46話:王子様
「い、いえ。わざとではないのは分かっていますから。」
「で、でも、ごめん」
「……ふふ」
「え?」
突然、笑い出す意味がわからなかった。
赤い顔をしたまま説明してくれる。
「……カルマ君は、昔と変わりませんね。本当に。」
「うえ? どうゆうこと?」
「……あ……」
ゆうきちゃんは少し寂しそうな表情になった。
「……そうでしたね。あの時の記憶が……」
きっと僕と会ったという10年以上前の話だろう。
全く、記憶にない。
「その……ごめん。聞いてもいいかな?」
「はい。そうですね。どこから話しましょうか……」
「じゃあ、さっき少し笑った理由を聞いてもいい?」
「……えぇ!……う。いいですけど……」
何か言いにくい話なのか狼狽えだした。
う。言いにくい話を無理矢理聞く気はなかった。言いにくいなら言わなくてもと声をかけかとした時には続きを話し始めた。
「昔、私は地下帝国から逃げ出すときに『機関』の力を借りました。その時に私だけはぐれてしまったんです。そして、捕まりそうになった私を助けに来てくれたのがカルマ君でした。」
「…………」
僕が助けに行く。そこに少し引っ掛かりを覚える。僕は頭脳派だ。そんなに活発的に動いていたのだろうか? 当時の僕は。
「手を握って一緒に逃げてくれました。お世辞にもかっこいい助け方ではなかったけど、必死になって。一生懸命で。」
お世辞にもかっこいい助け方ではなかった……か。なんか逆に安心した。確かに僕っぽい。
「そして、隠れてやり過ごそうって事になったんです」
「隠れて?」
ん? ひっかかる。
「魔力探知されたら終わりじゃない?」
「ええ。ですが、カルマくんの魔法ですよね?」
「僕の……魔法?」
僕は魔法が使えない。……元々、地下帝国の人間だけど。色々……記憶の欠如が見られる。
「僕の特性は『零』だ。大したことは出来ないけど、魔力遮断ぐらいなら出来るって言っていました」
「……『零』……?」
なんだそれ?
「記憶にないのですか?」
「……うん。」
「そうですか。あの時のあれで……。確かにあれはそれ程の……」
「ん? あれって?」
「……私たちが逃げ出した後でした。遠くからでも感じる強大な魔力の波動。……本当に感じたことないくらい強大な……。」
「……ちょっと、待って……」
少しだけ、考えたい。
「九米」
すっと音もなく九米が現れる。
こいつはいつも「僕と契約して、魔法少女に――「いわせねえぇよ!」」という掛け合いをしているが男には無関心だ。魔法少女になる資質のある人間にしか反応しない。
九米が持ってきた眼鏡をかける。機能もなにもないただのスペアだ。
眼鏡があったほうが、考え事をする時は、落ち着く。
襲撃でも受けたのか。その時になにかあったから、僕は記憶を消した?
辻褄は、合うのか……? 確かに一つの疑問があった。なんで『機関』は今、僕だけなんだ?
この時に殺された……。という事だろう。仲間の死。僕の心が耐えられなかったのか。だから記憶を消した。でも、機関を壊滅させるほどの危険なやつの記憶まで消すなんて……。
今は続きを聞こう。推測でしかない。だけど、多分それが正解な気がする。
「……ごめん。続けて。僕は魔力遮断を使ってどうしたの?」
クリアになった視界でゆうきちゃんを見る。女性がいた。だけど、吸い寄せられるように引き込まれるのは瞳。
……うん。綺麗だ。僕は気持ちが冷めなかった事に誇りを持てた。
「えっと……。その……。壁に私を押し付けて、覆い被さりました……」
再び、顔を赤くしながら言う。
「うっ!」
何やってんの? 僕!!
「そ、その。覆い被されば、私の魔力も遮断できるからって……」
「そ、そう……」
ちゃんと理由があって良かった。
「……カルマ君はあの時、気付いてませんでしたが、その時も私の胸を……」
「……ぐふっ」
やっぱ、何やってんの? 僕!!
