カルマは魔力のコントロールが上手くなくても、魔力の壁は圧倒的だ。
全開で魔力を垂れ流し続けているのだ。防御力も桁外れだ。
勢いを乗せた、ただの全力キックは面白いように綺麗に入り、カルマを吹っ飛ばした。
普段ならヤバそうな入り方だが心配はしない。
借りもいっぱいあるが、殴り殺したい事もいっぱいあるのだ。
吹っ飛んだカルマがのそりと起き上がる。
『ナンデ……』
距離が開き、聞きとれない筈の小声。
だが、しっかりと耳に声が届く。
『ジャマヲスルナッテ……』
「っは。ちんたらしてんじゃ……ねーよ!」
カルマがなにか喋ってる内に今度は顔面に正面から蹴り飛ばす。
普段なら台詞の途中でこんな事をすれば、カルマからツッコミを受けそうだが知ったこっちゃない。
とっとと怒りを煽る。
怒りを煽って、俺に向けさせる。
俺と向きなおさせる。
『ウゥウウウ!! ガアアァァアアアア!!』
カルマがキレる。
さあ。ここからだ。
「かかって来いよ。素人」
『……スベテ、コロス!』
戦闘に置いて、相手の目の動きは重要だ。多くの情報が詰まっている。それを瞬時に嗅ぎとるのも戦闘を有利に進めるには大きな利点を生む。特に素人相手には。
だけど、目は見れない。
カルマの魔法は分析した限り、目から魔力の主導権を強引に握るようだ。カルマより魔力が下の者で、カルマの目を見て、視覚にいる限りカルマの奴隷だ。また、範囲外まで出なければ魔力をカルマに供給し続ける。
魔力の暴走によるものか特性かはわからない。
上手く読み取れなかった。カルマの魔力が高すぎるのだ。わかった事は魔力は600万以上。上限はわからない。それ以上が視えなかったのだ。
それでも不思議なほど落ち着いていられた。
そもそも最強が素人に負ける道理がない。
魔力の量などハンデにもならない。
目で追えない速度で真っ直ぐに突っ込んできた馬鹿の脛を思いっきり蹴飛ばして転がす。
勢いもついてまた派手に吹っ飛んで行く。
今度は悠長に起き上がってくるのを待ってやったりはしない。
これは目的が殺す事でなくても、戦争だ。
決して余裕がある訳ではない。
全力で格の違いを見せつけてやる為におちょくってやってるだけにしか過ぎない。
銃を構えて叫ぶ。
「俺のマグナムが火を吹くぜ!! 『爆破流星』!!」
今の俺に出来る事を一つ、一つ確認していく。
確認して、学習し、馴染ませていく。
幸い、今のカルマは多少の事じゃ壊れない。
生まれる弾はいつも通りの大きさ。ただ、そこに込められる力も速度も桁違い。
緋色に輝く球が真っ直ぐにカルマに飛ぶ。
それに気付き瞬間で迎撃するような動きを見せる。
反射速度も中々に強化されているようだ。
『コノテイドデッ!!』
この程度の技ではまた吹っ飛ばす程度だろう。
だけど。
「爆ぜろ」
俺の呼びかけに呼応して、弾が爆発する。カルマが迎撃する直前を狙って爆発させる。
「『弾丸』」
足に貯めた魔力を解放し、擬似的な縮地を行う。
音を殺し、気配を殺し、爆発する爆破流星の魔力に己の魔力を紛れ込ませて、カルマの懐に飛び込む。
そしてその無防備な横面に向かって。
足を地に縫い付ける。
込めるは、腰、肩、拳。
「『砲』!!」
遥かに強化された魔力の込められた拳。
それがカルマの横面に吸い込まれる。
しかし。
「っち! 『弾丸』」
再度、弾丸で距離をとる。
俺の放った渾身の『砲』はカルマの顔を殴り飛ばす事はなく、魔力の壁に阻まれた。
多少魔力の操り方を覚えたのか。
単純になにか仕掛けてくるのを直感で感じ取ったか。
いや、カルマは頭が良い。それは俺が奴の唯一認める所だ。
俺のパターンを本能で計算したのかもしれない。
っち。今は鬱陶しいが、悪くない感性だ。
こちらは一撃貰えば終わるのだ。余裕は決してあるわけではない。
とりあえず距離をとって、作戦の練り直しを検討する。
そう考えていた。
だが、カルマの学習能力は予想以上だった。
瞬間で離れる俺に追いすがり、拳を握りしめて振り上げるカルマが目の前に現れる。
「なっ!」
油断ではなかった。離脱のタイミングも含めて完璧だった。
カルマはこちらの一手先を読んで行動してきていた。
絶対的な魔力を乗せた拳が無慈悲に振り下ろされる。
ゆっくりとした時間の中で高速で振り下ろされる拳を眺める。
腰も入っていない、ただの素人パンチ。
だけど当たれば必死。
もはや、受ける、流すのタイミングは逸している。瞬間の離脱で体制も崩している。まさに必殺のタイミング。圧倒的な魔力量に増幅された身体機能。タイミングを計った本能。素直に称賛する。
死の直前に見るモノ。
走馬灯。
走馬灯の中で、思い出されるのは夢の記憶。
俺は走馬灯の中で冷静に思い返す。自分に出来る事。
走馬灯を経験したのは一度ではない。
俺にとっての走馬灯は己に出来る事を再確認する為の引き伸ばされた時間。
思い出せ。視たものを。
明の視る夢。
俺はそこで……確かに、力を刻み込んだっ!!
起こる事は分らない。だけど、確信を持って叫ぶ。
「解放せよ! モードJ!!」
振り抜かれた拳。
そこに俺の姿は既にない。
変わりに、校庭に大きなクレーターが出来上がる。
俺はそれを眺める。
遥か、遥か上空から。
俺を探し見渡すカルマを少しばかり眺めて、己の背にある緋色の翼を眺めた。
次回『76話:緋の在り方』




