7話:ハート大地に立つ!!
遠くに光が見える。
暗闇を触手に拘束されながら落ちていた俺はようやく見えた光に不吉な予感を覚えた。
この速度のまま地面に進むのは危険に思えた。
地面にこの速度でぶち当たれば、よくて即死。悪ければ苦しんだ後に死ぬ。
暗闇を進む。
一向に速度が緩まる気配がない。
あの狂科学者を殺せなかったのが唯一の心残りだ。
突如開いた視界。光に目が奪われる。体に軽い衝撃。触手が俺を投げ捨てたのだ。
地面に激突する! と体を強ばらせたが杞憂に終わった。
開けた視界。そこは一面の新たな世界だった。
一面に見える、岩と赤の世界。
見える赤は………………マグマか?
俺は再び落ちていた。遥か先とはいえ、地面に向かって。
「うお!」
なんだ!? ここは!!?
クソ! 俺にスカイダイビングの趣味はない!
紐もパラシュートもない。まさに一直線で落下していく。このままでは数分で死ぬ。持っているのは己が肉体とゴテゴテした杖のみ。
『―――聞こえるー?』
頭に声が直接響く。さっきの天凶院の声だ。
「っな!? どこにいる!!?」
頭に直接響く声。こんな技術は知らない。
『今は司令室さ。初めての感覚だから戸惑うだろうけどこれが脳波で通信する感覚だから』
装置はおそらく首輪か!
『まあそんなのより変身してよ。じゃないと死ぬよ?』
「はあ!? 変身!!? 何を言っている!!?」
『あれ? なんでもいいから呪文とか言って魔法少女をイメージしてよ。そしたらイメージ読み取って杖が上手くやってくれるからさ』
話が噛み合わない。
「イメージ? 魔法少女!? なんだそれは!」
「は? いやいやいや。え? あるでしょ? 誰でも一人か二人くらい。心に描く魔法少女が。」
「いない! そもそもなんなんだ! 魔法少女って!!? 魔法というものを使える少女の事じゃないのか!?!?」
『違う! 魔法を使える、世界で最もキュートな存在! そんな少女だけが持つことを許された称号! それが魔法少女だ!!』
何が違う!! さっぱりわからない!
『いい加減にしてください。物事の価値基準をマスターの基準で考えないでください。』
スペードの声がする。
『そんな! だっておかしいでしょう!? あいつも一応元日本人だよ!!?』
『それが狭量なのです。マスターで測れない人もいるのです。』
スペードが冷静に指摘する。
『ハート。昔にテレビとかで見たことはありませんか? 魔法を使う少女のアニメを。それをイメージしてください。』
スペードが語りかけてくれる。あの狂科学者の言うことは訳がわからないがスペードはもう少し噛み砕いて説明してくれる。
頭をフル回転させて思い出す。なにか……なにかなかったか!?
―――――思い出した!!
思い出したフレーズを呟く。
「マハリク」
『アウト! 昭和じゃないか!!!』
『黙っててください。マスター。』
「マハリタ」
『え? 駄目でしょ!? 魔法の呪文をぱくっちゃ!? 愛と希望が飛び出しちゃうよ!!』
『だから黙ってください。非常時です。なんでもいいじゃないですか』
「ヤンバルクイナ!」
『『ちっがーう!!!』』
スペードからも突っ込みが入った。
『なんだよ! マハリク、マハリタ、ヤンバルクイナって!!? ふざけんなよ! 昭和はまだいい! まだ目を瞑れる! けどな……呪文を間違えるのは駄目だ!!』
俺に変化は当然ない。魔法の呪文を唱えるのは結構勇気がいったのだが。
俺のチームが聞いていたら夢と笑いをふりまいていたことだろう。
『モヤっとしました』
スペードからも言われてしまった。
「クソ! もう一度だ!!」
そう言ってまた思い出す。次こそは!
「ラミパス」
『アウト! だからパクんなよ!?』
『………………』
「ラミパス」
『………………』
『………………』
「ルールルルルル」
『『ちっがーう!!!』』
まただ。俺は騙されているのか。なにも起きない。まさに滑稽。
『なんだよ! ルールルルルルって! 狐がきちゃうよ!?』
『モヤっとしました』
「クソ! 知らん! ちゃんと見た事がないんだ!? 仕方ないだろう!!」
『これだからおっさんは……。やっぱりクーデレ女軍人を待つんだったか……』
『ハートがニーチェ先生ばりの大型新人だとようやくわかりました。』
スペードもそこはかとなく冷たい。
「だー! どうすればいい!? もう時間が……」
『あくまで保険だったんだけど……。初手から使うとか……。スペード。頼むよ。』
『了解しました』
ごおおおぉぉぉぉおおおおおおお。
風を切って落下する。まずい。死ぬならせめて戦場と決めていた。こんな屈辱的に────
「死ぬ……」
『貴方は死なないわ。』
頭でスペードの声が響く。
ふわっとした瞬間に何かに包まれた。
目の前にいたのは俺を抱きかかえたスペード。
「私が守るもの」
若干、得意気なスペードの顔が気になった。その声は俺の耳に直接響いた。
スペードの両腕から開放された俺は地面に降り立った。
マハリク マハリタ ヤンバルクイナ
ラミパスラミパスルールルルルル
モヤッとした貴方は僕と同じジェネレーションの可能性があります。
次回『8話:変身講座』