「あ! 仕方ないんです。カルマ君も必死でしたから。」
「そ、そう……」
流石、先生をやってるだけのことはある。心が広い。
「それに安心できました。手のぬくもりを感じて。一人じゃないって。胸に顔をうずめて、私と同じくらい激しく鳴ってる鼓動を感じて。安心したんです。」
なんだろう。空気というか、雰囲気というか……。顔が自然と赤くなる……。
なんていうか、あの瞳にまっすぐ見つめられるのは……。
「だから、その、あの時から……貴方は、私の王子様なんです……」
「っ!!」
「記憶はないかもしれない。けどあの時と変わらない、貴方を感じて嬉しくなったんです」
そう言って、微笑んだゆうきちゃんの笑顔を僕は生涯忘れない。
絶対に、忘れない。
絶対に。忘れてはいけない。
「う……。ごめん……。覚えてなくて……」
「……ふふ。少し、寂しいですが、そんな事いいんですよ。」
「でも……」
「だって、また助けに来てくれたじゃないですか。こうやってまた。」
「え? また?」
「はい。だって、今日あなたと明心さんがいなかったら私達は……」
あ。そうか。あの鰐型の魔物「クロコッタ」。あれはハートちゃんだから倒せた。もし、僕たちがすれ違っていたら大惨事だった可能性がある。
少し、気になったので聞いてみた。
「いつもはあんなの出てこないんだよね?」
「ええ。そうです。いつもはもっと弱いのが複数。以前にも少し強いのが出てきて、負傷はしましたが撃退は出来ました。あれ程の魔物が出てくるのは初めてです。それなりの年月、間欠泉で魔力を集めてきましたが……」
「そう……」
少し、引っかかる。これも『誘導』? ……答えは出ないか。
「はい。なのでまた助けられました。」
「でも、あれはハートちゃん……鳩子ちゃんが……」
「ええ。鳩子ちゃんと、あなたです。貴方がいたから私はあの場から逃げ出さずに済んだんです。」
「っ!」
僕は何も出来ていない。それでも。
「ありがとう。カルマ君。私を助けてくれて。今日も。昔も。」
「っ!!」
これか。これが、僕に向けられる好意の正体。
「ご、ごめん。本当に、覚えてなくて……」
記憶がない事がものすごい罪悪感だった。
「いいんですよ。私がずっと覚えてますから。」
「うっ! そ、その胸も……」
「ぇ! あ、ああ。……ふふ。いいんですよ。……でも、責任取って下さいね?」
「うぇえ!! あ、いや、その……」
「あはは。冗談……「とるよ。責任。」」
なにか言おうとした、ゆうきちゃんのセリフに被せて言った。
「え?」
目を丸くしているゆうきちゃん。
「え?」
何かおかしなこと言ったけ? 僕?
「ぇえ!! え? あ。え? そ、その責任……とるって……」
「うん。僕に出来る事ならなんでも。」
僕の顔も真っ赤だろう。それでも、逃げない。胸を張って進もう。進んでみよう。これでもエロゲの世界では神になれる男だ。フラグが立ってないならアウトだけど、フラグが立ってるなら望みがある。
違うな。
僕が進んでみたいと思ったんだ。
素直に。正直に行っていよう。
「あ……。あはは……そんな、冗談を……」
「冗談じゃない」
「う……! ……っ! ぅ!? うっく……」
突然、ゆうきちゃんが泣き出した。
な! なんで!? 泣くの!?
「ほ、本当に? 本当に、私を……貰ってくれますか?」
「うん」
短く、はっきりと答えられた。
重い? っは。リア充は爆発しろよ。
大切だって思えたんだ。少女以外に感じた確かな気持ちだ。
綺麗だと。可愛いと思えたんだ。
だから。
そこから先は、ゆうきちゃんの泣き声。
それを黙って、慰め続ける僕。
長い沈黙。
そして、少し。
歩み寄って、僕たちは。
僕は……
やーっとカルマサイド終わったー。
途中ネタに走りすぎて収拾つかんかな? と不安いっぱいでした。
29歳のラブコメは誰得だよとは思いましたが! ま、僕は書いててカルマ君が勝手に暴走してくれたんでおもしろかったですがね。
次回は間話。
次回『46.5話:ハート様の微笑』




