17話:勇者
小学校に通い初めて、三日。
俺が、偽名で『明心鳩子』を名乗り初めて三日だ。
進展なし。
小学校に通い、朝は早くに投稿し、登校してくる生徒に接触、休憩時間にクラスや通りすがりに接触、放課後に下駄箱に張り込んで、下校する生徒に接触、欠席している生徒はチェックし、登校次第に接触。
生徒が下校してからは、カルマの基地に戻り、魔法の講義を受ける、その後は明に面会。
そのようにして三日を過ごした。
ここまでで、かなりの人数を確認したが、見つけることは出来なかった。
まだ全てではない。転入してからはなかなか大変だった。
転校生というのは珍しいものなのだろう。
中々、面倒な状況だった。子供に囲まれるのだ。
質問の嵐だった。これに辟易した。捜査が思うように進まない。
まず、話についていけない。何度も、失敗した。
ジェネレーションギャップという言葉を初めて実感した。
「電話ボックス」が通じない。
言っている、単語がわからない。プリクラとはなんだ。
「超男」を知らない。画像を見せても、「何?この青タイツ!キモっ」。……イカす……だろ?
俺の知る、名曲の数々は「教科書」に乗る伝説の産物と化していた。
子供の扱いがわからん。
囲まれて、抜け出して、調査。効率がいいわけがない。
後は、男子か。あいつらはまだ大人しかった。
だが、一人の勇者がいた。
柔和な笑みと、線の細い愛らしい顔立ちの少年だった。
そいつは、スカートめくりの常習者。
少女の背後から気配を消して近づき、めくる。
その顔立ちや笑顔のおかげか、少女たちからも不思議と嫌われない。
それを覗き、おこぼれに預かった、他の男子からも支持率はうなぎ登り。
クラスの連中からも勇気ある行動を称えて、「勇者」の称号を与えたらしい。
クラスはやつの天下だった。
これからの任務を円滑に進めたければ、敵にわざわざ回す相手ではない。
少ない、情報でそう判断していた。
『これが(イケメンに限る)か……。爆発すればいいのに……。』
それを見て、カルマが呟いていた。
そしてそんな天下に迷い込んだ哀れな鴨。
見た目は、海原光明とは違う。ハートの体。顔立ちは、同年代の少女と比べると随分と可愛らしい。
俺は格好の獲物に見えただろう。だが、一般の少女に比べて、俺は事情がかなり違う。
勇者の気配を消す術はなかなか見事だった。
だけど。俺は戦士だ。こんな一般人の子供に遅れをとるほど、鈍ってはいない。だが、勇者のスキルの練度が高かったのが災いした。
休憩時間に気配を消し、俺に背後から近づいてきた勇者。
まずは、鳩尾。くの字に折れ曲がりかかる、勇者の体をそのまま投げ飛ばした。
床に叩きつけられて、痛みに、ビクンビクンと震える勇者。静まりかえる教室に響く俺の声。
「俺の背後に立つんじゃねぇ!」
シン………………
静けさの中で響く、カルマの声。
『うわぁ……。初めて見た。リアルゴルゴ……。』
クソ。やってしまった。投げた瞬間に、慌てて頭などを打たないように加減したとはいえ……。
勇者の支持率は高い。
それに、危害を加えてしまった。
徐々に広がる、ヒソヒソとした声。
少しづつ、険悪になる空気を感じる。
潜入任務でこれはまずい。
まだ捜査をまともに行えていない。
これから非常にやりにくくなるだろう。
『あーあ。やっちゃたぁ……。』
ぐっ!
『しょうがないなー。魔法の言葉を教えてあげるよ。この空気をなんとかできるかもしれない、魔法の言葉を。』
そんな物があるのか!?
正直、少し焦っていた。戦場と違う環境に、どう対応すればいいのかを。
『あるよ。ハートちゃん……てか、今は鳩子ちゃんか。鳩子ちゃんならイケる!』
どうすればいい?
『ん。ちょっと、待ってね。これで分かる?』
頭に浮かぶイメージ。
……これをやるのか……?
『まあ、その状況を脱却する術が他にあるなら、別にいいけど。』
クソ。毎回そうだが、精神にくる攻撃が多い。
世間の常識に疎いのも問題か……。こいつの言うことが正しいのか判断がつかない。
だが、やるしかない。
俺は勇者を見下ろす。
この馬鹿の所為で……。若干、苛立ちで視線が厳しくなった。
「……ひ……」
勇者は怯えたような顔で、顔を赤らめながら、ビクビクと……いや、ビクンビクンと言ったほうが正しいか?
大げさに震えている。
俺は心を殺して続ける。
「(。・ ω<)ゞてへぺろ♡」
再び、静まりかえる教室。
沈黙が、痛い。
一瞬? 数秒? 数分間? 時間の流れが遅く感じる。
クソ。やっぱり変態の言うことを、そのまま素直に聞くべきでは――――
「……姉さん……」
勇者が呟く。熱にうなされた様な顔で、俺を見つめる。
「あ?」
さっき程ではないが、再び上がるヒソヒソ声。一部から感じる険悪そうな空気。
男子はぽかーんとしている。女子もヒソヒソ言ってるやつ以外はぽかーんとしたり、色々だ。
「やめろ!! 姉さんの悪口を言うな!! 不用意に後ろに近づいた僕が悪いんだ!!」
勇者がいきなり立ち上がり、吠えた。ヒソヒソとしていた声が止む。
それからは勇者の手腕で収まった。 教師もいなかったので大事に至らなかったのも幸いだった。
なんだ? これは?
『これが、秘技「可愛いは正義」さ。』
……なんか突っ込むのもめんどくさいな。
『まあ、世間での武器は「銃」や「刃物」じゃないのさ。僕も逝きかけた(*´Д`*)』
……まあ、いい。助かった……のか?
場は、収まった。が、それから勇者がウザかった。
姉さん! 姉さん! と事あるごとについてくる。上等なスキルを駆使した、ストーキング。
鬱陶しい。
これも、任務を遅延させている原因だった。
他に勇者を抑えたおかげか、クラスで男子がみんな俺を「姉さん」と呼ぶようになった事以外は、大体は快適だった。
大体は。
次回『18話:手掛かり』




